13-⑤:幸せの音色が聞こえる。
数週間後。つわりもすっかり落ち着いたセシルは、庭の木の木陰で芝生に腰を下ろしていた。
日向ぼっこをしようと出てきたのだが、もう日向は少し汗ばむぐらいの暖かさになっていた。だから、セシルは日陰でそよ風を楽しんでいた。
「……」
―幸せだな
何もせずに一人座って居るだけだが、こんな行為をこんなに幸せに感じる日が来るなんて。
膨らんできたお腹を撫でながら、セシルは話しかける。
「赤ちゃん、聞こえてる?今日の夜は、お母さんとお父さんのなれ初めについて教えてあげるね…ってか、あんまり人に自慢できるようななれ初めじゃないから、お前ぐらいにしか言えないと思ってな…まあ、呆れながら聞いてくれよ」
自分のお腹に話しかけることなど、自分を『お母さん』と呼ぶことなど、最初の頃はやる度に気恥ずかしくて、地面をきゃあきゃあ言って転がりたい気分になっていた(お腹に障るから、実際にはやらないが)。だが、今やその度に幸せな気分になっていた。
―もうオレは一人じゃない
セシルはお腹に向けて、小さくふふっと笑う。この世に、自分と同じ血を持っている分身がいる。そして、その子は愛しいレスターの血も持っている。
最初の頃は体内に別の誰かが要るなんて不思議な気分だったが、今や心強い支えとなっていた。自分と愛しい者と血のつながった子が、ここにいるのだ。
「セシル」
「…レスター」
セシルはふと顔を上げる。レスターがショールを手に立っていた。
「日陰では、体が冷えないかい」
「ううん、大丈夫。今日は温かいし、日向は暑いから」
「そっか。でもこれを着ていて」
レスターは、ショールをセシルの肩にかける。そして、隣に座ると、セシルの肩を抱き寄せた。
「……」
「……」
さらさらと木の葉が風になびく音が聞こえる。そして、お互いの静かな息遣いも。
2人はお互いのぬくもりと気配を感じつつ、それに耳を澄ませる。
会話がなくとも、2人はその居心地の良さにいつまでもそうしていたい気分だった。
そして、やがてセシルはふと口を開く。
「なあ、レスター」
「ん?」
セシルは、レスターの暖かさを感じながら、目を閉じレスターにもたれかかる。
「オレ、とても幸せだ」
「…俺も」
レスターも小さくほほ笑むと、セシルに軽く頭をもたれかけさせた。
「なあ、レスター」
「ん?」
セシルは幸せな心地のままに、喉元にこみあげてきた言葉を言う。
「好きだ。愛してる」
セシルは、今になってロイの言葉の意味が分かった気がする。この気持ちは理屈じゃない。ただ、何となくわかるものだ。愛してる―この自分の気持ちを理論的に証明しろと言われてもできない。強いて言うのなら、彼は傍にいてくれるだけで自身を幸せな心地にしてくれる存在だからだ。だから、何物にかえても大切で、絶対に失いたくない存在。
セシルは、これが誰かを愛しているということなのだろうと妙に納得できた。
「…俺もだよ」
今までにない、重みのこもった言葉だとレスターはすぐに理解した。だから、レスターはセシルの目を見つめると、しっかりと頷き受け止める。
「あ…!」
「どうしたの」
突然驚きの声をあげたセシルを、レスターは不思議半分心配半分の心地で見る。すると、セシルはお腹に手を当てて、嬉しそうな顔をしてレスターを見た。
「動いた!今動いたの!」
「本当か!」
レスターは、がばっとセシルの両肩をつかむ。セシルが感動の心地のままに頷くと、レスターはぱあああっと顔を興奮に赤くして、早速セシルのお腹に耳を当てた。今か今かと再び我が子が動くのを待つレスターの頭を、セシルは愛おしそうに撫でる。
―本当に幸せだ
セシルは木立の隙間から、澄んだ青空を見上げた。
―オレ、生きててよかった
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