『天使』降臨。

「さぁて、何して遊ぶ?不死身しゃぁん」


 とうとう呂律すら怪しくなってきたミカは、右腕を巨大なサーベルの形に変化させる。右半身の背からは、無数の条線が光る。

 今まで出て来たのは、無差別攻撃型の光線、剣、槍、伸縮性の光の腕……バリエーションは、いくらでもあるだろう。

 一体、どこまでやれるというのか。

 何故か効かない『浄火』と、不死身だけを持った、一介の魔人が。


「えへへへへへぇ、あははははははははっ!!行くよー」


 というセリフを発している最中に、無数の光線がリオを貫いた。


「――ぐっ!」


 すぐに光線は消えたが、想像を絶する痛みを感じた。

 だが、立ち止まってばかりもいられない。リオはミカへと駆ける。


「クソがッ!」

「くしょお?苦情?九条ネギ?美味しい辛いネギネギネギィ!!」


 ミカは、光線を地面深くに突き刺した。

 不可解な行動に訝しんだリオだったが、ミカの邪悪な笑みを見て、何をしようとしているのか、悟った。

 そして、大きく横に飛ぶ。

 一瞬後、リオのいた地面一帯から、光線が突き出た。地面にあった瓦礫やガラス片諸共、地面は抉られた。

 その光景はさながら、光の植物の生える畑のようだ。


「かりかりかりかり……狩り刈り狩り刈り……」


 すると今度は、その光の植物がリオの方へ伸び、突き刺そうとする。リオはそれを、間一髪で避け続け、光は虚しく地面へと一直線だ。

 だが、それは囮でしかなかった。


「狩りィ!!!」


 リオの体が、上半身と下半身で真っ二つになった――ミカのサーベルが襲い掛かったのだ。

 すぐにくっつき、元に戻る。そのままリオはミカから逃れるように後退する。

 だが、それは失敗だった。


「ガッ!?」


 突如、下から、先程避けて地面に一直線へ向かって行った光が、再び地面から出て来たのだ。リオは、脚を、腕を、内臓を、到る所を串刺しにされ、動けなかった。

 その隙を逃すわけがないミカは、狂ったような笑みを浮かべながら、追撃にもう一撃サーベルの斬撃を喰らわせた。


「斬りィ!!!」


 立て続けに襲い掛かる痛み。無尽蔵の攻撃。壊れているはずなのに隙の無い『九体天コスモス』。

 リオの心は、早くも折れかかっていたが、折れるわけにはいかなかった。

 少し離れたところでは現在、マスカレードが発動を行っている――ただ、手を合わせて微動だにしていない状態だ。それだけ、発動に精神を使うということだ。

 つまり、彼は隙だらけ。今ならば、赤子でも彼を絶命させられるだろう。

 だからこそリオは、引き下がるわけにはいかない。


「――ッ、アアアアアアアアアアアアアッ!!」


 自らを声で奮い立たせ、ミカに再び挑むリオ。

 その声は、まるで理性を失った獣のよう――この戦地に、正気な者などもういないようにも感じる雄叫びだ。

 ミカも、まだオモチャ、、、、が壊れていないと見るや否や、今度は銃のような形に光線を変化させる。


「撃つ、鬱――ショット!テキーラ!!」


 リオは、ゾッとした。物質を粒子化させる光を弾丸にして飛ばしたらどれだけ凶悪か、一瞬で分かったからだ。

 リオは、駆けた――マスカレードがいない方角に向かって。ミカは、そのリオの意図を知ってか知らずか、リオに向かって弾丸を発射し続ける。


「あははははははははははははっ!逃げんなコラァ!!殺すぞォ?動かなくても蜂の巣にするけどねえええええええええええ!!!!」


 彼はミカに向き直り、その方へ向かって行った。凶弾が幾つも止むことなくやって来るが、皮膚を掠めさせながら避けていく。

 1歩、また1歩と力強く踏みしめ。


「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 とうとう、拳がミカの顔面に届いた。

 鼻柱から何かが砕ける音が、口から何かが折り取られる音が、静かに響いた。


「ひぎっ」


 ミカは痛みによるショックで銃の形を全て解いてしまい、1歩2歩と後退する。

 鼻と口から、真っ赤な血が垂れた。

 手で抑えようとするが、止まるはずはなかった。


「ひぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 痛みに悶え、絶叫した。

 すると背中から、銃、剣、鈍器、光線――様々な形の光が出現した。

 痛みで我を忘れたその姿は、異形どころではない。

 唯の殺戮怪物だ。


「こ、ここっこ、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!」


 リオは避けようとしたが、これだけの物量で攻められては不可能だった。

 鈍器で殴られる。剣で斬られる。銃弾を撃たれる。光線で貫かれる。粒子と化す。リオは、凶悪な兵器に、蹂躙され続けた。

 腕が吹き飛ぶ。


「ぐっ……!!!!!」


 脚が切り開かれ、骨を砕かれる。


「ごあああああああああっ!!!」


 内臓を全てシェイクされる。


「ッッッッッ!!!!!!!」


 リオは頭がおかしくなりそうだった――いや、ほとんど狂いかけていた。

 ――これこそが、『不死身』であるリオの、弱点。

 不死身であることは、死なないということだけを指すのだ。死ぬことが平気な訳でも、ましてや痛みが無い訳でもない。

 むしろ、痛みは鮮烈に感じ、連続で受け続ければ、精神を蝕むことにもなりかねない。

 痛みを感じ続けるのに、死なないのだ。おかしくならないはずがない。

 死に過ぎることへの不安。

 救羽の感じた正体不明の感情が、今まさに具現化されようとしていた。

 だが、それが具現化されることは。

 全員の死を意味する。

 リオの心の死だけではない、マスカレードも、果てはこの『人間界』でさえも、全て死滅する。

 リオは、それを忘れたわけではない。

 たとえこの精神が朽ち果てようとも、彼は戦わねばならないのだ。


「――――ッ、アッ、グ……」


 ミカは、呻き声を目の前から聞き、次いで、両肩に手が乗るのを感じた。

 敵意を失っていない目で、リオがいつの間にかミカのところまでやって来ていたのだ。

 壊れかけのミカでも、その双眸には背筋が凍った。


「……うふふふふ」


 何がそこまで、『不死身』を動かすのか。

 怒りか。怨みか。正義感か。

 罪を背負っただけの他者を、平気で殺す者が。

 一体、何のためにここまでするのか。

 殺人鬼のくせに――ただの、シリアルキラーのくせに。

 ミカには、全く分からなかった。

 もう、考える力すら残っていなかったが、もし考える力が十全に残っていたとしても、理解できなかっただろう。

 気味が悪い。消えてほしい。

 そんな感情が、ミカの中に渦巻く。


「ッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 ここで殺さなければ、まだ死に続ける者がいる。

 ここで、ここで『煉獄官』を死に至らしめなければ。

 分かり合えない、、、、、、、ならば。

 殺すしかない。

 そうして、再び凶行に及ぼうとした。

 リオは、それを覚悟しながら、しかし、狂うことなく刃向い続けることを心に決め、迎え撃とうとした。


 その時。


 ミカの左腕が、吹き飛ばされた、、、、、、、


「……はひぃ?」


 頭で理解するのに時間がかかった。

 尋常ではない量の血が、勢いよく道路を濡らす。そこには、先程まであった腕がなかった。徐々に痛みがこみ上げ、脳に伝わり、認識できるようになる。

 腕が無い。


「うっ――」


 その切断された腕は、宙を舞い、数秒後に地面に叩きつけられた。

 切り離された自分の体の一部を、ミカは見た。


「うでうでうでええええええええええええ!!!」


 リオはミカに蹴り飛ばされ、壊れかけの意識でその事態を認識し、錯乱した。

 すぐになくなった腕は、『破壊光線オルタナティブ』で『代替』されるが、いきなり攻撃を受けたミカは、若干錯乱と忿怒が混じった感情を抱いた。

 その攻撃主を見るために、全員目を向ける。

 その姿に、誰もが驚愕した。


「……ほへ?」

「……なっ」


 立っていたのは。

 見覚えのある少女。

 紛れもなく、天城救羽、、、、だった。

 だが、その雰囲気はいつもと異なる。無表情でただ、異形となったミカを見つめている。動揺も驚愕も、救羽はしていない。

 どころか、逃げも隠れもしていない。


「く、クー……!」


 逃げろ、と言いかけたその時。

 救羽はリオに向かって少し微笑んだ。

 まるで、「大丈夫ですよ」とでも言うかのように。

 そして、ミカに向かって走っていく。


「ふへへっははははははああああははははははっ!!!」


 ミカは、無数の槍型の光を救羽に浴びせようとする。四方八方から。


「クー!!!」


 リオは叫ぶが、それは杞憂に終わった。

 槍が救羽に到達する前に、全て掻き消えて、、、、、、、しまうのだ。見えない何かに、遮られているかのように。

 救羽は、お構いなしに走り続ける。


「うああああああああああああああ!!!!」


 ミカは、何故に攻撃が届かないのか理解できずに絶叫しながら、光を発し続けるが、全て無意味だった。

 距離は、既に数十センチに迫っていた。


「クソクソクソクソクソォ!死ねよォ!!私に攻撃すんじゃねえ!!!」


 光で出来た右足で、蹴りを入れようとする。が、何かに遮られているかのように、救羽に届かない。

 すぐそこまで迫った救羽は、指で斜めに空を切った。

 指に合わせて、ミカの胸が切り裂かれた。


「あぐぅぅぅぅぅ」


 ミカは胸からの出血を押さえながら、左脚で蹴り飛ばす。

 華奢な救羽は、いとも簡単に飛んだ。

 しかもその最中に意識を失ったようで、受身の姿勢すら取りそうにない。

 地面に叩きつけられてしまう。打ち所が悪ければ、それだけでも危ない。


「クー!!!」


 リオは救羽を受けとめに行くが、どう考えても間に合わない。

 が、その小さな体躯を受けとめた者がいた。


「……人間にしては、よくやってくれましたよ、あなた」


 それは、右手に古ぼけた杖を持った、緑の男――マスカレードだった。


「しかし、なんて無茶な真似をしているんですか――いくらなんでも、、、、、、、、ですよ」


 そう言うと、彼は救羽を、自分の方に向かってくるリオに放るように渡す。リオはすかさず救羽の体を受けとめた。


「お前、雑に扱うんじゃねえよ……」

「すみませんねえ、ただ、これ、、が危険なもので、うかうか身を預けられても困るのですよ」


 マスカレードは、右手の杖を示しながら、リオに言った。

 リオはそれを見て、安堵した。


「――ソイツが、『歓迎する悪魔』か」

「ええ、リオさんとそこの少女のお蔭です。ありがとうございました」

「……死ぬような思いしたんだから、ちゃんとその分働いて来い」

「え、あなた死なないでしょう?」

「そういう問題じゃねえ!」

「……冗談ですよ冗談」

「クソ、腹立つぜお前……」

「まあまあ、一先ず、ありがとうございました、後はお任せください。そこらでゆっくり見学でもしていてください」

「おいおいおいいいいいいいいいいいいい」


 ミカは、蚊帳の外に置かれたことに立腹しているのか、急に会話に入って来た。


「ふざけんなよ、無視すんじゃねえよ、虫じゃねえんだからよ、殺虫剤で殺すかよおおおお!?」

「……ったく、最高に壊れてますね」


 そう言って、マスカレードは右手に持つ杖をミカに突き付けて、吐き捨てた。


「あなたには、かの詩人の末期の言葉の如き明かりは、もう必要ありませんね――暗闇に落ち沈め」

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