119.警告2
別荘にある小さな応接間。元々この別荘は来客を想定していない。おまけで作られた応接間は、公爵家のものとは思えない程質素な作りになっていた。
レジーナと私とお兄様。レジーナと私達は向かい合って座った。
私だけで会うか、二人で会うか、もしくはお兄様だけが会うかは非常に悩んだし、とても揉めた。どれにも利点と欠点があったからだ。
一人で会うことを私もお兄様も主張した。けれど、私もお兄様も同じように難儀を示す。私はお兄様に丸投げはできないと思ったの。けれど、お兄様も私だけで会うのは不安だったようだ。だから、結局は二人で会うことにした。
シシリーは最後まで「追い返しましょう」と主張していたけれど。それだとレジーナの目的がわからないままになると、お兄様が頭を横に振ったのだった。
「お二人は本当に仲がよろしいのね。双子だからかしら?」
レジーナの冷ややかな視線が向けられた。
「ごめんね、他の兄妹と比較したことがないから、わからないな」
レジーナの冷ややかな視線にも諸共せず、お兄様がにっこりと笑顔を返す。『ロザリア』である私はレジーナとは一度、しかも僅かな時間しか会っていないことになっている。たとえ彼女が私達の秘密に気づいていたとしても、限界までしらを切ることに決めた。私はおとなしく、お兄様の隣に座っているだけ。
何故お客様がいらしたのかわからない。くらいの気持ちでお兄様とレジーナを見守ることにした。
「わたくし、ロザリア様に話があって参りましたの。ですから、貴方は部屋に戻って下さっても結構ですわよ」
「突然のことで妹も緊張しているんだ。一人にはできないよ。二人は……初対面のようなものだよね?」
「あら、ロザリア様とわたくしは、良く知った仲ではありませんか。……貴方よりも。ね?」
レジーナが私を見て口角を上げた。冷ややかな空気が部屋を覆う。冬にはまだ早いというのに、凍えそうだ。どちらとも笑顔なのがまた怖い。そんなレジーナが、私をジッと見つめる。こんな時、『ロザリア』ならどんな風に返すのか。自分自身のことなのに、迷ってしまう。
今返答すれば墓穴を掘りそう。私は静かに首を傾げるに留めた。
「レジーナ嬢の記憶違いではないかな?」
「しらを切るならそれでも良いわ。わたくしには関係ないことだもの」
レジーナの言葉は罠だろうか。私達の秘密について知るために来たのではないのかしら。
「用件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
意を決して私から聞いてみれば、レジーナはあっさりと頷いた。
「ええ、勿論。わたくしが貴女に伝えたいことは一つだけ。『王宮の舞踏会は気をつけて』……それだけですわ」
レジーナは落ち着いた表情でティーカップを口元で傾けた。お兄様の眉根がほんの少し寄る。私も意味がわからなくて、首を傾げた。
「どういう意味かな?」
私よりも早くお兄様が声を出した。レジーナはお兄様を一瞥すると、小さなため息を吐いてティーカップをテーブルに戻す。
「そのままの意味よ」
突き放すような言葉。情報が少な過ぎる。そんなことを伝えるために、遠路はるばるここまでやってきたのだろうか。しかも、別荘の場所は公表していない。レジーナはわざわざ居場所を探ってまでしてここに来た筈だ。
「気をつけて。か……殿……いや、
「それでしたら問題ありませんわ。だって、殿下はロザリア様以外に手を差し伸べる気など無いでしょうから。わたくしが小細工をしたところで、何の意味もない。何ならわたくしの評価が下がるでしょうね」
レジーナが自嘲気味に笑う。
「もしもロザリア様が王宮にいらっしゃらなければ、きっと殿下はどんなに咎められたとしても、席から立たないでしょう? 殿下はそう言う方ですもの」
もしも約束の日、私が王宮に行かなかったら。そんなことを想像もしたことが無かった。レジーナの言葉を受けて、私はそっと想像した。
元々社交嫌いで有名な殿下は、あまりダンスをしたがらない。王宮の催し物以外は顔を出す気もない程だ。そんな彼が令嬢とダンスをしているところを何度見ただろう。
私が『クリストファー』として隣にいた時に、彼の『ロザリア』に対する気持ちは痛い程に感じた。もしも、私が舞踏会に参加しなかったら、レジーナの言う通り誰の手も取らないでくれるだろうか。たとえ王妃様の意に反する結果となったとしても。
絶対に駄目だとわかっているけれど、試してみたいような気持ちになる。これでは、親の愛情を確認する子供のようだ。
「では、何を警戒したら良いのかな?」
「あら、クリストファー様は前に比べて警戒心がお強くなられたように感じますわ」
レジーナが口元を隠しながら、コロコロと笑う。お兄様も一緒になって笑った。
「そうかな? 昔からこんなものだよ」
どうしてか、笑顔なのに二人とも怖い。目が笑っていないような気がする。
どうやらレジーナは私達の入れ替わりを疑っている段階ではなく、既に確信しているようだ。とはいえ、白状するのが正解かどうかはわからない。もしも本当のことを話して、皆に迷惑が掛かってしまったら、目も当てられないではないか。
「まぁ、そんなことはどうでも良いわ。そうね。これから話すのは、わたくしの単なる独り言。ですから、質問は受け付けないわ」
私とお兄様は一緒になって目を瞬かせた。レジーナは私達を一瞥すると淡々と話し始めた。
◇◇◇◇
「つまり、リーガン侯爵夫人がロザリーを陥れようとしているということ?」
レジーナの長い独り言が終わると、すかさずお兄様が声を上げた。レジーナはそんなお兄様に物言いたげな視線を向ける。「質問は受け付けないと言ったでしょう?」と訳すことができる程、わかりやすい視線だ。
お兄様の言う通り、要約するとそんな感じ。レジーナの母――リーガン侯爵夫人は、リーガン家の為に王家との繋がりを欲していた。それが、レジーナを殿下の婚約者にすること。けれど、それを邪魔するように私――ロザリアが現れる。
始めは私を排除し、レジーナを婚約者にすることに躍起になっていたけれど、最近はどうやら様子がおかしいらしい。次第に目的があやふやになっていった夫人は、今ではウィザー家を陥れることに必死になっているようだ。
そんな時に、夫人は肩の傷の秘密を知った。それを利用しない手はないと、夫人は思ったようだ。
貴族女性にとって、目立つ傷は好まれない。そのことを利用して私やウィザー家の名を傷つけようと考えているようだ。
「わたくしは、唯一クリストファー様の肩の傷を見ております。けど、お母様には知らせておりませんし、今後も知らせるつもりはありませんわ」
レジーナの言葉に肩の傷がちくりと痛んだ気がした。もう跡があるだけで、痛むはずなんてないのに。
もしも、レジーナがリーガン侯爵夫人に肩のことを伝えれば、それこそ今までのことを含めて醜聞になりかねない。肩の傷どころか、胃までキリキリと痛む。
「何故? 君はアレクを好きなんだろう? ロザリーを社交界から引きずり下ろせば、君がその手を取ってもらえる可能性が高くなる筈だよ」
お兄様の言葉にびくりと肩が震えてしまった。慌てて笑顔を見せたけれど、レジーナにはしっかりと見られていたし、お兄様なんて少し苦しげに眉根を寄せて私の手を握ってくれる。お兄様は私を傷つけてしまったと思ったのかもしれない。私は「大丈夫」の意味を込めて、手をぎゅっと握り返した。
けれど、お兄様の言葉でわかったことがある。私、怖いんだ。殿下の隣にいることができなくなるかもしれないことが。
皆に迷惑をかけないようにと必死に完璧な令嬢を目指してきた。そんな取り繕った理由の裏には、殿下の隣に立つに相応しい人になりたいと言う気持ちが隠れていたみたいだ。
自分のことなのに、何も分かってなかった。本当はただ、「殿下の隣はお前には相応しくない!」と席から引きずり下ろされるのが怖いだけ。だから、今だってこんなにも震えている。
「愛する人を陥れた人間を、好きになる馬鹿がどこの世界にいるかしら?」
「私なら御免だね」
レジーナが吐き捨てるように言うと、お兄様は肩を竦めた。
「わたくしもよ。それに、肩とは言え男性の素肌を見ようとしたなんて誰に言えて?」
私を陥れようとすれば、レジーナ本人も道連れにされるということか。そんな下手を打つほど、彼女も前が見えていないわけではないらしい。
私はレジーナを真っ直ぐに見つめた。
「一つだけ教えて欲しいの。どうして教えてくれたの?」
知らぬ存ぜぬでも良かった筈だ。それでも彼女はわざわざ足を運んでくれた。その理由がわからない。
「別に貴女のことを応援するつもりはないわ。ただ、借りを返したまでよ」
レジーナは、ふいっと顔を背けた。
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