九体天。

 光刃を避けつつ、リオとマスカレードはミカへと駆ける。

 だが、それほど気にすることもなく、ミカは救羽を縛り付けている椅子ごと片手で持つ。一時的な逃走を図る気だろう。


「ここは私が」


 マスカレードは、『マスター』を所持したまま手を剣の形から解除し、救羽の救出に向かう。

 ミカは、牽制けんせいしようと光刃を次々に射出する。避ける作業すら惜しいと感じたのか、マスカレードはそれを、『マスター』を用いて次々撃ち落とす。

 口笛を吹きながらミカは言う。


「いいわねえ――たださ」


 と、救羽の縛り付けている椅子を、マスカレードのいる方とは逆に、、振り回す。そこには、マスカレードが駆けていく間に後ろに回り込んだリオがいた。


ならもっと上手くやりなよ、雑過ぎるわ」


 突然の挙動にリオは驚くが、椅子の脚を左手で掴む。

 ミカは、口元を歪める。


「あらあら、あなたもぐるぐる回りたいの?」


 すると、椅子ごとリオを振り回し始めた。


「っ!?」


 その挙動に耐え切れず、リオの持つ椅子の脚が折れ、リオは吹き飛ばされた。

 マスカレードは『マスター』でミカを撃とうとしたが、救羽のせいで下手に撃つことができず、躊躇する。


「そんなに人質が大事なのかしら、『史上最強』さん?」


 そして、リオが吹き飛ばされたのとほぼ同時に、光刃でマスカレードを再び牽制し、リオが吹き飛ばされたのと同じ場所に誘導した。

 強い。

 2人の脳裏に浮かんだ言葉はそれだった。

 『四天獄』の1人と『一壊』を相手取り、尚且つ人質までもを守るとなると、尋常ではない。

 人質をむやみに殺せない――そのアドバンテージをうまく利用していると言える。

 ましてや、リオはミカの完全排除のため、『浄火』を出している。むやみに触れば、もしかすると救羽は焼けて死ぬかもしれない。その可能性は低いが、なるべくなら避けたい。

 嫌な笑みを浮かべて、ミカは挑発する。


「もうおしまい?私飽きちゃったんだけど」


 ついには欠伸までし始めた。だが、一切の隙がない。隙を見せているようで、どこから来ても対応できる。


「んー、そうねえ」


 と、ミカはここで1つ思いついたような仕草をする。

 そしてあろうことか、救羽が縛られた椅子を、リオとマスカレードのいる方に投げ飛ばした。


「っ!」


 リオもマスカレードも面喰うが、リオが、その椅子の落下地点に行って上手くキャッチした。それから、素早く拘束を解いてやる。


「クー、怪我はないか?」

「……だ、大丈夫、です」


 色々と怖かったのだろう、救羽は震える声で答え、リオの服にしがみついた。リオは、彼女の頭を優しく撫でてやる。

 リオは、そうしながらもミカの方に向いた。


「……どういうつもりだ」

「どういうつもりもないわよ、ただ返しただけ」


 ミカは伸びをしながら返す。


「だって、あなた達の戦闘、お話にならないんだもの――ハンディキャップのせいなんだろうけどさ」

「ハンディキャップを自分で作っておいてよく言いますよ」


 マスカレードの言葉にも、ミカは微笑で答える。


「さて、どうするのその子?こっちに今向かっている、、、、、、、『攻撃魔神』さんにでも手渡す?」

「……」


 マスカレードは、舌打ちをした。

 特に頼んでいるわけではないが、『全治薬クラシオン』によって怪我が完全に治った『攻撃魔神』が向かってきていることは、彼にも分かったことであった。

 それをこの女が見逃すわけが無かった。


「私としては、ある程度は用件も済んだ、、、、、、し帰りたいんだけどさ――」


 瞬間、マスカレードが駆ける。『マスター』をしまい、両手を剣にして、彼女を切り刻もうとした。だが、ミカはそれらを避けながら話を続ける。


「だってあなた達の戦闘に付き合うほど、私は暇じゃないからね」

「ふざけないでくださいよ、第一、あなたの用件とは何なのですか」

「んー。口説き?説明?最悪、名前を売っておくか、イメージ付け。そんな感じね」

「何の説明ですか」

「あなた達に言っても信じなさそうなことよ」


 救羽は、その会話を聞いて疑問に思う。

 信じるも何も、彼女が話したのは、どう考えても定義に過ぎない。そこから踏み込んだ話が全く出てこない。

 一体何が目的なのか、救羽にもよく分からなかった。

 その答えは、ミカの口から出された。


「何せ、説明が終わっていないから、アレなんだけど――あなた達2人がいるんじゃあ、分が悪すぎるわ」


 それに対して、マスカレードが口元を歪める。


「架空の敵ではありませんが――敵に対しては武器をきちんと揃えるのですよ。当然ではありませんか?」

「じゃあ、私が怖い?」


 ミカは、同じように白い歯をむき出しにしながら笑む。


「私が怖くて、チートみたいに君達が手を組んだと?」

「敵に対しての備えに恐怖という感情がないとは言いませんからね――あなたは面白いから備えをするのですか?」

「さあね、答える義理なんてないわ」


 嫌な笑みを浮かべながら、ミカは救羽を指す。


「それより、私と戦うなら早くその子何とかなさいな」


 帰るわよ、とミカは踵を返そうとする。

 その足を斬りおとそうと、マスカレードはミカの元に迫る。

 だが、ミカはその動きを察知し、『スピア・ザ・トラウィス』でマスカレードを殺そうと光刃を次々発する。

 彼はそれを避けて前進しようとした。だが、発された光刃のルートから、前進すれば間違いなく手足の一本は斬りおとされると判断し、後退した。


「んー、そんなもんじゃあ、私は殺せないわね」


 くるくると指先で『スピア・ザ・トラウィス』を弄りまわしながら、ミカは余裕の表情で言う。

 一方で、彼女を殺さんと意気込むリオとマスカレードは、考えていた。

 最も効率的に彼女を殺す方法を。

 正攻法では、最早彼女に太刀打ちすることは困難だった。2人を相手に立ち回れている時点でそのことは悟れた。

 だからこそ、殺すには意表を突くような、それでいて確実なものでなくてはならない。

 2人は考えた。

 不死身。『煉獄官』。『回収者』。『九体天コスモス』人間の救羽。2対1。壊れた椅子。『魔武器ウェポン』。ビル。向かっている『攻撃魔神』――フォース。

 と、考えるうちに、思いついたものがただ1つだけあった。

 発案者は、リオだった。


「……マスカレード」

「何ですか」

「救羽を連れて出て行ってくれ」


 救羽とマスカレードはその言葉を聞いて驚くが、マスカレードの方はすぐに理解した。


「……本気ですか」

「ああ、これしかない、、、、、、。『浄火』を当てることも難しいしな」

「……」


 迷っている時間は、もうなかった。


「……分かりました、では、行きましょう」

「え、ちょっ……!!」


 マスカレードは、すかさず救羽を抱きかかえ、ビルから飛び降りた。


「えええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ………………」


 悲鳴が遠ざかって行ったが、マスカレードがいればまず安心だろう――リオはそう思ってミカに向き直る。

 ミカは訳が分からなかったが、取り敢えず、1対1で戦うことになったらしいことは理解した。


「あら、正々堂々の勝負をする気にでもなったの?」

「……うるせえ、戦闘狂。こっちの方が燃えるんだろ?」

「……まあ、そうね。しっかりやり合えるから、こっちの方がいいわ」


 ミカは、『スピア・ザ・トラウィス』を構えて微笑する。

 リオは、『浄火』を示して睨みつける。

 これから、1分にも満たない激闘が始まろうとしていた。


***


 やはり捨て切っていなかったのだろうか、と落下しながらマスカレードは思う。

 今抱きかかえている少女――天城救羽によって、心を変えた気がしていた。

 つまり、自らを犠牲にしない戦い方だ。例の60人程の『人形』たちと対戦した時に思ったことである。

 だが、今はどうだ――天に伸びていくように見えるビルをちらりと見上げる。

 今度もリオは、自らを犠牲にする、、、、、、、、方法を選んでいる。

 少女は、魔人の心を変えることはなかったのだろうか。


「……分からないことをしますね、あなたは」


 だが、すぐにマスカレードは気付いた。

 人間を書物から学んでいる彼だからこそ気付いた――魔人ならば通常有り得ない行為だ。

 他者――殊に異なる種族のことはどうでもいい。これは割と普通の態度だ。

 ミカにしても、救羽を殺さなかったのは、優しさでもなんでもない。彼女にしてみれば、多分、どちらでもよかったのだ。

 状況次第では、救羽を殺していただろう。偶々、今回はそういうシチュエーションになかっただけである。

 リオは違う。

 彼は、人間である救羽を大切に思っている。

 だからこそ、助けるために、自らを犠牲にしたのだ。

 全てをいち早く終わらせるために――少女に、日常を取り戻してもらうために。


「……」


 それを知って、少女は一体どういう反応を見せるのだろう――小説を紐解くようにして、マスカレードは思案に耽りながら落下する。

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