人護りの討議。

 どこか遠い記憶。

 金属音。

 その時、檻の扉が開けられた。

 普段なら、拷問に似た苦痛の開始音である。

 だが、この時は、希望の鐘の音に聞こえた。


『一緒に逃げよう――1人じゃなければ怖くないでしょ?』


 白い髪を持つ可愛らしい少女は、檻の中にいるリオにそう声をかけた。


『……でも、そんなことしたら、き、君は……』

『うん、死んじゃうね』

『っ!だ、だったら――』

『でもさ――』


 屈託のない笑みを浮かべ、檻の中の少年に手を差し伸べて、少女は言った。


『捕まらなければ、死なないでしょ?』


 その言葉を聞いて、突き動かされてしまった少年は、差し出された手を。

 しっかりと握った。

 瞬間。

 イメージが変わり。

 黄昏の中。

 赤く染まった、畦道の中で。

 捕まった、処刑を待つ少女。

 捕まった、只の不死身の少年。

 彼女は、確かに笑っていた。


『楽しかった』


 刃が、振り上げられる。

 下ろせば、首を斬り落とせる。


『や、やめ――』


 リオは、村人に取り押さえられたまま、叫ぼうとする。

 遮るように、少女は、遺言を放った。


生きて、、、、リオ』


 ナイフが皮膚を破る。血が噴き出る。肉に到達。細胞を潰しながらナイフは直進。骨に差し掛からんとする。後は肉を断ち、皮膚を再び破るだけ。

 凶刃は、少女の首を――。


***


「……カハッ!!!」


 リオは、目覚めた。

 時刻は分からないが、昼時であることは分かった。

 魔人は基本的に寝なくても死なない(『不死身』に対して使う時点で可笑しな話だが)。だが、寝転がっていたところ、いつの間にか意識が落ちたらしい。


「……クソ」


 頭を掻き毟り、立ち上がる。

 忘れたくとも、忘れられない記憶。

 忘却したその瞬間に、何の変哲もない罪人に落ち沈む、甘く残酷な思い出。


「……」


 思わず、リオは自らの手を凝視する。

 血に塗れたビジョンが、フラッシュバックする。

 少女を。

 殺したのは。


「リオさん、起きたんですね」


 新調した床を踏みながら、『Murderer House』に勤める救羽が、奥の方から姿を現した。お蔭で、忘れられない記憶から抜け出せた。

 リオは救羽を見る。

 どこから仕入れたかも分からない、新しい服を着た彼女を。

 いつも着ている白地の服は何故か変えないが、その上にピンクのカーディガンを着て、少女らしさが増していた。

 有体に言えば、めちゃくちゃ可愛い。


「あ、ああ」


 視線を逸らしながら、リオは言う。

 マスカレードにあの時言われた「少女趣味」の言葉が、何故か説得力を持って立ち現れた。


「どうかしました?」

「いや、何でもない」

「?」


 小首を傾げる救羽は、「まあ、何もないなら大丈夫ですね」ととことこ歩いてソファに座った。

 『九体天コスモス』の1人――ウェーヌス・ミカ・ルシュタルとの戦闘後、マスカレードは律儀に報酬を持って来た――衣服と食糧である。

 冷蔵庫があるものの、色々配慮してくれたのか、長期保存可能な食品を沢山寄越した。

 衣服は、救羽が来ているのを筆頭に、幾つもある。

 ついでに言えば、フォースが態々やって来て、ミカとの戦闘で破られた床や壁を修復してくれた。

 そこまでしなくても、とリオも救羽も止めようとしたが、首を横に振って黙々と作業をしてくれた。リオはともかく、救羽は今度料理を振る舞ってあげようと密かに思った。

 そんなわけで現在、以前と変わらない生活が出来ているわけである。

 最近変わったと言えば、一頃止んでいた外での銃声が、再び聞こえ出したくらいだろうか。所謂『抗争』とやらが始まったらしいが、リオには何のことやらさっぱりだし、救羽も同様だった。


「あ、もうお昼ですけど、ご飯食べますか?」

「……そうだな、お願いできるか」

「勿論です!」


 救羽は、食料を取りに奥の方へと消えた。

 ――最近はまた依頼も増え始め、こうして日常を過ごすことも稀になってしまった。しかし――いやだからこそ、こうした時間を大切に出来るのかもしれない。

 陳腐ではあるが、真理ではある筈だ。

 大体、稀少であるから大事にするという思考は至極真っ当である。

 命も、同じ。


「……」


 1人で考え事をすれば――特に、生死について考えれば、あの少女、、、、がリオの頭の中を蹂躙する。

 どうしたってこびり付く。洗浄しても浄化しても、分離しない。

 こんな苦しい記憶、漂白されてしまえばいいのに、と改めて思う。

 だが、楽しい記憶だけが染みを作る事態は、未来永劫起こり得ない。

 少女の死という事実が、永久に取り消せないように。


「……」


 自分の手を、再び見つめる。

 最近、あの場面が蘇えることが多くなった。

 救羽を引き留めてからは、特に。

 実際、救羽のせいではあるとは思う。勿論、不可抗力だが。

 何せ、あの少女、、、、と救羽とが、あまりにも似ているからだ。

 だからといって、仮に救羽を引き留めずに追い出したら、それこそ鬼畜外道だ。

 リオには、そんなことが出来るはずはない。


「……これ以上考えても同じことが浮かぶだけだな」


 そう独り言を言って、ソファに腰を落ち着けた時、救羽が戻って来た。


「お待たせしました!」


 両手で大きめのお盆を持ち、そこに幾つかの保存食を持って来て机の上に置いた。魚を煮たようなものから、水分を極力抜いた堅そうなパンまで、メニューに統一性はない。

 とはいえ、そこら辺で狩って調理するよりは、数倍マシだろう。


「ありがとうな」

「と言っても、ぱかぱか蓋を開けていくだけですけどね……」


 救羽も、リオの向かい側に座った。


「いただきます」

「いただきます」


 堅いパンから食す。明らかに食用ではない気がする、とリオは一口目で思った。

 明らかに、人の噛む力を考慮に入れていないからだ。一体、何を思ってこれを作り上げたのか、製作者に問いかけたいと思うリオだった。

 強力な顎のお蔭で噛み切れるリオはまだいい。問題は、思い切り力を籠めているも、文字通り歯が立たない救羽の方だった。


「こんなに堅いなんて、想像もしてませんでした……」


 食事で苦戦するなど夢にも思わなかった救羽は、ひとまずパンを諦めて缶詰の煮魚を食すことにした。


「……美味しいです」

「そりゃよかった」


 思わず笑みをこぼす救羽に、リオがパンを噛み切りながら答える。

 空気も腐り、性根も腐ったこの世界で、2人は、束の間の平和を享受していた。

 その時だった。

 ドアに、ノック音が響く。突然だったので救羽は体を震わせた。


「誰かいるかぁ!!!」


 そのノック音よりも大音量の、図太い声が聞こえてきた。


「……いるぞ、入れ」


 リオは、食べかけのパンを置いて、冷静なままドアの方へ呼びかける。

 入って来たのは、2人。

 1人は、図太い声を上げたと思われる図体の大きい小太りな、スキンヘッドの男。声に似あった明るい表情をしている。手首まで隠れるジャケットを着て、下もGパンでしっかり足首まで隠れている。

 もう1人は、少し異様な雰囲気を持つ小柄な少女。髪は肩にかかる程度の長さで、かなり薄い紫色をしている。肌もどこか青白い。服は、薄いバイオレットの大きい法衣のようなものを上に羽織っている。下にも何か着てはいるようだが、殆どそのコートに体が包まれている。

 その瞳は、赤かった。しかし無表情も相まって、感情が全く読み取れない――否、無いようにも見える。


「おや、食事中だったか!いやあすまんなぁ!!」

「何故謝る?年中無休故、私達に非は無い」


 無表情な少女は、特に何も思う所もなく、当然であるかのように言った。


「そう言うなよ、サドちゃん!お前食事中に何か話しかけられたらどうするよ!?」

「翻って私達が悪いだけだ」

「相変わらずだなぁ!!!」

「……あ、あの……?」


 急に2人芝居を始めた依頼者(らしい)に、救羽が話しかける。すると少女が、情の無い瞳を向ける。


「置きざりにされると意味不明になるのは自明の理。真意を述べれば、依頼をしに来た」


 少女は、いきなり救羽の隣に座る。

 救羽よりも少し小柄だ。歳はもっと低いのだろうか。

 顔も整っている。

 この歳にして、可愛いというよりは美しいという言葉が似合うほどには。

 美しさに思わず見惚れている救羽に対し、少女が見つめ返す。


「見つめるのは、私の顔に何物か付着している故か?」

「い、いえ!ごめんなさい……」

「サドちゃん!お前の顔が美しいからだよ!!」

「恥も外聞もなくそう言えるのは流石、とでも言うところだ」


 少女は、真っ直ぐ男の目を見据えて返す。その顔は特に変わりがない。感情すら読み取れない――むしろ無いと言っても良い。

 もうこの辺でいいだろう、とリオは見切りをつける。


「……ところで、依頼者らしいな。依頼は何だ」


 尋ねると、男は快活に笑って答える。


「がはははははっ!!すまないなぁ!!!つーわけで、早速聞いてはくれまいか!?」

「勿論だ」


 すると男は、いきなり自己紹介を始めた。


「俺は、風嵐ふらんおろしという!!そっちの娘は、サドちゃんこと、サドトゥス・イェーダ!!」

「は、はあ」


 リオも流石に男――颪の勢いに押された。

 依頼は何かと聞いて、自己紹介から始める者は少なくない――大概は気が動転しているからだが。この男にしてみれば、そんな気は感じ取れないが。

 だが、更に面喰ったのはその先だ。


「俺達の依頼は、俺達の護衛、、だ!!!」

「……護衛?」


 殺害依頼ではなく、護衛依頼。

 中々ない依頼なので戸惑った。

 いやそれどころじゃない。護衛任務はそもそも依頼対象外だ。


「……俺達は殺害依頼しか受け付けていないのだが」

「ほう、では、何故依頼内容を制限しない?看板には、店の名前と『24時間受付』としか記されていない」

「……」


 少女――サドトゥスに言われてみれば、確かに請け負える依頼内容を書いた覚えはない。

 今までにない依頼なら、少し慎重に行かなければならない。


「……聞きたいことがいくつかある。まず、報酬は」

「報酬は前払いでもいいのか!?」

「……別に構わんが」


 つくづく変わった連中だ、と思うリオだが、その報酬も予想の斜め上を言った。


「報酬は、俺らの助力さ!!倒すことくらいなら手伝ってやるよ!!!」

「待て」


 それはつまり、ここに留めてくれ、ということか?

 察したらしい颪は、付け加える。


「常時ではないから、長く留まるつもりもない!!そこは安心してくれ!!ただ、流石に助力だけではいけないからなぁ!!!他にも持って来たぜ!!」


 と、ドアの外へ向かう。数秒して、袋を持って来た。大きめの袋だ。

 何が入っているのかは、サドトゥスが説明した。


「……武器と食糧一式だ」

「なっ――!」


 救羽が中身を覗くと、確かに有機物と無機物のごった煮のようになっていた。戦闘と生活には暫く困らないほどにはある。


「これでどうだ!!」


 確かに、報酬に関しては、文句はないだろう。これ以上要求する必要性もない。

 リオは、もう1つの話題を聞き出そうとした。


「……もう1つ、聞きたいことがある」

「何だぁ!!?」


 リオは、2人を見回して尋ねる。


「護衛期間はどのくらいだ」


 その質問をした瞬間、サドトゥスが口を挟む。


「論理的に最適な質問だ――そこにこそ、私達の依頼の核心が存在するのだ」


 リオに顔を近づけ、赤い瞳で覗きこむ。

 瞳には光が宿っていないのか、薄気味悪さすら覚える。


「核心?」

「左様だ――手始めに自己紹介から訂正しよう」


 すると、先程男がした自己紹介に、少しだけ情報を付加して再度行った。


「彼は風嵐ふらんおろし――『忌名いみな』が1つ、『風嵐家』からの逃亡者だ」

「逃亡者は酷いだろう!!!」

「逆接、事実だろう?」

「否定はしないがな!!!」


 『忌名』という聞き慣れない言葉に、救羽は勿論、リオも戸惑うが、そんなことお構いなしにサドトゥスは自己紹介を続ける。


「続け、私の方だが――」


 リオは、次の言葉で全てを察した。

 この依頼が、どれだけ長期に亘るのかを。


「名は、サドトゥス・イェーダ。魔人――『知喰者シェンティア』だ。知っての通りである『王位継承戦レナンテム』故、この『人間界』に来訪した」

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