見つからない店。見つかった2人。

 かのオカマを痛めつけてから、ユアンとアイは手に入れた情報を元に店を探すことにした。


「ただ、その前にこの情報を2人に伝えなきゃなァ」


 ユアンは、黒衣のポケットからマイク付きイヤホンを取り出して耳に付ける。イヤホンが取り付けられている機械のスイッチを入れ、マイクを通して話し始めた。


「ソウイチ聞こえるかァ?」

『……はい、聞こえるですよ』

『言葉~!』


 後ろでいつものようにムアがわめいているらしい。とにかく、用件を伝える。


「探すべき店が多分見つかった、それを一先ず目指してくれェ」

『了解ですます』

「店の名前は英語で『Murderer House』、『殺人者の家』ってとこだなァ」

『『Murderer House』……I got it.』

「……英語で話すなよォ」


 日本語を話すのが手一杯のユアンは、苦虫を潰したような顔をした。


「とにかく、その店だァ。頼んだぜェ」

『合点でおじゃる』

『どこの貴族よ!ソウイチ!大体ねえ、――』


 ユアンはそこで静かに、無線を切った。

 後は2人でご勝手に。


『ムアは相変わらずですね』


 筆談で、苦笑しながらアイは述べる。


「まったくだァ」


 ユアンも苦笑しながら賛同した。


「まァ、そんなことよりも、とっとと探すかァ」


 辺りの、何度見たか知れない無機質な街並みを眺めて言った。

 が、そこでアイがこう書き記した。


『もう少し細かく情報を集めても良さそうですけど』


 ユアンは、少し悩んでこう言った。


「……どっちにしろリスクはあるんだよなァ」

『と言いますと?』


 速記で返答するアイに、ユアンが更に答える。


「探すにしても時間はかかるし、人に訊いてもさっきみたいになるかもしれないだろォ?」


 そんなユアンに対して、アイが何の迷いもなく書き綴った。


『でもユアンさんが勝てない人なんて少ないですよ、きっと』

「……勝てる勝てないも大事だがなァ」


 後頭部をかきながら、続けた。


「何だかんだ、今更だが、お前らをなるべく危険には巻き込みたくないんだァ」

『今更過ぎますよ、こんな任務与えておいて』

「……だよなァ」


 ここまで言ったところで、両者は顔を見合わせて苦笑した。


「で、どうするよォ?」

『聞き込みするかしないか、ですか?』

「あァ」


 アイは、即答した。


『一先ずしましょう。情報が少なすぎます』

「なら、そうするかァ」


 ユアンも、特に思う所はなく賛同し、より正確な情報を集めようとした。

 それから、数十分、結構な数の人に聞き込みをした結果(中には、半ば強引な手段をとらざるをえなかった者もいたが)、以下の情報が分かった。


・店の場所は覚えていないとのこと。

・知らない人も結構いる。

・店主は人間ではないらしい。

・ある人間を焼き殺したところを見た人もいる。


「……ここまで来ると、やはり魔人という説が強いなァ」

『まだ確定はできませんけど……』

「しかしよォ」


 ユアンは、集めた情報を眺める。


「店の場所が分からないんなら、結局探すしかねえ、ってことになるなァ」

『ですね』


 つまり、情報収集の結果は、殆ど分からないに等しいものだった。

 ……実は3つ目と4つ目の情報を使えば、予測ではあるものの、ある程度対象を想像できたはずだが、ユアンにそこまで考えられるほどの頭はなかった。

 数十分の情報収集は無駄になった、というわけだ。


「結局振り出しかァ」

『仕方ありませんね』


 少し気落ちしたようなユアンだが、それをアイが宥める。


「本当にどこにいるんだろうなァ……もしかしたら、『無人地帯』ぐるみのドッキリだったりするかもしれねェ」

『それは面白すぎますね』


 冗談だと思ったのだろう、アイは微笑みながら筆談で答える。


「……冗談、でいいんだよな?」

『流石にそこまで、皆能天気じゃないでしょう』


 笑顔のまま、アイは答える。

 ここまで笑ったのは久々かもしれない、と思いながら。

 ――ふと、脳裏に浮かんだのは、幼き日の記憶。

 そこには、天使、、のような、少女の姿。

 アイ自身も、彼女と遊んでいて、笑っている。

 先天的に声を失った自分に、何の問題もないかのように接し、遊んでくれたから、というのもあるかもしれないが、単純に、楽しかったのだ。


(……元気にしているかしらね)


 彼女、、を心配はしたものの、それ以上思うこともなかった。

 今は、『Murderer House』の捜索だ。

 ということで、2人はまた『Murderer House』を探しに歩き始める。

 だが、その時であった。

 突如、無線が鳴ったのは。


「……あっちで何か見つかったのかァ?」

『かもしれませんね』


 2人は何があったのかを期待する。

 ユアンがイヤホンをつけると、そこからソウイチの押し殺したような声が届いた。


『――聞こえるますか、ユアンさん』

「聞こえるぜェ。どうしたァ?」

『救援要請ござります』


 それは発見報告ではなかった。


『襲撃を与えられ、まずいでございでしょう』


 敵襲。

 ――そんなことをしてくる連中の検討が、全くつかないが。


「……誰に襲われているゥ?」

『分かるないですが――目の光なしの人々が89人でござります』

「はちっ――!?」


 ユアンは、絶句しかけたが、今はそんなことをしている暇はない。


「――場所は示せるかァ?」


 横やりが、向こう側で入る。ムアだ。

 かなり押し殺した声で告げる。


『場所を示すのは難しいわ。閃光手榴弾でも限界があるし――取り敢えず、北側に来てほしいわ。とてもじゃないけど、私達2人じゃ限界かも』

「……分かった、北側に着いたらまた連絡するぜェ――死ぬなよォ」

『善処するでござるます』

『取り敢えず、切るわ』


 無線は途切れた。

 仲間がピンチならば、店を探すどころではないだろう。

 ユアンは、即座にそう判断した。


「……アイ、お前の妹とソウイチがピンチだァ。助けにいくぞォ」

『分かりました』


 乱暴な文字で返答したアイと、ユアンは、仲間を助けるために北へ向かう。

 だが、その途中、途轍もない力に2人は阻まれることになるが、それを知る由はまだない。


***


 その少し前――ユアンから電話を受けてから数十分ほど経過した時のこと。

 ムアとソウイチは辺りを見回しながら、先程聞いた店名、『Murderer House』を探していた。

 無論、『不在』を使いながら。


「……しかし、『殺人者の家』なんて、悪趣味な名前ね」


 ムアは、心底から嫌悪を示して呟いた。


「ということは、探している人は、変な人ということでます?」

「……っ!そうかもね」


 ツッコミを踏みとどまったムアだが、しかし確かに、と納得もした。

 そもそも今探しているのは、かなりの強者である魔人を殺した者である。これが変人でなければいいな、というのはグループ全員の共通認識だった。

 だが、店の名前という限定的な情報から判断するに、相手は変人ではないだろうか――そういう疑念がよぎる。

 快楽殺人者か。否か。

 もしかしたら、想像を超えたサイコパスであるかもしれない。


「でも、探し出してみないと分からないわよね」

「そうでないあるます」

「どっちよっ!?」


 真っ当なツッコミを入れたところで、ムアが言った。


「……ごめん、ソウイチ」

「何でござるですか?」

「少し、休憩したい……。『不在』を使いすぎて疲れてきちゃった……」

「分かりますした」


 ムアとソウイチは、近くにある建物に入る。そこに人がいないことを確認してから、漸くムアは『不在』を解いた。

 『不在』は、姿どころか、音、臭い、全てを消すことが出来る。それを使用している間は、相手は全くムアを感知できない。

 また、ムアの隠す対象は、自分のみでなく、自分の体から半径1m以内のものも入る。

 何も欠点のない能力に見える。しかし、欠点と言えば、発動時間と、消耗度合いだ。

 この能力を使うと、かなり精神力を消耗する。普通に会話は出来るが、そのレベルになると、最大でも1時間しかもたない。

 1時間もてば確かに十分だが、逆に言えば、1時間以内に全てを終わらせなければならないということだ。

 例えば、暗殺任務を請け負うとすると、潜入、暗殺、脱出、罠の看破、全て含めて1時間だ。複雑な経路を辿らねばならないものであれば、如何に困難か想像がつくはずだ。

 また、先程も言ったように、『不在』は精神力を消耗する。つまり、殺し合いの場や、緊張を強いられる場では、もっと発動時間は短くなる。場所によるが、最大で20分もつかどうか。

 つまり、発動中は無敵ではあるが、発動時間から言って、この能力は未熟なのだ。

 ちなみにこの場合は、40分以上はもっていた。


「……ふぅっ」

「お疲れました」

「……ありがと」


 汗だくになって、床に倒れ込むムア。もはやツッコむ気力すらないようだ。

 この建物には、何もない。ひどく殺風景だ。

 あるとすれば、周りから響く、怒号や銃声、断末魔くらいか。まだ、抗争めいたものが起こっているらしい。

 そんな中、ソウイチはムアを心配そうに見つめる。

 彼に気付き、ムアは手をひらひらと振る。


「……いいのよ、いつものことじゃない」

「しかし」

「それに、私の修業が足りないだけよ」


 自分に言い聞かせるように、ムアは言った。

 修業が、足りない。

 もっと長く、『不在』を維持せねば。

 皆の役に立つように。


「……まだまだね、私も」


 そう言うムアに、ソウイチがそっと額に手で触れる。


「……十分すぎるます」


 微笑んで、言った。


「本当にありがとう」

「……っ!感謝されるようなことじゃないわよっ……!」


 顔を少しそむけるムアだが、構わず、今度は頭を撫で始める。


「ちょっ……何で頭撫でるのよっ!」

「いえ……元気になるかなと思うございまして」

「や、やめなさいっ!」


 ソウイチの手を除けようとするが、彼は手を退けなかった。

 ムアはとうとう、顔を手で覆う。


「恥ずかしいってばー!」

「何がであそばせますか?」

「いいから頭撫でるのやめてーっ!!」


 流石にソウイチも、きょとんとはしたが、手を離した。

 ムアは、我に返って、告げた。


「……うん、ごめん」

「……いえ、こちらもでましょう」


 何となく、変な雰囲気になった2人。

 任務を請け負っている時に、一体何をやっているのか、というのは重々承知してはいたが、どうしようもなくなった。


「……ま、とにかく、少し休むわ……」


 と、ムアは完全に気を抜いた。

 ソウイチは、ムアが寝ている間の護衛をしようと、逆に神経を尖らせた。

 その矢先。


「……アッアアアアアアアアアアア」


 ガラスのない窓から、1人の男が入ってきた。

 彼は、目から光を失い、狂ったように手に持ったナイフを振るっている。

 そして、そのナイフで、ソウイチとムアを殺そうとしている。


「――ッ!」


 ソウイチに、迷いはなかった。

 ライフルのセーフティを外し、既に装填した銃弾を、男の頭目掛けて発射。

 この間、僅か2秒に満たず。

 速さに対応できなかった男は、頭を撃ち抜かれて後方に倒れた。

 その射撃音で、眠りに入ろうとしたムアも流石に目覚める。


「――っえ!?何!?」

「敵!」


 ソウイチは短く用件を告げた。

 ムアは、少しイラついたかのように言った。


「ああもう!寝ようとしていたのにっ!!」

「とにかく逃げでございんす!」

「その通りねっ!」


 2人は、すぐさま建物から外に出る。

 しかし、そこには。


「……ふぅ」

「……あははー……」


 ざっと見、70人以上はいるであろう、目から光を失った人間たちが。

 武器を持って、2人を見据えていた。

 恐らく、銃声に反応して群がって来たのだろう。

 観念したかのように臨戦態勢をとるソウイチ。

 そして、あまりの数の多さに引き攣った笑いをするムア。

 しかし彼らの顔には、絶望の色は浮かんでいない。


「……89人、かしらね」

「ましょう」


 不思議な返答をした途端、ソウイチはイヤホンを取り出し、連絡を取り始める。

 相手は、ユアン。

 通信は、すぐに繋がった。


「――聞こえるますか、ユアンさん」

『聞こえるぜェ。どうしたァ?』


 ソウイチは、用件を手短に伝えた。


「救援要請ござります。襲撃を与えられ、まずいでございでしょう」


 敵襲報告を予想していなかったに違いないユアンは、しかし冷静に次の質問を繰り出す。


『……誰に襲われているゥ?』

「分かるないですが――目の光なしの人々が89人でござります」

『はちっ――!?』


 ユアンの驚愕に満ちた絶句が向こうから響くが、そのまま固まることはなかった。


『――場所は示せるかァ?』


 場所を示すのは難しいだろう。

 銃声を鳴らしたとしても、まず2人に届く可能性が低い。周りでも、ひっきりなしにドンパチやる音が聞こえるのだ。

 閃光手榴弾は、恐らく使うには距離が遠すぎる。第一、あれは遠距離用ではない。

 1秒に満たない以上の思考を踏まえ、複雑な状況を説明するため、日本語に長けたムアが代わりに答えることにした。


「場所を示すのは難しいわ。閃光手榴弾でも限界があるし――取り敢えず、北側に来てほしいわ。とてもじゃないけど、私達2人じゃ限界かも」


 ユアンの返答も早かった。


『……分かった、北側に着いたらまた連絡するぜェ――死ぬなよォ』

「善処するでござるます」

「取り敢えず、切るわ」


 無線は切れる。

 同時に、ムアが小言を言う。


「もう、『善処』じゃないでしょ」

「『最善尽くす』でおじゃりましょうか?」

「そうね。後ソウイチは戦闘終わったら、みっちり日本語鍛えてやるわ」

「勘弁を」


 2人は、光を失った人形たちと、目を合わせた。

 ――人形たちの背後にいる黒幕が誰か、2人はまだ知らない。

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