14-④:お前を殺せば話はすむ。
「……」
セシルは、彼らの話をただただ唖然と聞いていた。そんなセシルに、アーベルは右手を出した。
「だから、セシル。私のものになれ」
「…はあ?!」
セシルは飛び上がる。
「いくら王家が力を持ったところで、人心を得られなければ恐怖政治と見られ、真の意味で覇権を握れない。だから、リトミナの人々の心を集めるための象徴が必要だ。それが、君だ」
「はあ…!?意味が分からねえ!」
セシルは近づいてくるアーベルから、後ずさりをする。
「…君は今まで男として数々の戦いで武勲を立ててきた。まるで戦いの女神、かつてのジュリアン王妃の再臨だ。君を我が王妃に据えれば私はその夫として、この国の建国者、初代国王テスファン・フィランツィル=ショロワーズに並ぶ名君として扱われることになるだろう。そうすれば、人々はいつでも喜んで王家に従い、賛同するだろう。我々に逆らうものは誰もいなくなるのだよ」
「…お断りだ。戦いの女神ならそこにいるだろうが、本人が。本人を出せば、オレなんかを嫁にしなくても、一発で人心をつかめると思うがな」
セシルは剣を構えなおし、アーベルを睨みつける。しかし、アーベルはセシルに近づいていくのをやめる気配はない。
「彼女を初代王妃だと言ったところで、信じる者がどこにいる?500年も前の人間が生きていましたなんて、誰も信じるわけがないだろう?だから、今生きている我々が表に立って、この王家を守っていくしかないのだよ」
そこで、セシルははっとした。後ろは壁だった。これ以上、後ずさりできない。逃げ場を失ったセシルに、アーベルはにやにやとした下衆びた笑みを、仮面の下に隠しながら近づいていく。
「それに、君が私の王妃となれば、次世代はきっと強い吸収魔法を扱える者が産まれるだろう。そうすれば、この国の元々の権威も維持できる。そういう意味でも、君は重要な存在なのだよ」
「…誰がてめえと子孫なぞ残すか!願い下げだ!」
その次の瞬間、目の前まで近づいてきていたアーベルは、手でセシルの横の壁をついた。目と鼻の先にまで近づいてきたアーベルの顔に、セシルはゾッとする。
「…君の希望はできる限り聞いてあげたいんだけどね、今回は君のせいで、リトミナの権威は大いに傷つけられたんだよ。サーベルンで行き倒れて、敵に捕らえられた情けないリトミナ王家の人間。さらに、宿敵の慰み者にされた上、孕まされてしまった男装の騎士。世間での君の扱いはそうなってしまったんだよ。…そして、私や父上、そしてラウルもだ。他の王家の人間は一体何をしていたんだと、リトミナ王家の扱いだって、君と同じようなものとなってしまった」
アーベルは、腹の底で渦巻く怒りをわずかににじませながら言う。その怒りは、リトミナの権威が傷つけられた事ではなく、彼自身のプライドが傷つけられたことが由来であった。
「そんな君にはリトミナに帰っても居場所がない。本来側室にもなれないような情けない君を、わざわざリトミナに連れ戻し、王妃にまでしてあげようと言っているんだ」
セシルは気持ち悪い男を目の前にしながらも、相手の思うつぼになるもんかという意地で、怖気立つ心を押さえつける。
「はあ?お前、何か言ってることおかしくない?そんな奴なら、なおさら王妃にはできないだろ?そんな奴を王妃に据えても人心なんか得られるわけないっつーの」
「君の権威の復権なんて、どうにでもなるさ。人々は思っているよりも馬鹿なんだ。然るべきプロパガンダを吹聴すれば、いくらでも付いてきてくれる」
「へえ?じゃあ、復権してくれりゃ、大助かりなんだけどね。王妃になるという話は抜きで」
「それは無理だね。私は慈善事業家ではないんでね」
「そう。じゃあ「!!」
セシルは純粋な魔力を、遠慮なしにぶっ放した。アーベルは咄嗟に氷の結界を張るが、吹き飛ばされ、アメリアの入った筒に叩きつけられる。
「リトミナには帰らない。オレはサーベルンで、レスターと共に生きる」
セシルは、ぎっとアーベルを睨みつける。しかし、アーベルはゆらりと立ち上がりつつ、「はっ」と鼻で笑ったようだった。
「…随分と自分勝手に言ってくれるじゃあないか」
アーベルは、顔を上げた。その瞳には、らんらんと怪しげな光が光っていた。
「じゃあ、私も自分勝手にやってあげよう。まずは、君のお兄さんから、処分するとしようか」
「…?!」
セシルは、『一体何を』とアーベルを見る。するとアーベルは、本来の下衆びた笑みを、惜しげなく顔に出した。
「妹の過去の罪を隠していた咎、妹を後宮に入れないために性別を偽らせた咎…なんだって言えるね。そして、彼を惜しげなく処分できる。その次は、ワイアット・ウィッティだ。ラウルと共謀して、セシルの素性を隠していた罪にでも問うてやるよ。可哀想にね。つい最近、奥さんが2番目の子を妊娠しているとわかったばかりだって言うのに。その次は、カイゼル・アドランオールでも、処分しようかな」
「…貴様!」
なんて卑怯な。セシルは歯を食いしばり、アーベルを睨む。しかし、アーベルはそんなセシルの視線を、心底嬉しそうに受ける。
「すべては君の返答次第だ」
「……」
セシルはぎりぎりと歯を食いしばる。しかし、アーベルは、そんなセシルに憐れむかのような視線を向け、続ける。
「自分が彼らをどうにか守ろうったって、そうはいかないよ。君では何も為せない、何も守れない。…だって、私の一声で全部覆せるのだから。全部どうとでもできるのだから。何と言ったって、私はこの国の次期国王なのだからね」
「……」
「君が私の手をとり、妻になるというのなら、彼らの安全と幸せは保障しよう。何なら、大陸支配後の、ラングシェリン家の待遇も考えてあげよう。悪いようにはしないよ」
「……」
セシルはぐっと拳を握りうつむいた。やがて、手から氷の剣を地面に落とす。
そんなセシルをみて、アーベルは『勝った』とほくそ笑む。
「…わかった。お前のものになって、やるよ」
「いい返事だ」
アーベルはセシルに近づいていく。そして、セシルの前まで来ると、手を差し伸べる。
「これからは、リトミナを私と君が支えていくんだ。君の返事は、我が国の繁栄への一歩につながる立派なものだ」
アーベルはいつもの笑顔の仮面で、セシルを称える。それに、セシルも誇らしげに、にこりと微笑み返した。
「ああ、オレ今、分かったんだ…」
セシルは自身の手を差し出す。アーベルにその手が取られかけた刹那、セシルはその手のひらをひる返し、アーベルの顔面に向けた。
「お前を殺せば話はすむって」
―どごおおおん!
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初代国王テスファン・フィランツィル=ショロワーズ
6-③『大人の話とは、難解になりがち』で、セシルが「テスファン?そんな名前、お前の親よく付けたな。名前負けもいいとこだぜ」と、店主の名前負けについて言及したのが伏線の1つでした。
分かるかよ!とキレられた方、すみません、分かりづらくて…。
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