10-④:ただ、愛でたいだけ
「……別に行きたくないです」
ベッドに腰掛けて外を眺めていたセシルはげんなりとして、部屋の入口に立っているユリナの申し出を断わった。
「いいじゃないの、せっかくのお祭りなんだから。どうせ明日暇なんでしょう?レスターから何とか外出許可を貰ってあげるから」
セシルの返事などお構いなしに、ユリナはすたすたとセシルの傍に寄ると、手に抱えた服をベッドに広げた。袖と裾に綺麗な金と銀色の刺繍の施された、シンプルな群青色のドレスだった。
「オレ、前にも言いましたけど、女の格好するの、もう嫌なんです」
セシルは言いつつ、自身のシャツの胸元をきゅっと握った。ノルンに襲われそうになったあの日から、レスターのお下がりばかり来ている。実を言うとセシルは、ノルンのことが怖いからこんなことをしているわけではない。
「この日のためにわざわざ作ってあげたんだから、着なきゃ泣くわよ」
ユリナはぐすんぐすんとわざとらしく泣きまねをする。
「…ユリナさん、泣き落としなんて卑怯…」
「卑怯も何も言ってられないわ、今日こそ何が何でも着てもらわなきゃ」
ユリナは腕まくりをした。さっきまでの涙はどこへやら。
「頼みますから、オレを着せ替え人形にしないで…」
力なく言うセシル。ロイがつい最近言っていたから知っているが、ユリナは若い頃自身の地味な顔立ちがコンプレックスで着たい服を着れなかったらしく、変わりにセシルに着せて楽しんでいたのだと。そして、セシルがレスターのお下がりを着るようになってからは、毎日クローゼットの中を見てため息をついていたらしいこと。今回はお祭りを口実に、再び自分に女の服を着せたいだけなのだろうとセシルはため息をつく。
「着せ替え人形だなんて、そんなこと思ってないわ!私はただ可愛いものを愛でたいだけなの」
結局、はた迷惑なのは変わらないじゃないか。セシルは、またはあとため息をついた。しかし、ユリナは構わずセシルの服を脱がしにかかる。
「だから、着たくもないし、行きたくもないんです!」
セシルはユリナの手を払おうとした。しかし、うっかり支えの手がすべって、後ろのベッドに倒れ込んでしまう。その格好の機会を逃さず、ユリナはその上に覆いかぶさる。
「行きたくなくても、行くの!」
「ひいい!」
「…と言う訳なんだ。助けてレスター…」
「…母上…」
ユリナから別荘に呼び出されたレスターは、久しぶりに見たセシルの女性の姿にちょっとした嬉しさを感じるが、げそっとしたセシルの顔には同情を禁じ得なかった。
「母上、少しぐらい、彼女のことを気づかってあげてください。いくら元気になったとはいえ…」
「あれからそんなに経っていないのだから」と言おうとして、今の発言自体あのトラウマを思い出させてしまうのではないかと、レスターは慌てて口を閉じた。
「かわいいでしょう?この子のために徹夜して刺繍したんだから」
ユリナはとっさに、しかし自然にセシルの肩を抱きよせ、袖の刺繍をつまんで見せる。さりげなく、ごまかしてくれたのだろう。こういうところは気が利くのにと、レスターはやれやれと思う。
「という訳で、明日セシルさんに外出許可が欲しいの。この子をお祭りに連れて行ってくれない?」
「連れて行ってくれない?って母上が連れて行くのでは?」
てっきりこの子が逃げ出さないように見張りを頼まれるつもりだったレスター。そんなレスターを引き寄せ、ユリナはすかさず耳打ちをする。
「私は行きませんよ。…こういうのは、カップルで2人っきりで行った方が見栄え的にもロマンチックでいいじゃありません?」
「見栄えとかどうでもいいんですけれど…それに、カップルって…」
その単語に変にドキッとしたレスターは、思わずセシルの方を見てしまう。セシルはけげんそうに首をかしげたので、慌てて顔を元に戻す。やめてくれ、変に意識してしまうじゃないか。
「とにかく、お祭りのために外出許可を頂戴。少しは気晴らしをさせてあげたいの」
「…そうですね」
レスターは考える。セシルをこの別荘の敷地から出すことは危険である。これをきっかけに逃げ出される可能性は十分ある。しかし、服装のことを考えるとノルンのことだって完全に忘れたわけではないだろうし、こもってばかりでは気がめいるばかりだろう。
「わかりました。許可します」
レスターは決断した。自分がしっかり見張っていればいいだけの話だ。
「ありがとう、さすが私の息子!」
「……ええ~…」
飛び上がって手を組むユリナとは対称的に、セシルは面倒くさそうにうめいた。
「セシルさん、このお祭りはね、朝からまず王都の大教会でお祈りするところから始まって、…」
そんなセシルの様子など意に介さず、ユリナはうきうきとお祭りの概要を説明する。
このお祭りとは、サーベルンの国教であるイゼルダ教の、聖人や殉教者を祝う8月31日にある祝祭である。が、実はイゼルダ教の正式な祝祭日ではない。元々はサーベルン建国以前に丁度王都のあたりにすんでいた古代の人々の太陽信仰のもので、この日を境に太陽の力が失われて秋になり冬になっていくということで、今までの夏の恵みを感謝する祭りであるらしい。そして、サーベルンの建国後、現地の人々を効果的に改宗・支配するために意図的にイゼルダ教と融合させた(というかこじつけた)なごりであるらしい。だから、王都以外の地域の教会では邪道として扱われ、祝われることは無い。
しかし王都では毎年、商人や王都民たちが主催して盛大に祝われる祭りで、パレードや見世物などの様々なイベントが行われ、大通りには出店やらが立ち並ぶ。イゼルダ教にも年に何度か祝祭日があるのだが、それは教会でお祈りをするためのもので、派手なものはこれしかない。だから、サーベルンの子供や若者たちは、水を得た魚のようにこのイベントにこぞって参加するのである。特に女性は普段質素な格好を強いられていることで、この日はこぞって着飾って参加する。レスターも子供の頃は、ロイやイルマたちと毎年のように行っていたものだ。
しかし、ユリナの説明の最初から最後まで、セシルは「へえ、そうですか…」とテンションが低いままである。
「セシルさん。このお祭り、つまらないだろうと思っているんでしょう?行ったら驚くわよ~。それはそれは、楽しい催しだらけなんだから」
「そうなんですか」
セシルは楽しみにする様子を装って返事をしたつもりだろうが、棒読みがバレバレだ。せっかく外に出られる上に、お祭りなんて楽しいイベントに参加できるのに、何がそんなに気に食わないのだろうかと不思議に思うレスター。
実は多神教のリトミナ人は、年がら年中どっかの地域で何かしらの祭りをやっているという、祭りに恵まれたがゆえに祭りに飽きた民族だということをこの時のレスター達は知らなかった。どこかの祭りに参加しそびれたところで、どこか別の地域に行けば大抵同じような祭りをやっているという、恵まれ過ぎた環境が故の弊害であった。
「じゃあ、参加します。楽しみですね」
合いも変わらずのセシルの棒読みに、二人はふうとため息をつく。
これ以上説明したところで、言葉だけでは期待させることは難しいだろう。百聞は一見にしかずだ。とにかく参加してもらえれば、その楽しさがわかるだろう。…と言うように、レスターとユリナはセシルのこと等つゆ知らず、自分たちの国の祭りを誇らしげに思っていた。
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ハロウィンか…?
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