13-④:魔法道具と魔晶石

「よかったな、食べられるものがあって」

 その夜。ロイはセシルのベッドわきで甘栗の皮をむいてあげつつ、幸せそうに甘栗をほおばるセシルを見ていた。まるでリスみたいだなあと、ロイは思う。

 既に貰い物の甘栗はなく、今はノルンが買ってきてくれた甘栗をもぐもぐと食べていた。


「ロイも食べる?」

 セシルは1個ほいとロイに差しだす。ロイはその手を押し返す。


「何言ってんだ、バカ。赤ん坊のためにお前がしっかりと食え。そうでなくても、ノルンがお前のためにわざわざ買ってきた物だ。オレが食ったりなんかしたら殺されちまう」

「大丈夫だって、一個ぐらい。ばれるわけな「セシル、ちゃんと見てますよ」げ」


 セシルとロイは、いつの間にか傍に立っていたノルンをぎょっと振り返る。


「お前なあ、ノックぐらいしろ!セシルがびっくりしてひっくり返ったらどうすんだ」

「何を今更。もう突然の登場にも慣れたはずですよ。…それより丁度よかった、ロイもここにいたんですね。少し話がありまして…」


 ノルンは、国王の話を二人に伝える。これから、セシル周辺の警戒を強めることも。そして、ノルンはセシルに「手を出してください」と言うと、その手に何かを落とした。


「なにこれ」

 それは赤い宝石のついた金のネックレスだった。


「私も人間ですから、あなたの事を常時監視することはできません。屋敷の者の動きも警戒はしていますし、屋敷の周囲にも侵入者や異変を察知するための魔法道具は設置しておりますが、奴らはどんな隙をついてくるか予測がつきません。だから、いざという時のための魔法道具です。私が前に渡したピアスと同じ、通信機みたいものですね。ただ、今回の物は、周囲の状況の視覚情報も私に送れる機能も付いています。後、私が指定した安全な場所のうち、その場から一番遠い所に転移できる機能も付けておきました。奴らが現れたいざという時には、これを使って避難してください」


「別にここまでしてくれなくても大丈夫だよ。オレ戦えるし、形勢不利になったらピアスでお前ら呼ぶから」


「馬鹿ですか!あなた一人の体じゃないんですよ。あなたは良くても、子供に何かあったらどうするんです?そこのところをよく考えてください」

「はい…」


 ノルンにぴしゃりと言われ、セシルは小さくなって頷いた。そして、セシルは慣れない手つきで、ネックレスをつける。


「ノルン、セシルにこの色は似合わないんじゃねえ?」

「え、そうですか?」

 ノルンはセシルを見て首をかしげる。そんなノルンを見て、ロイは内心でため息をつく。


 レスターとロイはよく知っているのだが、ノルンは服や装飾品のコーディネイトが下手だ。シャツやズボンなど一つ一つ選ぶときは良い色や良い柄のものを選んでくるのだが、それが果たして自分の顔に似合うか、そしてそのすべてを着た時の全体のバランスはどうなるか等を全く考えていない。だから、朱色系の上着に紫色系のズボンを吐いたりなど、ちぐはぐなことをしてくれる。さすがに、ピエロみたいな奇抜な格好をするほど、感性が狂っている訳ではないのだが、微妙に変なのも案外目立つ。だから、レスターやロイは、彼の服飾に関しては、自分たちが選んであげるか、侍女たちに任せていた。


 だから、以前セシルを軟禁するためにノルンが作った魔法道具のチョーカーはセシルによく似合っていたが、ロイは、あれはノルンがまともな感性だった10年に一度の代物だと思っていた。


「別にいいよ。これ、アクセサリーって言うより魔法道具だから、見た目より実用性があればいいんだし」

 セシルはさして気にした風もなく言う。


「駄目だ!セシル。こういうのはちゃんと似合うのを選んでもらわないと」

 ロイはセシルのネックレスを外しにかかる。


「いいって!もったいないから。お前知らないだろうけど、魔法道具作るのって結構技術と時間がかかるんだぞ」


 レスター達にはまだ伏せてある事だが、元リトミナの魔法武器開発に携わっていたセシルは、魔法道具の作り方やその苦労をよく知っていた。


 魔晶石に魔術式を組み込んで法則性を持たせても、少しでもひびが入ったりすると、もうその魔晶石は魔力だけを持つごみになる。破片を再利用すらできない。なぜなら、一度刻んだ魔術式は書き換えができず、かといって割れて魔術式が分断されてしまえば、その魔晶石は魔法道具として動くことは無いからである。


 魔晶石は金づちでたたいても、ある程度の魔法をぶつけられても割れない強度を持っているのに、魔術式を書き込むときだけは、中で色々と反応が起こっているためにやたらと割れやすくなるのだ。


 だから、セシルは、失敗して無駄になる魔晶石も沢山あるのに、完成しているこの魔法道具を捨てるのはもったいなさすぎると思っていた。


「わかったよ…」

 ロイはしぶしぶ引き下がる。絶対に青色の宝石の方が可愛いと思うのに、と残念に思いながら。


「では、よろしくお願いしますね。使い方は…」

 そんなロイを放っておいて、ノルンはセシルに使い方を教え始めた。小さく膨れて、ロイはノルンを見る。しかし、ふとノルンの左手に包帯が巻かれているのに、気がついた。


「ノルン、お前、何か怪我したのか?」

「ああ、これは…」

 ノルンは何ということも無いようにロイを振り返る。


「これを作る時に、血が必要だったもので。…血の魔法に由来する魔法道具を作る時には、体の一部が必要なんです。一番手軽に採取できるのは髪の毛なんですけれど、含んでいる魔力が少ないので道具の力を強くするには少し量が要ります。かといって、指を切って使うなんてことをしたら、体がいくつあっても足りませんからね。体を失うことなく効果的に道具に力を持たせるのには、血が一番いいんです」


「へえ…」

 ロイは感心して頷く。そしてその感心のままに、思いついたことを聞く。


「じゃあさ、セシルの血を使えば、吸収魔法の魔法道具ができるってこと?」

「オレが作る魔法道具なんかすごいぜ!魔法道具って、使うと仕舞には魔晶石が魔力切れを起こして使えなくなるんだけど、オレの吸収魔法の血を入れて作れば魔晶石の魔力なんてほとんど使わねえから、ほぼ永久的に使えるんだぜ」


 ノルンがロイの疑問に答えるよりも先に、セシルが胸を張って力説した。


「…ってことは、お前、魔法道具を作ったことあるの?」

 そう言えば魔晶石のことについてもやたらと詳しかったし、とロイはセシルを見る。


「作ったも何も、前にエレスカとガチンコした時、あいつ等をリトミナから追っぱらったの、オレが作ったカノン砲だし。それに、ロケットランチャーだって…はっ」

 これ機密…。自分は研究に関してはかなり興奮する質だから、思わず言ってしまった。セシルは恐る恐る2人の顔を見る。


「セシル…どういうことか説明してもらいましょうか」

「……」


 セシルは口をつぐむ。しかし、ノルンが額に青筋を浮かべて説明しろと睨んでくるので、仕方なく自身がリトミナの魔法武器開発の中枢を担っていたことを明らかにする。すると、ノルンは、額に手をやって心底深いため息をついた。


「あちらの国が躍起になってあなたを取り返そうとする理由がよくわかりましたよ…。リトミナの魔法武器の技術には前々から舌を巻いておりましたが、全部あなたの貢献だったのですね。そりゃ…何としても取り返そうとしますよ…」


 王家で唯一、強力な吸収魔法を扱える人材。そして、国で唯一、超高度な武器を開発できる人材。どちらもリトミナの国力の保持のためには重要なものだ。そして、この目の前にいるセシルと言う人間は、その二つの役割を負っている―リトミナの要でもあったのだ。

 だから、彼らが、何としてもその要を取り戻そうとするのは必至のことだ。


「…だな。にしても、あの武器、お前が開発したのか…」


 ロイは噂に聞いていたリトミナの魔法武器について思い出す。攻め込んできたエレスカ兵を追い返すどころか、焼き尽くしたという武器。あれ以来、恐怖に取りつかれたエレスカはリトミナに直接手を出さず、周りの国を扇動してリトミナに向かわせようとするだけになったのだが、あの武器を当時十数歳ぐらいだっただろうセシルが開発したなどと、にわかには信じがたい。



「…エレスカの野郎ども、攻める街々で住民たちに残虐非道な事ばかりしてるって、その話を聞いているだけでも腹が立って。オレ、からくりとか考えて作るの好きだったし、だから自分で考えた魔法武器の設計図を養父上ちちうえを通して上に提出したんだ。少しでも、侵略された街の人たちの力になりたいと思って。上の奴ら、半信半疑ながらにそれを作って使ったんだ。結果はお前らの知る通り。…一回きりのつもりだったんだけど、それがきっかけでオレ、上の奴らから目を付けられて、今まで色々と作らされていたというか…。研究は好きだったから苦痛どころかすごく楽しかったし、進んで作っていた所もあったけど、たまに自分って人を殺す武器を作ってんだよなあって落ち込んでいたりして。だから、お前らにサーベルンに攫われて、ほっとしていたところもあるというか…」


 セシルは手をもじもじといじりながら、目を伏せた。


「……なんでそんな大事な事、今まで言わなかったんです?」

「いや、だって、もし言ったらお前ら、オレの事を利用しようとするかもって…」

「私たちがそこまで信用の無い輩に思えましたか?」

「レスターやロイはともかく、お前が…」


 セシルは正直に言う。すると、ノルンは「確かにそうですね…」と、自身の過去の行いを思い出し、反省しながら頷く。


「とにかく、そのことが分かったからには、リトミナの動きも、もっと警戒する必要がありますね…」

 国王は、リトミナは大丈夫だと言っていたが、この事実がある以上大丈夫ではないだろう。

 ノルンはさらに重荷が増えるのに、我慢できず頭をがしがしと掻く。


―だけど、

 ノルンはしゅんとうなだれるセシルの顔を見る。


―何としても守ってやりますよ

 レスターの幸せはもちろん、彼女の幸せも。


 彼女は、マンジュリカから、そしてイルマへの呪縛から、レスターを命がけで救ってくれたのだから。

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