知喰者。不在の2人。

「……お前、そうか、その瞳は――」

「今知覚したのか。珍奇な存在故、仕方無いか」


 サドトゥスは、無感情で返す。

 勿論、救羽は何もわからず首を傾げる。

 困惑する救羽を見かねたのか、サドトゥスがリオに尋ねた。


「その娘は知らないのか」

「ああ、言った覚えはないからな」


 すると颪は、快活な声で口を挟む。


「知らないのも当然だぁ!!!俺もついこの前知ったからなぁ!!!」

「そうと仮定すれば、致し方無い。話を追跡可能にするよう、教授しよう」


 と、サドトゥスが説明を始めた。

 理解力の高い救羽は、堅い話し方をするサドトゥスの解説を余すところなく理解した。しかし、地の文で代わりに、分かりやすく説明することにしよう。

 『知喰者シェンティア』。『王位継承戦レナンテム』。

 この2つの用語は、『魔界』においてもかなり特殊な立ち位置にある。

 『知喰者シェンティア』は魔人の一種で、やはり人間離れした身体能力を誇る。だが、それ以上に特色があったのが、2つ。

 1つには統一された全身の色(白や黒系で統一されることが多い)と、赤い瞳だ。

 そしてもう1つが、名前にもある『知恵喰らい』だ。

 要するに、右手で対象に触れると対象からその知恵を奪い取る、というものだ。

 その対象となる知恵は、魔人ごとに決まっている。

 例えば目の前にいる、このサドトゥス・イェーダ。彼女は『感情喰らい』である。表情に乏しく、感情もないこの少女は、相手から「感情」を奪い取ることによって感情を発現できる。それも、喜怒哀楽から「戦意」という非常に曖昧なものまで盗み取ることが出来る。

 他にも例えば、「肉体」を喰らう反則級のものもあれば、「病気・薬物」を喰らう奇異なものまである。

 このように変わった能力を持つごく少数の魔人集団が、『魔界』の中でも『知界』として独立した勢力を保っている。この『知界』は『知喰王フィロソフィア』という王によって統治されている。

 勿論、その王も力が衰え、やがて死んでいくわけだ。となると、後継者を決めなくてはならない。

 それを決めるのが、『王位継承戦レナンテム』と呼ばれる一種の後継者争いだ。ここには種々のルールが定められており、参加者(希望制で、他薦自薦問わない)は規則に従って戦闘を行う。勝ち残った1人が、次期『知喰王フィロソフィア』となるわけだ。

 そしてそのルールの1つに、かいつまんで言えば「協力者を作っても構わない」という項目がある。

 サドトゥスで言えば、この大男、風嵐颪ということだ。


「凄い世界があるものですね……」


 救羽は目を丸くしながら話を聞いていた。

 適応能力が高い、とリオは思ったが、それは図らずも、ミカに捕まっていた経験があるからかもしれない、と推測する。

 あの時の経験で、動揺するようなことはなくなったのかもしれない。


「この起源は私も無知だがな。だが、『知喰王フィロソフィア』の力故、あの混沌の中、一勢力を保持できるのは必然だ」

「その王様って、そんなに強いんですか?」


 救羽が尋ねると、サドトゥスが感情をこめずに答える。


「勿論。昔は魔人全員が束になり襲撃しても返り討ちにされただろう」

「……昔は、、、か」


 リオは、その言葉に反応した。

 サドトゥスは、リオの台詞を論理的に、、、、一瞬で分析し、その真意を解いた。


「知らないのか。或いは聞かなかったのか」

「知らないし聞いていない――『知喰王フィロソフィア』は、それ程までに衰弱して、、、、いるのか?」

「それ故私達『知喰者シェンティア』がこの辺境に降り立ったのだ」

「……嫌な予感は薄々していたが、当たったか」


 溜め息をつき、リオは言う。


「『王位継承戦レナンテム』が、この『人間界』で開かれるんだな」

「御名答。内容は開始1時間前まで明示されぬ故、私達も知らぬが」


 苛烈を極め、荒廃する土地多数。

 それが、一般的な『王位継承戦レナンテム』の評価だ。

 もっとも、この『無人地帯』は元々荒廃しているから、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが。

 問題なのはむしろ、どれだけの流れ弾を喰らうことになるか、というところだ。

 この『王位継承戦レナンテム』において、『知喰者シェンティア』達は持てる力の全てを利用する。

 それこそ、次期王になるために。

 その戦火にどれだけ巻き込まれ、そして傷つくのか。

 恐らく、大半の者が甚大な被害を受けるだろう。

 ところで話を戻せば。

 この2人の依頼は、護衛任務。それも『王位継承戦レナンテム』を控えた2人の。

 依頼受領は、必然的に『王位継承戦レナンテム』への参加を意味する。

 とすれば、リオの元の質問――「護衛期間はどのくらいか」については、「『王位継承戦レナンテム』の期間終了時まで」となるに違いない。


「……依頼にしては、荷が重いな」

「確かにそうかもなぁ!!!食糧や武器があっても足りないかもしれんなぁ!!!」


 あっさりと颪は認めた。だが、サドトゥスと颪からすればここで引き下がるわけには当然行かない。


「ならば、お前らの仕事――殺害依頼と言ったな!?それを手伝ってやろうではないか!!」


 この条件に、今度こそリオはきょとんとした。


「……は?」

「そのくらいの汚れ仕事は引き受けてやるって言ってんだぁ!!」


 快活に笑いながら、颪は答える。

 サドトゥスは、颪に反論する。


「論理的に反するな。貴様は『人を殺したくない』から『風嵐家』を抜け出してきたのではないのか」

「……ふらん?」

「……」


 そのサドトゥスの言葉で、リオと救羽は息を合わせて首を傾げた。

 2人の姿を見たサドトゥスは、合点がいった。


「成る程。こちらも説明が必要か」


 面倒臭さ、怒り、困惑――こうした感情が一切ないために、サドトゥスは表情1つ変えずに、説明に乗り出した。あくまで、相手に必要なことだからに過ぎず、親切心など微塵もないわけだが。


***


 説明が始まろうとしたその頃、2人の少年少女は廃墟の中を闊歩していた。

 日本語のおかしなスナイパー、ソウイチと、それを正そうとする少女、ムアである。

 彼らは道の真ん中を堂々と歩いていた。路肩には、人々が蹲り、或いは呻き、或いは誰かを殺そうと虎視眈々と狙っている。

 だが、その誰もが、ソウイチとムアに気付かない、、、、、

 まるで、その場に2人が存在しないかのように。


「やはりすごいでございまするよ。全く誰も僕たちに気付くないですから」

「日本語塾をこの場で開講されたいのっ!?」


 崩壊した日本語に大音量で突っ込んでも、誰も何も気にしない。

 ソウイチが答えを言ったようなものだが、それはムアの能力――『不在』による。

 気配だけではない、音すら消す。完璧な隠蔽。近くにいる者の存在すらも無いようにできる。

 弱冠12歳かそこらでこの領域に達することが出来たのは、偏にムアの才能によるのかもしれない。

 ムア。フルネームは、白粉しろこ夢亜むあ

 ムアの姉であるアイ――フルネームは白粉愛――も、似たような能力を持っている。だが、彼女のものは言わばムアの劣化版で、気配を消すことが出来るが、音までは消せない『霧在』を用いる。

 このように、彼女たちの家族である『白粉家』は気配を消すことに特化した家系だ。


「まあ、私よりも化け物な奴がわんさかいるらしいけどね……」


 ムアは、分かりやすくため息をつく。

 気配も音も消せる時点で十分化け物なのでは――とソウイチは突っ込もうとして止めた。どころか、ムアはソウイチに言う。


「というか、ソウイチの方が凄いと私は思うわ」

「僕ですますか?」


 日本語が若干どころではなく怪しい彼だが、実力は、ムアも認めるほど高いのだ。

 ソウイチ――本名は遠野とおの狙一そいち。彼の所属する『遠野家』は、遠距離から敵を狙う、スナイパーの多い家系だ。

 そこで彼は、全ての知識を叩きこまれた。

 スナイパーとしては恐らく、ソウイチより右に出る者がいないだろう。

 そして――とある理由で彼は、『遠野家』に所属していないことになっている。

 それはさておくとしても、今までの説明で分かるように、子供2人のコンビはある意味最強の組み合わせなのだ。

 気配どころか、音すら消せるムア。

 遠くにいる敵は絶対逃さず射殺するソウイチ。

 2人合わされば、楽々標的を消し去れるだろう。

 だがそのコンビが発揮されるのは、誰かを射殺する時くらいだ。今回のような人探しでは、安全に遂行できる以外にメリットがない。

 それでもこの組み合わせにしたのは、万が一の事態を兼ねてのことなのだろう。

 しかし、ムアにとってはそんなことはどうでも良かった。


「……やっぱりっ!言葉遣いが気になるよっ!!!」


 ソウイチの言葉遣いが最早ストレスでしかないムアにとっては、会話が苦痛だった。彼女自身ツッコミ気質があるのか、はたまた話し好きなのか、どうしても返答してしまうのだが。


「ほら、その魔人とやらを探しながら直すよ!さんはい、『僕ですか?』」

「僕ですか……ます」

「何でよっ!!」


 わざとだとしか思えないが、ソウイチはこれでも大真面目である。

 そして彼は日本語よりも、欧米圏の言葉の方が話しやすいのであり。


「Hey, I wanna speak in English. Japanese is very hard to use because of grammar and usage.」

「英語分かんないからっ!!」


 もはや悲鳴に近いツッコミをすると、ソウイチは、「それなら」と別の言葉で話す。


「Je peux parler anglais. Japonais est très difficile à user...」

「何語よそれっ!?」


 フランス語である。

 ちなみに言わんとした内容は英語と同じだ。


「Ich spreche auch...」

「もういいわよっ!!!」


 ドイツ語まで話せそうなのに、何故日本語だけ話し方が壊滅的なのか、永遠に謎は残りそうだ。


「やはり日本語難しいござる」

「……話し方~……っ!!!」


 ……という、至極どうでもいいやり取りをしながら、2人は対象を探し回るのであった。

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