4-②:報告+縁談
「……!」
執務室の机に座って書類を読んでいたレスターは、急にびくんと震え自身の体を抱いた。
「レスター、どうしたんだ?」
ロイがひょっこり肩から顔を出す。
「……いや、何か今、すごい悪寒が来た…」
お前何時の間に部屋に入ってきたんだ、ノックしろ。とレスターは突っ込みたいが、いまだに背筋がゾクゾクしてそれどころではない。がたがた震えているとロイは面白がって、「ほれほれ~あっためてやるう」と指先に生み出した火を、うなじに近づけた。
あちちちとあわてて立ち上がったレスターに「あんたら、よっぽど暇なんですねえ」と、これまたいつの間にか腰掛に座っていたノルンが冷たい目線を送る。
「で、レスター。肝心の国王への報告書、終わったんですか?」
「ちゃんと終わったよ」
また、人の部屋に勝手に転送で来たな、ノルン。しかも、ロイまで連れて。
ノルンは転送魔法を使って、いつの間にか部屋に勝手に来ていたり、レスターが一人で行く先々で監視していたりして、プライバシーの侵害だと前々から言っている。しかし、「従者と主の間にプライバシーなんてありません。良くも悪くも一心同体でなければ、いざというとき支えてあげられないし、尻拭いもできませんよ」と延々と説教を食らわされる上、実際に助けられたこともあったのでレスターは最近はもう何も言わない。というか、言えない。
「ほら、これだ」
レスターは座っていた机から冊子を取り出し、少し胸を張り気味にノルンに渡す。さっき書き終わって見直したばかりだった。
ノルンが来るよりも先に出来たことが少し誇らしい。いつもなら仕事をしている途中に来られて後ろに密着して立たれ、『まだできていないんですか。要領悪いですね』といちいち言われて、出来るまで何ともいえない圧力をうけるのだが、今日は違う。
「さあ、読んでくれ。添削するなり好きにするがいい。感想もどうぞ」
ノルンはぱらぱらと冊子をめくり、目を通す。さすがに、できた従者だけあって読むのも早い。
「……さすが、真面目しかとりえのない主です。一字一句間違ってないですね。文も教科書に匹敵する程、特に特徴も個性もない模範的で、読み書きの手本にしても差し障りのないものですね」
模範的。それはイコール地味という事だ。ノルン、俺が気にしていることを知っていて言っているんだろう?レスターは、レスターは恨みがましげにノルンを見るが、ノルンはレスターを一瞥しただけで目を冊子に戻した。
「だーいじょうぶだって。確かにお前は、仕事も模範的だし見た目も模範的だし特に目立った特徴のない奴だけど。お前の魅力はオレらが一番よく知ってる」
ロイは慌ててレスターの肩を叩いてなだめる。レスターは無責任なその言い様に、じろりとロイに目をやると、ゆっくりと確かめるように口を開く。
「…で、ロイくん?そんな俺の魅力って具体的になんだい…?」
「……」
真面目で模範的な事、としか言えない。
「あはは…」
ロイはごまかすために笑ったが、ひきつった笑顔がそうだと告げている。
「強いて言うならあなたの魅力は、図鑑の『人間』の項目に載せても恥じない人間ということですね。見目良くもなく悪くもない、能力も高くも低くもない、平均的な人間として」
ロイが言えなかった代わりに、ノルンが冊子を逆にペラペラめくりながら告ぐ。
「お前らな…好き勝手にあれこれと」
レスターはぐぬぬと拳を握った。ロイは慌ててレスターの肩に腕を回し、頭をなでなでする。
「だーいじょうぶ、いつかきっとそんなレスターでも、その良さをわかってくれる
「うるさい」
「げほっ」
レスターはロイの鳩尾に肘を打ちこむ。声は平静を装っているが、レスターの目は半泣きだ。
レスターはいつも気にしていた。この甘いマスクとクール仮面の二人は、街を歩くだけで女子たちの視線の花道ができる。その間に主としてぽつんと立っている、地味な顔立ちの自分の肩身の狭さと言ったら。というよりも、真ん中にいるのに、女性たちの目に映ってすらいない自分の存在のみじめさを気にしていると言った方が正しいかもしれない。おまけに高身長の2人に挟まれていると、自分が本当に主なのかさえわからなくなってくる。せめてレアな魔法の使い手なのが救いなのだが、同じくレアな魔法の使い手であるノルンと比べると、その魔法すら地味なのにレスターは、世も末のようなどうしようもなさを感じていた。
「とりあえず、すぐに提出しに行きましょう。ぎりぎりですが昼前ですし、失礼にはならないでしょう。遊んでないで、さっさと服を着替えてください」
げほげほと胃液を吐いて悶絶するロイを引きずるようにして立ち上がらせると、ノルンは部屋を出て行き、部屋の前に待機させていた侍女に主の着替えを命じる。さすが用意がいいと、レスターは感心する。
―時計時計…おっと
侍女に着せかけられた上着に手を通し、懐中時計のいつもの置き場所に手を伸ばしかけて、レスターは我に返る。
―そうだ、もうないんだった
レスターは一瞬暗い顔をしたが、侍女に気取られないようにすぐにかき消した。
**********
レスターは襟を正しコホンと咳払いをすると、城への入り口をくぐった。後ろには、相変わらずの仏頂面のノルンと、口笛を吹いているロイがついてきている。気楽なものでロイは横目ですれ違う侍女の品定めをしている。レスターは小さくため息をつく。
―ああ気が重い
国王のいる謁見の間までの間を、レスターは少し前かがみ気味になりながら歩く。別に国王に会うこと自体は、さほど緊張はしていない。昔からの付き合いがあるから、二人でいるときは気さくで、何かと世話を焼いてくれる。だから、レスターは国王のことは好きである。ただ最近は、少し会うのが憂鬱である。
―また、報告の後に、あの話題になるんだろうな…
レスターは2人に気づかれないように溜め息を付き、助けを求めるかのように半ば無意識に、ポケットの上から時計に手をふれた。しかし、はっと我に返る。そこには侍女がノルンに言われて事前に用意していたという、真新しい懐中時計があるだけだった。レスターはすべての寄る辺を無くした思いになる。
「…」
せめてそんな気分を紛らわせるために、レスターは報告書の内容を問題なく要約できるよう、もう一度情報を頭の中で整理し始める。
リトミナ武闘会襲撃事件。もちろん開催されていた武闘会は中止。軽傷・重症者は235名。死亡者は156名。マンジュリカ関連事件で最悪の事態になった先日の襲撃事件は公には、リトミナの公爵家の次男が敗戦をきっかけに乱心し、何らかの魔法を使役して無差別殺害をはかった事になった。マンジュリカを警戒する周辺国への通達も、威信を守るために同様にカーターの乱心が原因とされただけで、マンジュリカとの関連はないとのことだった。どうやら、公爵家に全ての責任を負わせるつもりらしい。
しかし、周辺国にはそのようなごまかしは一切通じておらず、各々探りを入れている。そして、たまたまレスターという使者をその場に派遣していたサーベルンでは、分身とはいえマンジュリカ本人が出てきたことで、今までの事件に彼女が関連していることをほぼ確信する状況となった。ちなみに、あの日以降、ノルンのマンジュリカ関連事件(仮)の仮も取られるに至る(ただし、本人は他の可能性も色々考えているようで、本当にマンジュリカ本人かどうか決めかねているところもあるが)。
ただのカーター乱心事件としては、マンジュリカを知らない民衆にすら疑問視されている。カーターは武芸どころか魔法も不得手である。そんな彼が自身の体を変化させることは当然、絶縁結界のある会場を爆破したりして壊滅させることなど、魔術師長でもできるはずのないことを、しかも一人で出来るはずがない。
だから、今回の事件がただの乱心事件として扱われていることを、民衆は皆疑問視しており、様々なうわさが飛び交った。もっぱらの噂は、カーターが誰かに魔法を使ってもらい身体を増強改造して、快進撃を繰り広げたのは良いが、その結果副作用で化け物になってしまったというものだ。また、怪しい黒髪の女がカイゼルやセシルと戦闘したという目撃証言も相まって、その女が武闘会襲撃の黒幕なのではないかと疑われている。
案外、民衆も勘が鋭い。「あのキチガイの第二婦人が産んだ子だ。実は人の皮をかぶった悪魔だったんじゃねえの?」なんて、突拍子もない噂も多々ある。
だが、情報が少ないのはこちらも同じなので、偉そうに彼らが間違っているとは言えない。だから、レスターは国王に、今回の事件を調査して仔細を報告してくれと言われた時は、どうしようかと思った。
『実はお主らにセシルたちを視察させる目的だけじゃなくて、「もしかしたらほんとにマンジュリカの襲撃がおこってくれるかも♡」なーんて思って派遣したんじゃが、ほんとに襲撃が起こってくれるとはのお、ありがたや。これでまた事件の調査は進展じゃ、おめでたい。ってことで、報告よろしく♡』と通信機の向こうでウインクした国王が、今更ながら腹ただしい。確かに昨今のマンジュリカ関連事件多発の時期に、国を挙げたイベントをするなんて、何か起こってもおかしくはない状況だったけれど。
だけど、こっちは一つ間違えば死んでいたんだぞ。それに、事件が起こった直後の混乱している状況で、何をどう調べて報告しろと。
レスターはそう叫びたかったが、いかんせん相手は一国を治める王なわけで。こんなこと言えない。
結局、短期間なのにもかかわらず、ノルンが結構な量の情報を集めてくれて、何とか報告書も形をとることができた。本当に優秀な部下を持つと助かると、レスターは思う。口うるさいのをのぞけばだが。
謁見の間につくと、入口の兵にノルンが目くばせする。厳かに扉が開かれると、中には国王がこちらを険しい顔で見ている。レスター達が歩みを進めると、後ろでぎいと音を立てて扉が閉じられた。
「…で、どうじゃった?」
レスター達が礼の姿勢をとろうとするやいなや、国王がそれを遮る。
先ほどまでのいかめしい王の仮面はどこへやら、国王は闊達のよさそうな顔になると、好奇心旺盛な目を、うきうきと言わんばかりにレスターに注いだ。
―ああ、
レスターは会うたびに毎回思う。
「陛下。国王らしからぬ振る舞いは控えてください…」
レスターは頭に片手をやり、ため息をつく。いや、国王相手に堂々と呆れを見せられる間柄なのも問題なのだが。
「いいじゃないか、人払いもしたことじゃし。誰も見ておらんじゃろ?」
一応、こんな王でもレスター以外にはこんな姿を見せない。見せればあっという間に付け込まれて、最悪の場合国を滅ぼされかねないだろう。そこのところ、ここまで信頼されている自身の身をレスターは本当に光栄に思う。しかし、一応は主従関係なのだから、ちゃんと節度はわきまえてほしい。
「そういう問題ではありません…私どもは陛下に使える身です。きちんとそれ相応の応対を…」
「今更どんな応対をするのじゃ?昔はトーンに叱られても、おじちゃんおじちゃんと足に食らいついて離れんかったどこぞのチビが、いっちょまえにぬかしおって」
トーンとはレスターの父である。レスターは少し頬を赤くして、押し黙る。
「……昔は昔、今は今です。陛下は国王。私はそれに使える立場のものです」
「お前はいつも固いのう。そんなんじゃからいつまでたっても嫁が来ん「報告を始めます」
そのセリフを完全スルーしてレスターが報告書を読み上げ始めると、国王はつまらなさそうに口をとがらせつつ聴いていた。あなた本当に真面目に一国の主をする気はあるのですか?と心の中で突っ込みながら、レスターは事件の要点を報告していく。
カーターはマンジュリカの仲間だった可能性がある。
同僚たちの証言によれば、普段の行動に特に怪しいことはなかったという。ただ、大会1週間ほど前から急に体格が変わりだしたと言っていた。また、「今年の大会、僕は一味違うから」と嬉々として言っていたそうだ。聞けば、カーターは毎年初戦敗退をしていた弱小選手だったらしい。だからおそらく、マンジュリカに身体を変化させる何らかの方法で、強化されていたと考えられる。
また、カーターの家にいた侍女によれば、その頃に家に飛んで帰るなり、何か薬を飲むカーターの姿が目撃されている。侍女はもしや流行の麻薬かと思い、気を付けてしばらく観察していたようだが、それ以来何かを摂取する様子は見られなかったとのこと。もしかしたら、この薬は肉体の増強並びに異形化に関わりがある疑いがあるが、詳細は不明である。ただ、薬に魔術をかけるなど出来る訳がない。カーターの死体があれば調査ができるのだろうが、セシルが使った魔法で、現場には魔術式の跡も何も残っていない状況である。
そして結界の破壊の詳細に関して。
まず、外側の結界破壊の原因。外側の結界は、本来の結界の術式の中に、指示すれば簡単に解除できるように不正な術式を組み込んであった。
魔術師長のメイ・フィトングリードを捕らえ、尋問が即座に行われた。あっさり口を割った魔術師長が言うには、結界の術式を編んでいた時の事、内側の結界の術式を編み終わった際、副魔術師長が来て外側の術式を編んでみたいと申し出たらしい。魔術師長は戸惑ったものの、自身の後継者でもあるので練習がてらにやらせてあげたと。ただ、本来は魔術師長がすべてするべきことなので、職務怠慢である。
すぐさま近衛兵たちが副魔術師長の家に乗り込んだが、とうにもぬけの殻となっていた。
他にも数名の魔術師庁の魔術師がその日を境に行方不明となっているので、関連が疑われている。
次に、内側の結界破壊と通路破壊の原因。
それはリトミナの調査では、魔法を使用しない爆発物で破壊されたとのことだった。
その爆発物の名前は火薬。セシルが考案したものらしい。そして、過去に彼がマンジュリカに教えたことがあるらしかった。だから、自身の存在の誇示のために、わざわざ使用したのだろうと推測されている。
また、余談ではあるが、カヤクジュウとは火薬銃のことらしかった。よく原理はわからないが、それを使用した銃であるらしい。実際、セシルは絶縁結界下でその武器を使ってカーターを一度は止めていたので、魔法を使わない爆発物というのは頷けた。
ちなみに、『ういるす』は、マンジュリカが自身の魔法が制御できないと言っていたところから、魔力行使に不具合を起こさせるもの―直接相手の体内に撃ちこむことで発現する魔法道具ではないかと推測された。
そして、カーターに与えられた、謎の多量の魔力。それは、リトミナ国内の麻薬中毒者から得たと考えられる。カーターが多量の魔力を得て甦ったのとほぼ同時刻、リトミナ国内の多くの場所で、麻薬中毒者やそれらしき人間がもだえ苦しみ、その後に魔力の塊と思しき塊が体から抜け出し王都の方に向かったという目撃情報が相次いでいる。おそらく、奴に流通させられていたのは、ただの麻薬ではなく特殊な薬だった可能性が考えられるとのこと。そして、麻薬事件もまた、奴の仕業であることが確定した。
さらに、各地で目撃されている白い流星群は、奴らが人々から奪った魔力だったに違いない。
そして今回の襲撃の目的。
それはセシルたちの拉致が目的であると考えられる。
試合中、程よい頃に手下であるカーターに暴れさせて状況を混乱させ、動く計画だったと思われる。セシルたちを攫うだけならカーターも武闘会の場も使わずとも良いはずなのだが、おそらくリトミナ政府関係者や来賓としてきている国の人々に、自身の持っている力を披露し震撼させるために、あえてああいった場を襲撃をしたのだろう。そして人型にしろ姿を現したのは、今までの麻薬の事件は自分が起こしたものだと、周知させるため。
そして、あのローブ。化け物以上に、あれがマンジュリカの最終兵器だったに違いない。あのローブの解析結果の資料が魔術師庁から出されていたのだが、術式は多少違えど無効化魔法でつくられたものだったらしい。無効化魔法とは、吸収魔法の唯一の天敵とも言える魔法である。
そして、それを使えるのはラングシェリン家の人間だけであり…
「…レスターも大変じゃのう。唯一のとりえの魔法もついにパクられたか」
「…そこで報告中断させないでください。というか、そんな能天気に言わないでください」
ただでさえ不快に思っているのだから、とレスター・ラングシェリンは思う。あのマンジュリカに、自身と同じ魔法を使われかけたなんて。地味一直の自分の、唯一のとりえをとられた気分だ。
「…おそらく、『墓荒らし』もマンジュリカじゃったんじゃろうな」
「…ですね」
レスターは頷く。
「…今まで『墓荒らし』の目的は予想でしかありませんでしたが、これではっきり確定しました。レアな魔法行使者に共通するのは、血で扱う魔法という事。他の者が魔術式を真似したところで行使はできない。しかし、死体であれ肉体の一部があれば、その者が使っていた魔法が使えるということなのでしょうね」
レスターは忌々しいと、唇をかむ。
「お前の父の遺体を、利用しているんじゃろうな。安らかに眠っている者をこのような目に遭わせるとは…」
国王は許せないという調子で言う。レスターは父のことを思い、その無念さを思った。
その時、ふとレスターは思い出す。
「…セシルは8年前に私の父からもらったのか、無効化の魔法道具を持っていたようで、『王家の最悪の事態』になる前に使用しておりました。一時は私が魔法を使わないといけないと思いましたが、その道具のおかげで助かりました…競技場ごと消滅なんて事態にはなりませんでしたし、身元もばれなくてすみました。後、現場の調査をされたら、父とセシルの過去の関わりがばれるかもしれないと心配していましたが、セシルの魔法と相殺したのか、無効化魔法の魔術痕は残っていなかったようで」
セシルの魔術痕も残っていなかったものの、本人が父とのつながりを黙っているのと、マンジュリカの未知の魔法の一環と思われて、調査した人々に気にも留められていなかったのが幸いだ。元々父が、そういう風に作っていたのかもしれない。
「…あの子がそんなことを…」
国王は頭を悩ませるように顔をしかめた。その国王の様子にレスターは、ん?と眉をひそめる。
―なぜ、セシルを心配しているのだろう?
レスターは不審に思う。そういえば前にも、リトミナでの武闘会の開催に際して、誰かの身を案じるようなことを言っていた気がするが、もしかしてそれはセシルの事だったのだろうか。
「…陛下…何を気遣われているのですか?以前にも、リトミナの武闘会開催に関して、誰かを心配のご様子で、心に引っかかっておりましたが…どうやらセシルだったようですね。何ゆえ敵国の、しかも王族を気にかけているかは存じ上げませんが」
ノルンが淡々と言う。しかし、その表情には、猜疑心がちらちらと見え隠れする。
「……」
国王は押し黙る。少しして、何かを言おうと口をもごつかせ、しかしやめたのか下唇を噛んで黙った。だが、3人の訝る視線を一身に受けると、あきらめたかのように国王は口を開く。
「時を見て話す、それまで待ってくれぬか?」
「……わかりました。ではその折に」
ノルンはこれ以上は問い詰めても無駄だろうと、聞きだすのをやめたようだった。
「それよりじゃ。その報告書、儂に」
ノルンはレスターから報告書を受け取ると、王に差し出す。国王は、挙動不審を何とか声音でごまかしている風だ。
「そう言えば今回の視察は、どうじゃった?」
ごまかしで重ねられたセリフだと分かりつつも、レスターは本来の目的はこれだったなと思い出す。あの事件が起こったことでいつの間にか事件報告が主となってしまったが。
「なかなか敵を知る機会はないので、色々と興味深かったです」
レスター達はセシル達の技量と力量を知るために、武闘会以前より何度かリトミナに視察(というよりセシルの観察兼諜報活動みたいなもの)に派遣されていた。というのは、マンジュリカ関連事件が深刻化していく中、8年前のようにセシル達が再びマンジュリカの仲間に取り込まれてしまう懸念がでてきたからだ。ラングシェリン家の者である以上、そうなった時、レスターがセレスティンの討ち手として駆り出されるのは当然である。だから、事前に相手のことを良く知るようにとのことで、派遣されていたのである。
だが、最近のセシル達は任務らしい任務をほとんど命じられておらず、いつも徒労に終わってしまっていた。逆に言えば、今回やっと襲撃が起きてくれたおかげで、その戦いぶりを見ることができたと言える。
「あちらの国はマンジュリカの件に関してはセシルを遠ざけるようにしていたようで、武闘会以外ではセシルの実戦の場を見れないと思っていましたが、今回は期待以上の大きな収穫がありましたよ。それに、この事件をきっかけにセシルは遅かれ早かれ表舞台に引っ張り出されるでしょう。我々にとっては敵を知れる場が増えて幸いです」
ノルンは不敵に笑う。レスターはその影を帯びた笑みに若干引きつつ、ふとその言葉にあることに気づく。
―奴が最後に笑った理由
レスターは事件直後は気づいていなかった。
例え奴が誘拐に失敗すれども、セシルが図らずも大勢の前でマンジュリカと張り合って戦えるだけの力があることを証明してしまった以上、彼女が手ぐすねを引いて待っている表舞台に立つしかなくなったということを。
そのためにも、奴は襲撃に武闘会という場を選んだのだろう。
「しっかしあいつの魔法、何でも来いの便利さだったぜ。うらやましいぜ」
ロイが後ろでため息まじりに、羨ましさのこもる声音で言った。しかし、ノルンが王の御前でくだけた態度をとったことを睨んだので、ロイは口をとがらせてそっぽを向いた。
―確かに便利だよな
レスターも改めて思う。ロイは火の魔法と風の魔法との相性が良く、それを主に使う。しかし、相性が悪いとはいえ水魔法や氷魔法も単純なものなら、使おうとすれば使える。そういった普通の魔法なら、魔力さえ持っていれば、相性はさておき魔術式を習得すれば誰でも行使できるのである。
しかし、レア物の魔法を使う行使者は違う。遺伝によって受け継がれるそれは血の魔法とも呼ばれ、赤の他人が魔術式を真似しただけでは発現しない。さらに、術者はその代償のようにそれ以外の魔法を使えず、ノルンは転送魔法しか使えない。レスターも無効化魔法だけだ。
だが、セシルは違う。吸収魔法を使うだけではなく、それを重力魔法等の普通の魔法の増強に利用し、さらに応用して原子魔法などという新たな魔法まで開発して利用している。
あんなもの、どうやって思いつくんだろうか。地味な自分とは大違いだと、レスターはうらやましく思う。しかも、治癒魔法も使えるみたいだし…。
「各々、今回の派遣が有意義だったようで何より…」
国王はふっと笑う。そして、にやっとあやしく笑った。レスターは、なんだか嫌な予感がする。
「で、そこでじゃ。お前たち、今回の経験を踏まえて、セシルを攫ってきてくれんかの?」
「「はあ!?」」
レスターとロイは驚愕する。
「陛下、突然何を…。セシルの誘拐などして一体どうするおつもりで」
ノルンは国王の突然な命令に、真意をただそうとする。
「それは内緒じゃ」
「「「は?」」」
「本人を連れてきたときに教えてやろう」
国王は悪びれることもなく、ウインクした。
「じゃ、そう言う事でよろしくじゃの」
「よろしくって、我々はまだ受けておりません‼」
ノルンが立ち上がる。しかし、
「王命として下す」
急にいかめしい王の仮面をかぶった陛下。逆らえず、あわててレスター達は頭を下げる。
―職権乱用だ!
頭を下げながらレスターは心の中で叫ぶ。こういう時にかぎって、国王らしい振る舞いをするのはいかがなものか。
「そんじゃ、そう言う事で♡今日はこっちの報告書を読みたいし、詳しいことはまた明日にでもの」
「……」
レスターは、いらあっとする。しかし、逆らえばきっと再び職権乱用をするのだろう。
「それでは失礼いたします」
レスターはあきらめて、二人を立ち上がらせる。頭が痛い。今日は考えるよりも、さっさと帰って寝たい。レスターは、礼をして国王に背を向けた。だが、
「レスター、そうそう、もう一つ話があるんじゃが」
…やっぱり捕まったか。レスターは、一拍どうしたものかと逡巡した後、嫌々前を向く。
「オルトース伯爵家に丁度年頃の娘さんがおっての。今年で18で、なかなかつつましやかでかわいい子なんじゃが。ここは1つ、会うだけでもどうじゃ?伯爵もお前を相手に考えておるようじゃし」
「……考えておきます」
レスターは少し視線を落とし、答える。国王は少し眉間にしわを寄せる。
「レスター。お主、いつもそうやってごまかすじゃろ。今回ばかりはいい加減会ってもらいたいのじゃが」
「…会えば満足されるのですか。それなら会いますが」
レスターの多少投げやりな言い方には、言外に「本当に会うだけですませますから」と言っていた。国王はため息をつく。
―もうあの子のことは、忘れてくれ
この男を前に、そう言おうと何度思ったか。しかし、実際こうしていまだに苦しみ続けている本人を目の前にすると、それがどれほど酷なことかと口に出せないでいる。
―あの子はお前のおかげで十分幸せだった。いつまでも自分を責めるな
そう言っても、きっと無駄だろう。言えば嘘の笑顔を張り付けて、そうですねと言うに決まっている。
いつまでも過去のことに囚われず、新しい幸せをつかんでほしい。しかし、この真面目な男は何を言っても、きっと一途に過去のことを思い続け、生涯彼女だけに一途な思いを注ぎ続けるのだろう。
「…無理にとは言わない。少しでも興味があったらで良い」
「…左様ですか。承知いたしました」
レスターは感情を消した声で、返事をする。しかし、今後こういう話をすることは許さないとでも言うかのような、殺気に近い気配を声に乗せて。いつもの様子とは違うのに、国王は若干引く。
「それでは失礼いたします」
話は終わったと言わんばかりに背を向け、部屋を出て行くレスターの背を見送り、国王はぽつんと言った。
「…一途なのか、頑固なのか」
感嘆と呆れ。国王は頭に手をやった。
「…こうなったら意地でもどうにかしてくれるわい。う~ん、そうじゃなぁ…あの子に顔も性格もそっくりな娘を国中から探して…いや世界に三人しかいないのに、そんな娘見つかるわけないし…。」
世界中探し回る間に、レスターが歳をとるどころか、自分が先立ちかねない。
「ここは仕組んで、無理やりにでも今回の娘さんとくっつけてしまうか…?」
パーティなどの名目で二人を引きあわせた後、レスターを前後不覚にまで酩酊させて一晩伯爵家に泊まらせれば、事実はどうであれそれだけで噂が立つだろう。真面目なレスターは、結婚前の女性に傷をつけてしまったことを負い目に思い、無下には扱わないだろう。ただ、きっと誰の仕業であるかは一目瞭然であるので、嫌われる、絶対に。
心が許せる人間が少ない国王にとって、その相手に嫌われることは堪えることである。辞めておこうと首をふる。
もう老若男女、誰でも良いから、引っ付けてしまいたい気分だ。そうでないと、彼の行く先が不安で仕方がない。
「そうじゃ!今から、あの子をレスターの好みの女性に育てて…いや、5歳児と20歳では犯罪じゃ。……そうじゃ、あの子の歳なら丁度いい感じだし、押し付けて育てさせれば…」
国王の悩みはマンジュリカ関連事件に、レスターの縁談と、増えるばかりだった。
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