14-②:真相①

「…久しぶりだね。セシル」

「…アーベル…」


 尊称『殿下』をうっかり付け忘れたが、セシルはもうそれはどうでもいいと思った。

 この状況にこの男が平然として立っていることが、この男がリアンに関わっているという証拠だ。セシルは剣をアーベルに向けて構えた。


「セシル。どうしたんだい?物騒なものを私に向けて」

「しらじらしい。てめえ、一体何を考えていやがる。こんな奴の仲間になるなんて。しかも、これはどういうことだ」

 セシルは空いた手で、アメリアの入った筒のガラスを叩く。


「髪と肌の色は違えど、これはアメリーだ。去年の夏、アメリーが行方不明になった。その直前に、お前がアメリーに近づいて、利用しようとしていたことは知っている。…何故お前がマンジュリカの仲間とここにいる。そして、何故ここに行方不明のアメリーと瓜二つの者が沢山いる…?詳しいことは分からないが、はっきりとわかる答えは1つ」


 セシルはぎりと歯を食いしばり、アーベルを睨む。


「てめえは、国を担う立場にありながら、マンジュリカどもに協力していやがったんだな」

「…面白いことを言ってくれるね。なら私からも言わせてもらおう」

 アーベルはにこりと笑い、セシルを見た。


「君はリトミナ王家の者でありながら、女の服が着たくないなどという些細な理由で女性であることを隠し続け、王妃になるという王家の女性の役目から逃れ、今では宿敵であるラングシェリン家の当主に骨抜きにされているらしいじゃないか」


「……」


 全てをマンジュリカ達から聞いたのだろう。しかし、セシルは黙って、アーベルを睨み続ける。この男は、オレを動揺もしくは逆上させるつもりなのだろうだが、その狙いには乗らない。この男は何を考えているか全くわからないが、この挑発に乗ってしまうと、自分が相手の手のひらの上を転がることになることは簡単に想像がついた。


 それに、この男にオレの今までの気持ちやレスターへの思いを説明したところで理解等されないだろうし、そもそもオレの今までの決意や思いがすべて穢されそうで説明などしたくもない。


 だから、セシルは何も答えず、じっとアーベルを睨み続ける。すると、やがてアーベルは、面白くなさそうに「はっ」と小さく息をついたようだった。


「…私はマンジュリカの仲間になどなった覚えはない。彼女が私を仲間に誘ってくれたのは3ヵ月ほど前、その時にはマンジュリカは既に死んでいたからね。だから私は、ご先祖様に従っているだけ…ご先祖様のありがたい提案を聞いているだけだよ」

「提案?」

 セシルは片目を細めて、アーベルを見る。


「ああ、ご先祖様―このジュリアンが、ある提案をしてくれたのだよ」

「……」


 訝しがるセシルを前に、アーベルは懐に手を入れた。武器が出されることを警戒して身構えたセシルに、アーベルはそれを取り出して見せた。

 それは六角柱の水色の結晶だった。その鉱石にはところどころ、立方体の小さな藍色の結晶がついている。


 アーベルはそれをセシルに向けてほうった。セシルとアーベルの間の地面に落ちたそれは、見た目の割に脆く、砕けて破片となった。


「……?」

 訳が分からないと見るセシルに、アーベルは続ける。


「だけど、その提案の内容を君に話す前に、君が理解しやすいように、まず昔話をしようか」

「は…?」

 再び訝しがるセシルにかまわず、アーベルは、語り部のような口調で「むか~し、むかし」と語り始める。


「…ジュリエの民たちが住む北の地には、青い火を噴き、青い溶岩を吐く火山がありました。その火山は噴火の度、細かな灰を吐きだしました。その灰に触れた人間や動物は皆、のたうち、或いは全身から血を噴きだしながら死にました。しかし、中には不思議と死なない者や動物たちもいました。どうやらそういったものたちは、灰に対する抵抗力を持っていたみたいでした。ですが、彼らは皆異形のものと成り果て、肉を食い魔力を喰らう化け物となってしまいました。人々はその火山が噴火するたび、泣きながらかつて友人や家族だった化け物たちを殺し、自分たちに襲いかかる異形の動物―魔物達と対峙するという生活をしていました」


 セシルは驚きに息を詰める。


「だから、人々は遊牧し、火山灰から逃れ続ける生活をしていました…ってことさ。この話の魔法科学的なことを説明するとね、北の地には、何かの作用で変性した魔晶石の地層でできた山があったんだ。その山は火山で、噴火するたびに地層に含まれている魔晶石を灰として吐き出していた。そして、その魔晶石が、この水色の石だ。現地ではこれは『神の涙』と呼ばれていて、他の魔晶石とは違う特徴が2つあった。一つ目は、人の細胞内に吸収され、細胞を死滅もしくは変成させる作用を持つということ。これは、火山灰が生物の体を破壊もしくは異形にするという事からも、誰の目にもよくわかることだろう?しかし、もう一つ、隠れた特徴があった。それは、この魔晶石が普通の魔晶石に比べて、脆いという事ではない。この魔晶石は、魔術式を書き込んでから細かく灰のように割っても利用できるという点で、普通の魔晶石とは違ったんだ。例えば、この魔晶石に『精神を薄弱にさせる』という旨の魔術式を書き、血の魔法―精神干渉系の魔術師を捕らえたりその墓を暴いて、その肉体の一部を加える。ああ、そう言えば、魔力を魔術行使者に提供する…行使者の魔力タンクになる旨の魔術式も書き込むんだったね。そして、その魔晶石を砕いて粉末にするんだ。……その粉末を一度人間に飲ませれば、魔晶石は人体に吸収されて排出されることもなくそのまま媒体となり、その人間に書き込まれた魔術式通りの作用を起こせる」


「…!」


 セシルは、はっとアーベルの顔を見る。


「そう、ご察しの通り、それがマンジュリカが扱っていた『麻薬』の正体だ。だが、『麻薬』には欠点が一つだけあってね。この魔晶石を統制できるだけの魔術式を書く技術が無ければ、石本来の細胞を変性または死滅させるという作用を抑えきれず、飲んだ人間は化け物になるか、血を体中から噴いて死んでしまう。化け物になった中毒者の事は、君もよく知っているだろう?カーターだ」


「…っ!」

 セシルは驚愕する。そんなセシルを、アーベルは満足げに見る。


「まあ、カーターの場合、マンジュリカがあえて魔晶石の統制を緩めて化け物にしたみたいだけどね。彼女は精神操作ができたから、化け物になった人間も制御できるみたいだったし」

「……」


「そして、この石に、人の形を取らせるための原子魔法の魔術式を書いて砕き、その砂を人の血で練って人の形に焼き固めたもの、それを『焼き物』と言う。焼き物は、練る時に使った人の血に由来する魔力と魔法を使うことができる。それには、マンジュリカが最初に入っていた」

「…入っていた?」


 訳が分からないという顔をするセシルに、アーベルは続ける。マンジュリカも9年前、セシルが起こした最悪の事態で砂となり、その砂の中に意思を宿していたことを。そして、覚醒したリアンに拾われ、体―焼き物を作ってもらい、生きながらえたことを。


「しかし、焼き物は壊れやすくてね。肉体を持たない彼女たちは、もっとしっかりとした肉体―自身を宿す器づくりの研究をしていた。そして、先程の砂と人間の肉を練りあげて、より丈夫な器を作る事を思いついた。これもまた、焼き物と同じで、使った肉体に由来する魔力と魔法を使うことができる。だけど、これも焼き物に比べては丈夫だけれど、いつかは壊れるのに変わりはなくて」


「ボクは、魔物の肉を入れれば丈夫になると思って、魔物をリザントに集めて捕まえてたんだ。そういえば、面白かったなあ。魔物ども、みーんなボクにおびえきっちゃって、茂みに隠れちゃうんだもの。それどころか、ボクとよく気配が似ていたから、魔物退治に来たキミの事まで怖がっちゃって…まあそれはどうでもいいとして。結局、器に魔物の肉を入れると、見た目が人外になっちゃうからどうしようもなくてやめたんだ。だけどついに、ボクはとっておきの素材を手に入れたんだ。一つ目は、アメリアの肉体さ」



「…お前ら、最初からアメリーを狙っていやがったんだな…」


 この女はさっき、アメリアは自分が殺したと言っていた。そして、アーベルがアメリアを誑かしていたのは、きっとこの女と協力してアメリアの肉体を手に入れること目的だったのだ。さらに、リザントでのあの魔物事件も、この女が魔物の肉体を利用することが目的で、引き起こしたことだったのだ。


 セシルはぐっと剣を握る手に、力を入れた。そんなセシルに、アーベルは手を上げて首を振って見せる。


「勘違いしないでほしいね、セシル。さっき私が言ったことを忘れたのかい?よく思い出してみなよ、私はアメリアが死んだその時には、ジュリアンの事など知りもしなかったのだよ。アメリアが死んだのは去年の夏、私がジュリアンと出会ったのは今年の3月だ」


「…そうだな、勘違いしていたよ。ただお前、今『アメリアが死んだその時』って、言いやがったな。その女からアメリーが死んだ頃を伝え聞いたにしては、はっきりとした口調で。まるで自分がその時をよく知っているかのような、自信だな」

「……」


 アーベルは黙った。そんなアーベルをセシルは睨み続ける。やがて、アーベルは諦めたかのように口を開いた。


「…私は、アメリアが彼女にころされてしまった現場に居合わせただけだ。その時私は、下手人の正体は君の秘密を隠そうとしている者だと思っていた。私は、彼女の仲間となってから初めて、あの時の下手人が彼女だと知ったんだ」


「そうそう。むしろ感謝してほしいな。その時は丁度、アーベルがアメリアからキミの性別の秘密について聞きだそうとしていた時だったんだよ。まあ、ばれてしまった今なら、それも意味がないか。とにかくその後、アーベルは、色々とめんどくさいことにならないために、アメリアの死体を山に埋めたんだよ。そして、それをこっそり掘り返して、持って帰ったのがボク」


 リアンは得意げに腰に手をやり、胸を張る。


「アメリアの治癒魔法は魔力さえ尽きなければ、人体が不老不死になれる万能のものだ。器に使えば魔力が尽きない限り、器の破壊も修復されるからね。だから、前々から欲しいと思っていたんだよ。ちなみに、アーベルがキミの秘密を暴くためにアメリアに近づいて、キミを追い詰めるためにエンダンを用意したのも、知っていたからね。アメリアを殺した時はアメリアの肉体を手に入れるついでに、アーベルのモクロミを邪魔したら面白いな~と思っていたんだ」


「…アーベル、お前、こんなやつに何故従っている。お前の目論見を邪魔した奴じゃないのか?」


 セシルは思った疑問を率直に言った。リアンは、セシルを手に入れようとするアーベルの謀を邪魔しているらしい。なのに、アーベルはその女につき従っているのだ。普通なら、憤ってその女がした提案など、はねつけそうなものなのだが。


「…そんな些末な過去の事は水に流したよ。何より、彼女がそれ以上に面白いことを提案してくれたからね」

 アーベルはふっと不敵に笑ったようだった。



「…で、二つ目の素材は王家の蒐集室の、ボクの子孫たちさ」

「…蒐集室?お前の子孫?」

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