第13話 朝比奈みつき?
「それでね、好きなもの注文していいからね、って言ってくれたんですけど、その時は甘えびも結構高くって、というか小学生からするとどれもが驚くほどの値段で、その上、親でもない人にお金を出してもらうと思うと、やっぱり子供ながらに遠慮しちゃって。でね、その時思ったのが、大人になったら値段を気にせずにお寿司が注文できるようになりたいなって思ったんです。そして、それが将来の目標というか夢になって。全然子供らしくない夢ですけど」
「いえいえ、すごく素敵な夢だと思いますよ。そしてその夢を御影さんは叶えられたわけですね」
「それがね、経済的には可能になったんですが、一人でこういうお寿司屋さんに来ることはないし、一緒に来てくれる人もいなかったので……。だから今日、その夢を叶えるために、朝比奈さんにも値段を気にせず好きなものを食べて欲しいんです」
「そうだったんですか。じゃあお言葉に甘えて、どうしようかなぁ、ん――」
「朝比奈さんの一番好きなものを頼んで下さいね」
「じゃあ、太巻きを!」
「え~っ? 太巻きですかぁ? もっと高いものを頼めばいいのにぃ」
「だって大好きなんですもの、太巻き。甘くって、しょっぱくて、噛むほどに色んな味がして、そしてお腹がいっぱいになる。もう幸せって感じになっちゃいます」
「いやまぁ確かにそうなんですけど。じゃあ大将太巻きをお願いします」
「はいよ。じゃあお客さん、特製のやつ作らせてもらいやすね」
「はい、お願いします!」
出してくれた、半透明の光沢をまとった甘えびを口に入れると、とけるように甘くって、飲み込んでしまうのがもったいないような気がした。
目の前では、大将が大きな海苔を何度か炙ったあと、それを巻き簾の上にのせ、つやつやしたすし飯を薄く敷き詰めている。
そしてその上に、大葉、キュウリ、かんぴょう、桜でんぶ、高野豆腐に厚焼き玉子、更には、エビにマグロにアナゴまで、とどめにはイクラを加えて、ようやく大将は巻きだした。
手前から巻き簾を持ち上げ具を少し押さえながら丸めてゆき、最後に少しだけ上から圧力を加えた。
それを素早く包丁で切っていく。
切られた断面は、たいした力も加えていないのに具材がぴったりと納まっていて全く崩れていない。
すごいな、と思ったと同時に、僕の頭の中の何かが反応した。
「あっ……」
円柱水槽での朝比奈さんと巻き簾とが繋がって。
「大将、すみません。その太巻き、持って帰れるように包んでもらっていいですか? それとお勘定をお願いします」
「へっ、へい」
「朝比奈さん、ごめんなさい。どうしても行きたいところができてしまったので、このあと少し付き合ってもらえますか?」
「オーゥ、エエヤンコレー!」
「ホント、ピタッと納まってる」
「よーし、じゃあ今日から再開するぞ!」
寿司屋をあとにし、二人で向かったのは道具街。
業務用の商品が所狭しと並べられている商店街だ。
そこで、いろんなタイプの巻き簾を片っ端から買い求めた。
目の粗いもの詰まったもの、竹の細いもの太いもの、丸いもの平たいもの。
そして、その足で研究室に戻り、巻き簾を煮沸消毒して、マウスを使い試してみた。
マウスは元来狭いところが好きなようで、巻き簾を巻いてトンネルを作ってやって、その端にマウスの頭を入れてやると、自ら中の方まで入って行ってくれた。
マウスが中央部分まできたらトンネルが狭くなるよう巻き簾を絞る、すると、手足が浮いてしまい、マウスは動けなくなった。
マウスの大きさや、竹の隙間から注射することを加味すると、目が比較的粗めで、竹は細くて丸いものが、この研究には最も適しているようだ。
試みが予想以上に上手くいき、それだけでも結構な高揚を覚えたのだが、朝比奈さんとの初めての共同作業は驚くほど楽しくて、更に「すごいですねぇ。お寿司を食べに行ってこんなことを思いつくなんて。御影さんはどんな時でも研究のことを考えておられるのですね。尊敬してしまいます」なんてことまで言われてしまい、もう内心は小躍りしたくなる気分で、気付くと口元がにやけてしまい、でも研究者として褒められているわけだし、ちょっと褒められただけで有頂天になっていると思われるのも恥ずかしいし、必死で冷静沈着な男を装った。
「朝比奈君、どうかね、その後の進捗状況は」
「はい常務。前回ご報告させて頂いたA班は、その後も思うような効果を得ることが出来ず、スタッフのモチベーションは完全に落ちてしまっており、活動停止も時間の問題かと」
「やはりダメか。B班に引き続き、解散ということになりそうだな。残りのC班はどうだ? 問題が発生して、行き詰っているという話だったが」
「はい。実験動物の固定がポイントだったのですが、チームリーダーがいいアイデアを思い付いてくれて、昨日から研究を再開しております」
「それはよかった。まぁそう簡単に目新しい薬剤が発見されることなどないわけだが、可能性のあるものは、手の内に入れておかないとな。C班のものは、抗癌作用も強いようだし、しっかり監視して頑張らせてくれ」
「はい、もちろん。そのために高いお金を頂いているわけですから、最大限努力させて頂きます」
「頼んだぞ朝比奈君」
巻き簾は抜群の威力を発揮した。
「Oh yeah! コレデ、カマレルシンパイセンデエエヤン!」
マウスたちは痛みを感じると、首を必死に捻じって噛もうとする。
僕がいない時には、マウスを掴んで固定する役目をさせられていたマシュー。
「もう、動かさないでよ」と、伏見さんに度々怒られていたためか「Super-duper ! マジでスゴスギ。マジデ」と覚えたてのマジでを連発し興奮していた。
その言葉を教えた伏見さんにとっても、巻き簾には感動を隠せなかった。
「マジか! 注射しやすいわぁ、コレ」
マウス本体が動かないばかりか、皮膚が竹と竹の間に挟まれるようになるため表面の柔軟性を抑えてくれるらしい。
腫瘍が竹の間の「目」から外れた場合でも、少し緩めてから締めなおすとすぐに調整ができ、作業が終われば、そのままゲージの上まで持って行き緩めるだけで、自ら巻き簾の中を進み戻って行ってくれる。
作業効率が格段に上がった。
これでようやく、マシューが培養生成してくれたアミノ酸、PAAを試すことができる。
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