第10章②:過去と現実―後編

10②-①:絶対のアドバンテージ

 レスターは教会の礼拝堂にいた。暗闇の中、蝋燭だけがついている空間で、一人ひざを床につき祈っていた。


「イルマ、すまなかった。ほったらかしにして」


 長らく彼女のために祈っていなかった。長らくとは言え、セシルが来てからの1月と少しぐらいの間である。しかし、毎日祈りを欠かしたことがないレスターにとっては、その期間、ずっと祈りを忘れていたことは、衝撃的な出来事であった。


「……」

 静かに祈る。かつての彼女の笑顔を思い出しながら。しかし、気を許せば鮮やかに思い浮かんでくるのは、セシルの笑顔。レスターはその度に何度も首を小さくふり、イルマとの思い出を思い浮かべようとする。しかし、それはもう色あせた光景でしか思い出せない。


「……」

 数か月前までは、昨日のことのように思いだせたのに、今やその思い出は遠くの光景を見ているようにぼやけていた。


「…なんで」

 疑問の言葉をこぼしつつも、レスターはその原因を痛いほどよく理解していた。

 セシルといると慌ただしくて、だけど楽しくて、イルマのことを忘れてしまう。いつしかイルマを思う時間を取るのを忘れていた。


―俺はセシルに惹かれている?

 惹かれてなどいない。一緒にいると楽しいから、傍にいたいだけ。そのはず…


「……違う」

 レスターは、自身で出したその結論に首をふる。その結論は自分でも疑問に思う、無理やりな結論だった。



―こんな裏切り、あってはならないことだ


 今ならまだ間に合う。


 レスターは、セシルを何とか心の内から追い出そうとする。しかし、そうすればそうするほど、心の内のどこかがそれを拒絶する。心が抵抗しながら言う。



―イルマのことなどもう忘れてしまえ

 居なくなった者のことを思っていても辛いだけだろう?

 もう終わったことだろう?


 心のどこかがそうささやく。



 あれはしかたがなかったことなんだよ

 お前のせいじゃないんだよ

 だから、忘れてしまえ

 誰も、お前を責めやしないさ

 それに、みんな前を向いて進めって言っているじゃないか



―だから、

 誰かに遠慮することなどない

 イルマだってもういないのだから


―セシルを手に入れてしまえ

 あの子は今は囚われの身

 陛下はああは言っているけれど、ノルンの言うとおり彼女を解放することなど出来ない

 なら丁度いいじゃないか、自分の物にしてしまえ。断れやしないさ――



「うるさい!!」

 レスターは自身の頭を殴る。


「…なんで、なんでなんだよ」

 レスターは「うああ!」と叫ぶと床に両こぶしをついた。


「イルマ…」


 彼女の笑顔を護れなかったのは、俺だ。

 彼女の幸せを護れなかったのは、俺だ。

 その俺がなんで、どうして、そのことを忘れてしまったんだろう。

 その俺がなんで、彼女のことを忘れて、自己の希望を優先させようとしているのだろう。

 あれほど、彼女への愛と自分の罪を胸に刻みつけて、今まで歩いてきたはずだったのに。



「――免罪符、いりませんか」

 聞こえた女の声に、レスターははっと振り返る。


「……」

 薄暗闇のなか、黒いローブを着た人間が、こちらに差し出した手に何かを持って立っていた。レスターは警戒しつつ、立ち上がる。


「……免罪符の販売は、禁止されているはずだが?」

 そんなもの、あってはならないもの。過去には、神父のふりをした輩たちが大儲けを企んで販売していたことや、腐敗した教会や聖職者たちが隠れて販売していたことがある。だから、免罪符を扱っているとしたら、大抵は堅気ではない者たちだ。レスターは、さりげなく腰の剣の鞘に触れ、位置を確認する。


「あら?そうなの」

 女は、わざとらしいとぼけた声を出す。そして、フードを脱ぐ。初老の少しやせぎすな女性だった。女は、レスターに向かって歩き始める。


「でもこれはね、神の加護を受けた本物よ。私はある日、神のお告げを聞いてその通りにこれを作ったの。これを飲むだけで、あなたの罪は何もかもなくなるわ」


―…飲む?


 免罪符を飲むなどと聞いたことは無い。レスターは女が手に持つ物を見る。うすべったい紙袋だった。


―まさか


 レスターの頭の中で、情報同士がかちりとつながりあう。麻薬の流布、免罪符。リトミナ等の他国は知らないが、イゼルダ教の信仰者が多いサーベルン国内では、こうやって流布されているのではないか。


 ということは、目の前にいる女はマンジュリカの手先の者か、操られた者ということになる。


 レスターは、警戒をさらに深める。しかし、レスターは悪人めいた笑みを顔に張り付けた。


「興味深いな。それについて少し話を聞かせてくれるかい?」

 レスターは、無効化魔法を自身の体の表面に、相手に気づかれないようにさりげなく纏わせつつ、聞く。すると、女はにんまりと口角を上げて笑ったようだった。


「これはね、免罪符って名前を付けているけれど、実は神の声を聞いて作った特殊なお薬なの。万人を罪から救いたいという神の慈悲あるお告げで、特殊な鉱物を見つけたのよ。それを砕いて粉末にしたものよ」

「それを飲むと本当に罪がなくなるのかい?」

 女は「ええ」と頷いた。


「これを飲めば、人は罪を忘れて自由になれるのよ」

「すごいな」

 レスターは内心、ふざけるなと思っていた。しかし、レスターは、驚いた風を演技していた。



―耐えろ、俺

 嬉々として説明を続ける女の前で、レスターはこみあがる怒りを喉で止めつつ、演技を続ける。


 罪がなくなる?

―ふざけるな、罪はなくなるものじゃない

 罪を忘れる?

―ふざけるな、罪は忘れて良いものじゃない

 罪から逃れられる?

―ふざけるな、罪から目をそらして、逃げて良いものじゃない


 罪を作った人間はその罪を背負って、死ぬまで生きなければならないのだ。

 その罪を背負う苦しみこそが、唯一できる贖罪の方法なのだ。


―それから逃げるなんて、ただの責任逃れじゃないか。

 こんなものを飲んで逃げに走ろうとする無責任な人間も、その無責任さを助長するようなこの女も、許せない。



 しかし、レスターは、そんなことを顔におくびにも出さず、女の話を相槌を打ちつつ聞いていた。


―薬を手に入れるためにも、耐えるのだ


 現在、奴らが使っている麻薬に関しては成分すらわかっていない。精神をかく乱させる作用に加え、魔力を奪う効用のある薬など聞いた事がない。しかし、今まで保護した麻薬患者は薬を持っていたことがなく、解析すらできない。麻薬は常用性があるはずだから、一人ぐらい周辺から常用中の麻薬が出てきてもおかしくはないはずなのに。


 だから、レスターは事件の解決のためにも、何としてもこの薬を手に入れようとしていた。この女の話に騙された振りをして。


「じゃあそれを貰おうか。いくらする?」

「お金はいりませんわ。差し上げます」

 女は「それが神のご意志ですもの」と聖人面をして微笑んだ。レスターは自身の眉間にしわが寄っていないか注意しながら、薬を受け取るために手を差し出した。


「どうぞ」

「……」

 レスターは受け取った袋をじっと見る。表面にはイゼルダ神の姿が描かれていた。長髪を持つ男神が、肩に小さな精霊を乗せ、手を人々に差し伸べる姿が。


 イゼルダ教には、イゼルダ神以外の神はいない。しかし、イゼルダの分身である精霊が、彼の手足となり、この広い世界を支えている。

 そして、この袋に描かれている精霊は、彼の精霊の中でも一番力を持っている精霊で、人の死生をつかさどる者であった。この精霊は、小鳥に手を差し伸べる美しい女性の姿としてや、巨大な首切り鎌を持った恐ろしい老人として、様々に描かれる。イゼルダ神や他の精霊は一定の特徴を持って描かれるのに対し、この精霊だけは描かれる絵ごとに、姿はもちろん性別さえ変わった。しかし、そのどれもが、精霊が青白い輝きを放っている事だけは共通していた。


 そして、この袋のその精霊は、髪の短い女性として描かれていた。その姿がどこかセシルに似ていて、レスターはふっとほほ笑みたくなった。

 そういえばこの精霊は、大昔には銀髪に水色の瞳の女性として描かれる事もあったらしい。ただ、500年前、リトミナが興ってからは、敵国の象徴となったために、そのように描かれることはなくなったのだが。



「さあ、どうぞお飲みになってください」

 女の呼びかけにはっと、レスターは今の状況を思い出すと、袋を持つ手に思わず力を入れた。


―こんなことに神の肖像を使うなど、許せない


 女を殴りつけてやりたいと思うが、今は辛抱だと、レスターは自分に言い聞かせる。


「今は祭りで忙しいからな。家に帰ったら早速飲んでみるよ」

 帰ったらすぐに中身を確認しないと。その紙袋は軽かったが、傾けると中で粉末が流れるさらさらという音がした。


「ありがとう。じゃあな」

 レスターは女に背を向けた。すると、女は慌ててレスターを引きとめた。


「お兄さん。駄目ですよ、この場で飲まなきゃ」

「…なぜ?」


 レスターは問いかけつつも、何となく理由は察していた。きっとこの場で全部飲ませて、証拠を残さないためだろう。そして、麻薬は一般的には常用性があるから、被害者が再び薬が欲しくなった頃を見計らい、また被害者の前に姿を現して薬を飲ませるのかもしれない。


「神の御前で懺悔しながら飲まなければ、罪は許されないのです」

「へえ、そうなのかい」

 と、レスターは答えつつ、別の可能性をふと思いつく。


―もしかしたら、これは1回飲むだけで、飲んだ人間から魔力を奪えるようになるとかの、効果が出る薬か?


 得体のしれない薬である以上、その可能性も十分あり得る。


「…」

―だけど、それを考えるのは後だ。とにかく、薬を手に入れられた


 この薬を持ちかえれば、事件解決のための大きな進展になる。そして、この目の前の女も拘束して連れ帰れば、更に進展する。


 だから、レスターは懐に薬の袋をしまうと、女に向かって両手を突き出した。そして、無効化魔法の魔法陣を、女の足元に展開させた。


「っ…なにをするの!?」

 女は、驚いてレスターを見た。


「貴様、免罪符などとふざけたことをぬかしやがって」

 レスターはこらえていた怒りと共に、詠唱を始める。金色の鎖が魔方陣からすさまじい勢いで伸び、女を拘束する。


「発動!」

 女の体表を締め付ける鎖から棘が伸びる、それは、皮膚を突き破り、体の中に向かって伸び始める。そして、相手の体中の、細胞中の魔力を消滅させる。


「…貴様」

 激痛を伴うはずのそれにしかし女は悲鳴一つ上げず、こちらを憎々しげに睨みつけた。

「ラングシェリン家の者かああ!」


―何かおかしい

 レスターは魔力を消滅させながら、奇妙な心地に囚われていた。


 自身の魔法でつくった棘を、相手の魔力を消しつつ体内に伸ばしているはずなのに、皮膚を突き破った後は、それほど抵抗がなく入っていく。普通なら感じるはずの抵抗感があまりないのだ。


―まるで卵を…いやそれに例えるにしては、外側が柔らかいし中身に抵抗感がある。メンチカツでも相手にしているかのような…



 ぽしゅっ


 レスターの首の後ろで変な音が鳴った。レスターが振り返るよりも前に、女が舌打ちをする。切れた薄桃色に光る細い糸が、レスターの目の前で散って消えて行った。


―危なかった


 どうやら、精神操作を掛けられるところだったらしい。最初にマンジュリカの手の者であることを警戒して、魔法で体に無効化の防御をかけておかなければ、どうなっていたことか。そして、精神操作されそうになったということは、この場のどこかにマンジュリカがいるという事。


 レスターはさっさとこの女との片をつけようと、魔力を強めた。本当は殺したいところだが、色々と聞きたいことがあるし、気絶させようとして…


「…!!」

 後ろから飛んできた殺気に、レスターは飛びのいた。先ほどまで立っていたところには、矢が突き立っていた。


「マンジュリカあ、なーにやられてんの?にしても、ラングシェリン家の人間に声かけたなんて、とんだまぬけしてくれたよね~」

「…お前、は!?」

 レスターはその声の持ち主を見て、驚愕する。


 銀色の髪の毛をした、水色の瞳の女だった。長い髪を高く一つに結った、けだるそうな顔をした女。その女は、さっきまでレスターが祈っていたイゼルダ神の像の、肩を足場に、こちらに弓を構えていた。


―リトミナ王家の人間?それにこの女がマンジュリカって…


「心読んでから声かければこんなことにはならなかったのに、何やってくれてんのぉ」

「仕方ないじゃない!数が要るのに、いちいち一人ひとり心を読んで声をかけていたら、私の体が持たないじゃない。」

「へえ~めんどくさがり~」

 女はによによとした目で、初老の女を見下す。


「…違うのよ!この国じゃ、教会で一人で祈っているやつってのは、何か良心の呵責にさいなまれている馬鹿って相場が決まってるのよ!」

「いいわけだ~。オウジョウギワわる~「発動!」…おっと」


 レスターは相手がおしゃべり問答している間にと、女の足元に魔方陣を展開させた。しかし、女は鎖が伸びる前にひょいと飛び降りた。


「お初にお目にかかりますう…ボクはボクですう。キミのお名前はぁ?」

 女はとすっと着地しながら、レスターを見上げ…

「って、答えてくれるわけないかあ♪」

「…!!」


 青白い魔力の塊を、レスターにぶつけた。途端、レスターの体表の防護の魔法と触れあい、爆発を起こす。レスターは衝撃を和らげるために咄嗟に後ろに跳ぶが、勢いが強すぎて床に吹っ飛ばされる。レスターが立ち上がるよりも早く、足元に魔方陣が展開される。しまったと思うよりも先に、魔方陣から伸びた青白い蔓草がレスターの体に巻きつく。


「ぐっ…!」

 蔓草に棘が生え、レスターの皮膚を突き破る。そして、魔力を吸いだそうとする。


「う~ん、初めて吸ったけど、聞いていた通りラングシェリン家の魔力って吸いにくいねえ。なんかミカンにストローつっこんで汁を吸ってるみたい。いらつくなあ」

「……なら吸うな」


 レスターは両手各々に、がっと蔓草を束にして握る。それを結束するように金の鎖を出現させると、すかさず手を離し、頭を腕で守る。それとほぼ同時に爆発が起こり、鎖は蔓草もろとも消える。レスターはその威力を利用して、魔方陣から跳躍して後ろに下がった。


「へえ、ホントに爆発するんだ。びっくりしたなあ」

「……」

 戦いの場にいるとも思えない、女の呑気な声。感心したように目を開いて見せる女に、レスターはうす気味悪さを感じつつ、剣を抜いて身構える。


―この相手は何者だ?


 吸収魔法を扱える。なら、リトミナ王家の関係者としか言いようがない。


 しかし、リトミナ王家には、今は国王とその息子、そしてリートン家のセシルとその兄しかいないはず。セシル以外、女性などいない。

 しかも、セシル以外、皆魔法が衰退しているとこの間の諜報で聞いていたはずだ。なのに、この女はかなりの強さだ。



「…!」

 レスターは背後からの気配に咄嗟に結界を張る。レスターの気が逸れているうちに、拘束から抜けていたのだろう。マンジュリカと呼ばれていた女が、右手から桃色の光の糸を何十本も出して、レスターに投げ掛けていた。それはレスターの結界と触れあうなり、光の粒となって胡散し、消えていく。攻撃が防がれた初老の女は、忌々しそうに舌打ちをする。


「……」

 彼女がマンジュリカかどうかはさておき、精神操作は魔法をかける過程で相手の心を読めると聞いている。だから、絶対に操作されるようなことがあってはいけない。もしも自身が一瞬でもその魔法にかかったら、


―セシル…


 彼女の居場所がマンジュリカに知れるかもしれない。そうなったら、お荷物となった彼女を、自身の所で匿うことなど出来ない。

 そして、もう彼女と共にはいられない。



―その方がいいんじゃないのか?

 誰かが耳元でささやく。誰か、じゃない。自分だ。


―セシルがいなくなれば、これからは落ち着いてイルマのことだけを考えていられる

―イルマのことを忘れてしまう恐怖に、気が紛らわされることもない

―元々敵国の女なんだから、マンジュリカに煮ようが焼かれようが知ったことじゃない

―セシルがいなければ、俺は何も悩まされることは無かったんだ

―いっそのこと、この世からいなくなってくれれば…



「違う…俺は」

「何ぼけっとしているのかな」

「しまっ…」

 レスターの結界に青白い魔力の塊がぶつけられ、大爆発を起こす。レスターは礼拝堂の長椅子を壊しながら吹き飛ばされる。


「セントーチューに余裕こいてんじゃねーよ。バーカ」

 血だらけのレスターは剣を支えに立ち上がろうとした。しかし、ふらりとよろけて床に倒れる。それを見て女はつまらなさそうに口をとがらせた。


「意外に弱かったね、ラングシェリンの奴って」

「馬鹿言わないで。今回はたまたま相手がぼけっとした奴だったから勝てただけよ。8年前には散々苦労させられたのよ。ああ思い出すだけでも腹が立つ」

「それはマンジュリカが弱すぎたからでしょ。セシルも、ちっこかったしねえ」

「…ぐ。違うわ、もう一人リートン家のやつがいたからよ!」

「言い訳はもういいから」


 女は倒れるレスターに近寄ると、レスターの結ってある毛をつかんで持ち上げ、視線を合わせた。


「へえ、こんな顔してんだ。いつかはボクと会うことになるだろうから楽しみにしていたんだけど、実際に会ってみるとガッカリだねえ。よわっちいし、おまけに顔は地味だし」

「……」

 レスターは血が入って霞む目を無理やりこじ開け、女を睨む。すると、女は気に食わなさそうに口を曲げる。


「…まあ、こんなのでも、下僕ぐらいにはなるかな?マンジュリカー、これペットに欲しい」

「アンタが言わなくてもそのつもりよ。こんなサンプル、めったに生きたまま手に入らないわ」

「トーンの時は死体だったもんねえ。しかも、その死体ですら、研究で失敗しまくってゴミになったし。まさか、死体でもあんなに魔法を受け付けないなんてねえ、よっぽど魔法嫌いな血筋なんだね。結局、最後の最後でやっと無効化の魔法道具つくれたのに、セシル逃した挙句に、そのローブまで証拠品として押収されちゃったもんね。誰かさんは」

「…ぐぐ…殺されたいのアンタ?」



「お前ら…」

 レスターは怒りに目を剥いた。父の墓を荒らした犯人はやはりマンジュリカの仕業で、しかもその肉体を利用されていた。安らかに眠るはずだった死者を、その尊厳を無視し冒涜する行為は許せない。それに、愛する夫の遺体を奪われて、母がどれ程悲しんでいたか。


「よくも」

 レスターは純粋な魔力を体から放出した。2人を吹き飛ばす。


「うっ!」

「おおっ♡」

 初老の女と銀髪の女は吹き飛ばされる。初老の女はもんどりうって地面を転がり、銀髪の女は面白がるかのように吹き飛ばされた後着地した。


「絶対に許さない」

 レスターは教会の床を埋め尽くすかのように、無数に魔方陣を展開させた。これで逃げ場はない。一拍おいて、そこから金の鎖が勢いよく湧き出る。それは2人を捕らえた後も、蜘蛛の糸のように幾重にも彼らにまきつき拘束し、さらに空間を鎖で満たしながら絡み合う。


「これで吸収魔法でも使ってみろ。お前の体は木端みじんだ」

「へえ、ご忠告ありがとう」

 しかし、銀髪の女は焦る様子もなく、それどころかにこりと首をかしげて笑った。


「良かったねえ。ボクたちのこと捕まえられて」

 レスターは直感的に、それが虚勢ではないと感じる。まだ奥の手を隠し持っている?


 そう思ったレスターは相手の体から魔力を完全に消滅させて、殺そうとした。しかし、どういう訳か、いくら魔力を消滅させても、彼ら二人は平然と立っていた。しかも、いつまでたっても魔力が尽きる気配はない。まるで底なしだ。


―こいつら、本当に人間か?


 すると、そんなレスターの心境を読んだかのように銀髪の女は口を開く。


「キミのその能力は評価してあげるけど、残念。ボク達には絶対のアドバンテージがあるんだよ」

 銀髪の女は「それはね」と言うと同時に、青白く発光する。


「一つ目は、ボクたちは麻薬中毒者から魔力をいくらでも奪えるということ」

 女は魔法を発動させた。全く躊躇のない、吸収魔法の発動。ばちばちと不穏な音が空間に響く。


「…?!」

 こんな空間で吸収魔法を使うなど、正気の沙汰ではない。俺を巻き込むための自爆か。レスターは慌てて魔法を収束させようとする。しかし大規模に発現させたため、すぐには止められない。


 焦るレスターを前に、「そしてね」と銀髪の女は口に人差し指を当てて言った。


「二つ目は、ボクたちはとっくの昔に死んでいるってこと」

「な…」

 次の瞬間、大爆発が起こった。



 それは、9時。花火の一発目が花開いたのと同時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る