10-②:『神の涙』~ある日の物語~
「リアン、今日もあいもかわらず読書なの?」
「テス!い、いつの間にいたの!?」
俺は本に没頭していて、後ろに忍び込んでいた事すら気づいていない友人の頭をはたいた。
「痛い!なんではたくんだよう」
リアンはさすさすと頭をさする。
「テス、ここに遊びに来ちゃダメってあれだけ言ったのに」
リアンはむすっと口をとがらせて俺を見る。
「今回は遊びに来たんじゃないよ。だってお前、医者になるんじゃなかった?なのに、こんなところでコウコガクの勉強なんてしてるから、注意しにきただけ」
本当は遊びに来たかっただけの俺は、あらかじめ用意していた言い訳を言いつつ、周囲をぐるっと見る。周囲の壁は高い棚で埋め尽くされている。そして、積まれた文書やら本やら怪しげなオブジェやら、それらに加え何かよくわからない武器らしきものが、棚にずらっと所狭しと並んでいる。
「これは趣味だよう。別にいいじゃない、趣味ぐらい持ったって」
「いいけど、それが原因でお医者のお勉強の方がおろそかになったら元も子もないだろ」
「ちゃんとしてるもん」
リアンはぶうと膨れて俺を見る。まあ、こいつはへなへなに見えて意外としっかりしているから、そう言うのならちゃんとしているのだろう。それに元々、遊びに来た口実を言うついでに叱ってみただけだから、勉強に関しては追及するつもりもない。
「で、今日は何を読んでるの?」
俺は、リアンの肩越しに読んでいる本を覗き見る。まあ、のぞいたところでさっぱり読めない文字だから意味はないが。
「『女神さまの嫁入り』って話」
「ふうん。どんな話?」
「難しすぎてぼくにはよくわかんない」
小首を傾げて、ケヘッと笑うリアン。
「…ふうん」
じゃあ最初から読むなよと言いたい。没頭している感じだったから、よっぽど面白い話なのだろうと思っていたのだが、違ったようだ。
「テス。毎回言っているけど、ここ父さんがたまに見に来るから、ばれないうちに出て行った方がいいと思うよ。ここ、キミツがあるかもだから、ぼくん家以外の人が入っちゃマズイと思うんだ」
「はいはい、じゃあ今度からココの物置の鍵はちゃんと内側から閉めておくんだな。お前みたいな本の虫じゃ、誰か後ろに忍び込んでいても気づかないだろうから」
ここはリアンの家の離れの物置だ。古くからリザントを治めていた一族なだけあって、古くからの古文献やら古美術品を保存しているらしい。今、リアンが読んでいるのは古くにこの地域と交流のあった、ジュリエの民の歴史に関する物語らしい。
次期村長として、最近こいつ―リアンはよくここの物置の中で色々と勉強させられている…というより、こいつが最近ジュリエの民について興味を持ったがために、調子づいた父親にそのジュリエの言葉やら民族性やらを嬉々として色々と教えられているらしい。そして、俺はといえば、今日もこうしてこいつを驚かせてやろうと、村長がいない間をうかがって忍び込んだのだ。
「にしても、すごいよな、リアン。ジュリエ語習ってからまだ数か月もたってないってのに、もうスラスラ読めるようになるなんて」
そう言うとリアンは、「えへへっ」とペロッと舌を出しながら頭を掻いた。「話す方はまだまだなんだけどね」と言いつつも、照れに照れている。
「…ん?」
ふと、俺はリアンの居るテーブルの上に、何かが置かれているのに目を止める。それはガラス製の瓶だった。
「何だこれ」
俺はひょいとそれを持ち上げる。すると液体の揺れる感触が手に伝わる。空気が入らないように水で満たされた瓶には、何やら金属の円柱形の物体が入っている。
「ああ!それ触っちゃダメ!」
「…?!」
リアンは慌てて俺の手から瓶を奪い取る。急になんだと言いかけた俺を、リアンはきっと睨む。
「むやみやたらに触らないで!何かあったらどうするの!」
「何かあったらって…ただの瓶じゃん」
ちょっと触ったぐらいで起こられて、俺は何だか腑に落ちなくてぶうと膨れる。
「人の家のものなんだから、ちょっとぐらい遠慮して!もう!この瓶の中のもの、見ただけで呪われるんだから!」
ぷりぷりと怒るリアン。
「……」
俺は怒りも忘れて、さあーッと血の気が引いた。俺、もう見ちゃったんだけど。
「…大丈夫だよ。この金属じゃなくて、この中に封じられてるものを見たらダメなんだから」
固まる俺を見て、リアンは何となく理由に思い至ったのだろう。説明をしてくれる。
「これ、危険すぎて普段は地下室にしまってるんだけど、父さんに頼み込んで今日特別に出してもらったんだ」
「なんでそんな危険物、本読むときに出してるんだよ」
ほっと息をつきつつ、俺は言う。
「だって、この中に入っている物が、さっきのお話の中に出てくるものらしいから」
リアンはことんと瓶をテーブルに置く。
「なんだよ、お前が読んでたのって、ジュリエの怪談物かよ」
「ううん違うよ」とリアンは首をふる。
「泣き虫な神様の結婚の話なんだ。それで、これは彼女が産みだしたものなんだって」
「どうやったら、泣き虫が呪いの生産物を産むんだよ」
「泣き虫なお前と付き合っている俺は、とうの昔に呪われた身だ」と、俺は胸を抱いてガタガタと震えて見せる。
「涙だよ」
リアンはそんな俺に大した反応を見せず、こんと瓶を爪先でつついた。
「この中に入っているのは女神の涙…『神の涙』と言われているモノ」
「『神の涙』…?」
「ぼくは実際に見たことは無いけれど、ぼくの先祖にこれを開けてみたバカがいるらしくて。水色と藍色のきれいな石だったらしいんだけど、水色の方が『神の涙』で、藍色の方はそれとよく一緒にくっついてくる不純物なんだって。不純物は不純物で役割と名前があるんだけど、今はまず『神の涙』について教えるね」
リアンは、その石らしきスケッチが描かれている古い紙を俺に見せた。受け取って見てみる。水色と藍色の、宝石の原石みたいな石だった。六角形の柱のような水色の結晶で、その根元付近には細かな藍色の四角い結晶がいくつもくっついている形だった。
「…さっき言った『神の涙』の封印を解いた人、それから2週間もしないうちに死んじゃったんだ。それはそれは恐ろしい死にざまだったらしいよ…全身の皮膚が焼けただれたみたいになって、やがてその皮膚も溶けて血も止まらなくてドロドロのグズグズになっていって、まるでバケモノのようになって、衰弱して死んだらしいよ…。もう一回この石を封印した人たちも、結局ほとんどの人が同じように死んじゃったんだって。運良く無事だった人も、七代まで呪うつもりなのか、子供や孫が原因不明の病気で早死にしたりしたらしいし。…あっそうだ。ほら、これ、そのバカが死んじゃうまでの変化のスケッチ」
リアンからそれを思わず受け取ってしまった俺は、それに目を落とした瞬間そのあまりにもおぞましい絵に、
「うぎゃああ!……はっ!」
うつらうつら船をこいでいた飲み屋の店主は、立ち上がり叫んだのであった。
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