13-②:不安の後ろに

「…おめでたいことじゃが、その様子を見ると大変そうじゃの」

 国王は開口一番そう言うと、幸せそうな顔でふふふと笑った。


「つわりがひどくて…まあ、先生には、後少しの辛抱だと言われているんですが」

 そわそわとしているレスター。それを国王は可笑しそうに見た。レスターは今、心ここにあらずの状態だったからだ。先程から家に帰りたいとばかり思っている。国王は妻が長女を懐妊した頃の自分を思い出す。



「昨日、セシルの返還を求めに、またリトミナの使者がやって来たと聞きましたが…」

 ノルンは「もしかして…」と不安そうに国王に聞いた。しかし、国王はなんと言う事は無いかのように「今回も追っ払ってやったの」と言った。


「それに関しては、何もお前達が心配することなどない。向うの国からは再三セシルを返せと言われているんじゃが、ちゃんと色々やって防いでおるよ。話をはぐらかしたり、引きのばしたりしての」

「なら、今日は一体何の話で我々を呼んだのですか?」


 レスターは、ここの所何も事件は起きていないのにと思う。その心を読んで、国王は頷きつつ言う。


「確かにここ半年以上、マンジュリカの仕業らしき事件は、周辺国を含めて全く起こってはおらん。ただ、麻薬患者は、相も変わらず増え続けておるんじゃ。それと共に、麻薬患者の集団的な変死もな。…これは、奴らがまだ健在であると言う事じゃ」


「…彼らは、麻薬中毒者から魔力をいくらでも奪えると言っていました。…ということは、奴らは患者を増やしてその魔力を奪って、水面下で何かをし続けているという事…」


 レスターは、忘れていた恐怖を急に思い出し小さく震える。そんなレスターに悪いと思いながらも、国王は今後のためと口を開く。


「…セシルちゃんが妊娠したことは奴らにも伝わっているはずじゃ。リトミナ王家とラングシェリン家の血を継ぐ子供…奴らが興味を持ちそうなことじゃ。今後、セシルちゃんだけじゃなく、お前達の子供にまで手を出そうとするに違いない」

「……」


 レスターは戦慄する。セシルの妊娠に浮かれていて、考えたこともない事だった。


「…私としたことが迂闊でした。セシルの安全のための警戒はしていましたが、子供の安全にまでは気が向いていませんでした…」

 ノルンは険しい顔をしてうつむく。ノルンのその言葉に、レスターもぐっと拳を握りうつむいた。


「ご忠告ありがとうございます。わかりました。今後は注意いたします」

 レスターとノルンは、自身の浮ついた心を戒めて反省した。


「わかってくれればそれでいい。…ただ、注意しろと言うのは簡単なんじゃが、奴らは不死身な上、一体どんな手を使ってくるかわからないからの…」

 国王はふうと吐息をつく。


「そうですね…」

 レスターはマンジュリカ達の事を思い出す。



 あの得体のしれない謎の女。奴は、人の体を次々と乗っ取っていたかと思えば、次は不死身の銀髪になっていた。そして、吸収魔法も扱えた。マンジュリカもマンジュリカで不死身になっているし、自身の精神操作以外の魔法に、揚句の果てには吸収魔法まで扱った。


 レスターがセシルに聞いたところ、マンジュリカは、カーターの母親の体をベースにして作った『器』を使っていると言ったそうだ。また、あの女も、乗っ取った体の事を『器』と呼んでいたらしい。だから、おそらく『器』というのは自身の意思を宿す肉体の事だろう。マンジュリカは、他にも『焼き物』という気になる言葉も言っていたが、今の所よくわからない。


 ただ、あの祭りの日に奴らが使っていた『器』と言うのは、おそらくただの生身の人間ではないだろう。マンジュリカ自身は精神魔法しか扱えないのだし、カーターの母親の魔法を使っているのだと考えても、カーターの母親とリトミナ王家に血縁関係などないから吸収魔法等扱えるわけがない。だから、ただそのままカーターの母親の肉体を使っている訳ではないと思うのだ。


 セシルに聞いたところ、以前マンジュリカは人間同士を融合させて、あらゆる魔法を使える人間を造ろうとしていたことがあったらしい。失敗続きで結局途中放棄されたらしいその研究。もしかしたら、それを成功させたのかもしれないとセシルは言っていた。そして何より、レスターが彼らに無効化魔法を使った時の手ごたえのなさが、彼らがただの生身の人間ではない証拠に思えた。


 あの銀髪の女の方は、生身の人間を『器』と言って乗っ取ってみせたこともあったが、おそらく今は不死身の実験体の方を使っているのだろう。ただ、あの女の方は、生身の人間に憑りついていた時でも、吸収魔法を使っていたらしい。




「……」

―考えれば考える程、訳が分からなくなって頭がおかしくなりそうだ


 レスターも頭に手をやりため息をつく。彼らの魔法と体の仕組みさえ、はっきりしてくれたら、事は大幅に進展するのに。



 更に、奴らは、自分たちは既に死んでいるとも言っていた。あの銀髪の女の方は正体が分からないからともかく、マンジュリカは確かにセシルに殺されたはず。あの女の言葉が本当なら、奴らは器―仮初の体に自身の魂を移し、それを移し替えながら生きているのかもしれない。だけど、そんな荒唐無稽な魔法、聞いたこともない。



「前にも言いましたけれど、不死身とはいえ、あの体にも限界はあるみたいでしたよ…。見たところ、魔法を使いすぎると、崩れていくみたいな。リトミナの王宮爆破事件の時に、あの女が器は魔法を使いすぎると壊れると言っていたと、セシルが教えてくれましたし。祭りの時のマンジュリカの様子も見るに、いくら魔力を麻薬患者から得られるとは言え、体の崩壊は防げないみたいでしたしね。今後奴らと出会った時には、その弱点をついて、奴らに魔法を使わせ続けるしかありませんね」


 ノルンは考え込みながら言う。ただ、奴らが器をつくって扱っている以上、奴らは器はいつかは壊れるというその事実を十分に知っているはずだ。次の器を用意していない訳がない。


 だから、器を壊したところでその場しのぎになるだろう。やはり器ではなく大元である本体を叩くしかないが、本人たちはとっくに死んでいるというあの言葉が本当なら殺しもできない。そもそも、死んだ者がこんな風に動き回れるということの方がおかしいのだ。



「…とにかく、お前達、最近浮かれすぎておるようじゃから、少し釘を刺しておこうと思って呼んだんじゃ。通信じゃと、説得力もないと思ってな。…姿を現さぬ敵ほど、何を考えておるかわからず恐ろしいものじゃ。今はリトミナよりも、セシルちゃんの周辺を警戒しておいてほしい」

「わかりました」


 レスターとノルンは、自身を鼓舞するかのようにしかと頷く。だが、2人はそれでもこみあげてくる不安と自信の無さを、最後まで無視することができなかった。

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