10-⑮:戦友《いくとも》…?
「という訳で、よろしく御方様」
誰が御方様だ。殴りたいが、今は王都の人通りの多い道の真ん中だ。トーンはぐっと拳をこらえた。
「…君。うちの陛下じゃなかったら今頃首は飛んでいただろうし、国に残してきた家族も妹も売国奴呼ばわりされて追放か皆殺しになるところだったんだぞ。今回はたまたま運が良かったんだろうけれど、自分が起こした事の重大さ、ちゃんと分かっているのかい?」
「…反省しているよ」
セサルは素直にしゅんとうなだれる。本当に運のいい男だとトーンは思う。セサルは知る由もないが、相手が心の読める国王だったからこそ、安全だと判定されて生きていられるのである。
「まったく、同い年とは思えないし、同じ家族を持つ身とも思えないよ」
セサルにも男の子が一人いたはずだ。しかも、妻をその子の出産時に亡くしていると噂に聞いていた。この男は、自身がいなくなった時に、一人ぼっちになるその子のことをちゃんと考えているのだろうか。考えてはいるけど、いざという時はどうにでもなるやという、変な大胆さで生きているに違いない。若い頃の無鉄砲さを抱いたまま、今まで生きてきた感じだ。
「とにかく、こうなった以上君に協力はする。ただし、ここにいる間は、あくまでも君は私の家来なのだから言う事を聞いてもらう。後、今はそれどころじゃないからしないとは思うけれど、何か変な気を起こしたらすぐに殺してあげるから」
すると、セサルは挑発的な視線をよこした。
「よく言うよ。できんのかあ?10年前に、オレに止め差されそうになったの、どこの誰だっけ」
「…11年前に、私に止めを差されそうになったのはどこの誰だったっけ」
トーンも負けじと言い返す。
「「…」」
2人は立ち止まった。ぐぐぐとお互いににらみ合う。覚えている限りの対峙の結果を口に出しながら。しかし、やがてそれも尽きると、今度は胸倉をつかみ合った。
「やはりお前とは気が合いそうにない」
「何を今更言ってんだ。血統のレベルで合わねえよ。触れた瞬間爆発だもんな」
「よくよく考えてみれば、戦での勝敗などどうでもよかったんだ。俺にその無駄にお綺麗な頭を下げに来た時点で、お前は私以下だったってことだ」
「はあ?お前なんかに頭なんて下げてないし。オレはこの国の王様に頭下げたんだよ」
「結局は私の協力を得るためなのだから、一緒じゃないか」
「一緒じゃないし。お前ん家に頭下げに行くのが嫌だったから、王様から頼んで貰おうとわざわざ身の危険を冒してまで城に行ったんだよ、一緒にすんな」
「お前元から、そういうつもりだったのか」
2人は胸倉をつかみ合ったまま、睨み合っていた。気づかぬうちに、人だかりができている。
「おじちゃんたちー、何してるの」
「こら、声掛けちゃいけません」
「「…!!」」
その声にはっと我に返って、いい歳をした男たちは赤面した。あわてて、その場を走って逃げる。
「で、これからオレはどこに行けばいいんだ?」
しばらくの間「歳だな」と言いながら路地裏で二人仲よく息切れしていたが、やがてセサルが思い出したように言う。
「私の王都にある方の屋敷だ。そこで、こちらでつかめている情報について話そうと思う」
と言ってから、トーンは新たに湧いた懸念に押し黙る。そこには、彼の妹を連れて駆け落ちした男がいる。鉢合わせさせていいものなのだろうか。
「…?」
不思議そうにセサルが自身の顔を見ているのに、トーンは諦めて、遠慮がちにその男のことを話す。結局その過程でセシルの現状についても話してしまい、屋敷で話すつもりだったことも人の気配が無いことを何度も確認しながら、すっかり話すことにした。
すると意外にもセサルは、男のことについては気分を悪くせずに聞いていた。トーンは不思議に思って聞く。
「君、どうも思っていないのか?その男に、妹を連れ去られたんだぞ」
「どう思うも何も、感謝しているよ。エレナ、もうじきうちの国王の王妃にされる所だったんだよ。産まれた時から側室にと狙われていたし、前の王妃が死んでからは後妻としてずっと狙われてたんだよな。うちの国王、女狂いで見た目もあれだから、前々からどうしたものかと真剣に悩んでいたんだよ。かといって、相手は王様だから、嫌だっていえないし。だから、真面目な奴と好き同士になって、結ばれて良かったと思ってる。あの豚野郎、エレナが駆け落ちしてから後も、あきらめきれずに追っ手を放っていたみたいだし」
自分の国の王をぼろくそに言うセサル。誇張している所もあると思うが、これほど臣下の人心を得られていないところを見るに、ひどい国王なのだろう。トーンは今回みたいに無茶ぶりに振り回されることもあるが、自国の王が陛下で良かったと心底思う。
「それより、お前の話を聞いて、ますます許せなくなったよ。マンジュリカ、よくもオレの妹たちを傷つけてくれたな」
セサルはぐっと拳を握る。トーンもその気持ちには同感する。幼い子供達の人生を翻弄した相手だ。同じ子を持つ親として許せない。
「何が何でも絶対に野郎だけは殺してやる。そして、可愛い姪っ子を取り返してやる」
「ああ、そうだな」
トーンは力強く頷くと、屋敷に向かって歩みを進めた。
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