魔人講義。

 地獄絵図。惨状。阿鼻叫喚。殺戮。

 その光景を表すには、客観的にはそれで足りるが、主観的には全く足りない。

 天城救羽は、物陰に隠れてそれを見ていた――隠れていろ、と家族に言われたからだ。

 理由は単純――救羽だけ、能力、、が発現できなかったからだ。

 この家には、優しい人しかいなかった。非力な救羽を、皆は受け入れた。

 何があろうと、かけがえのない家族なのだ。『無人地帯』では異常な発想だが、この家族だけは違った。

 まるで、天使、、のような。

 そして、その天使たちは、唯1人の悪魔、、によって、羽を引き千切られ、無残に殺されていく。残ったのは、あと3人。

 父、母、叔父のみだった。

 黒き悪魔は、ケタケタ笑って挑発する。


『しょぼいなァ……この刃先権平、、、、を舐めてんのか?』


 『刃先権平』と名乗るナニカ――黒き悪魔は、天使に特攻する。

 父は、不可視の力、、、、、を行使する。だが、黒き悪魔はそれを軽やかに避けていく。

 そして、頸動脈をナイフで掻き切ろうとする。が、不可視の力で遮られる。


『……面白いことするねえ』


 しかし、悪魔は。

 嘲笑にも似た笑顔を向け。

 静かに倒れ込む。

 その瞬間。

 黄色を帯びた透明の刃、、、、が、父の体を貫いた。

 その主犯は、母――否、『母』と名乗るナニカだった。


『……暮羽くれは……ッ!?』


 『暮羽』と名乗るナニカ――黒き悪魔、、、、は、そのまま彼の体を真っ二つに切り裂いた。

 救羽は、『泣きそう』というレベルを超えていた。

 発狂しそうだった。

 あれだけ仲の良かった父母が――殺し合いを演じることになるなど、多感な少女にはきつ過ぎる。

 それから、唖然とした叔父の首を、黒き悪魔が掻き切る。

 そして、何も言わずに黒き悪魔――『天城暮羽』も自害した。

 救羽は、もう何も見ていなかった。

 ただ、走った――生きるために。

 『何かあれば、自分の身に危険が及びそうならば、構わず逃げろ――生き延びるんだ』、そうとも言われていたからだ。

 それがどれだけ悲痛な選択だったか、誰も測れはしない。

 この先、生きていてもいいのか、死んで後を追ってしまいたい、と涙を流しながら、彼女は薄汚れた路地裏を駆ける。


***


 悪夢。

 そこから目覚めれば一般には目覚めが悪いもので、家族を殺された日を見た救羽も、そんな気分だった。

 だが、今回は目覚めが悪いだけでは済まされない。


「……?」


 目を開けているのに視界が暗闇であった。

 口を布か何かで塞がれていた。

 何故か座っていた。

 手足が自由に動かなかった。

 要するに、誘拐されて椅子に拘束されていた。


「――ッ!」


 救羽は脱出を図ろうとしたが、当然そんなことは出来るわけがない。全ての自由を奪われているのだ。

 そもそも、ここはどこなのかすら見当がつかない。仮に目隠しを外されても場所が分からなかっただろう。

 分かるのは、ここに連れて来た張本人が、あの美人だということ。

 怖い。

 一体何をされると言うのか。

 殺されるかもしれない。拷問されるかもしれない。

 あるいは、性的虐待か。

 嫌な妄想ばかりが膨らむ中、声が聞こえた。


「――あら、お目覚めかしら」


 救羽は、突然の声に体を震わせる。

 その姿を見た声の主――ウェーヌス・ミカ・ルシュタルは、苦笑しながらも近づいていく。


「随分怖がっているのね――まあ、当たり前か。とりあえず、その目隠し外してあげるから、じっとしていなさい」


 誘拐犯の命令などは聞く筋合いがないが、ここでは権力関係は明らかに、誘拐犯であるミカの方が上だった。救羽は小刻みに震えながらも大人しくし、その間ミカは目隠しと猿轡を外した。

 視界が開けた救羽の目に真っ先に入って来たのは、美しい女性だった。自分をここまで連れ去った元凶である、あの美人だ。


「……あ、あなた……誰、ですか……?」


 震える声で救羽は尋ねる。

 その様子を憐れんでか、なんと、頭を撫でてやる。

 突然の行動にまたも体を震わせたが、不思議とその愛撫は優しかった――リオほど、心地よいものではなかったが。

 震えが、ほんの少しだけ収まる――恐怖は依然として変わらないが。

 それを感じ取ったミカは、自己紹介を始める。


「私は魔人」


 救羽は少し驚いたが、それほどでもなかった。

 だが、次のセリフは彼女を驚かせるに値した。


「魔人――ウェーヌス・ミカ・ルシュタル。あなたと一緒にいる『煉獄官』――並びに『回収者』に仇なす者よ」

「仇……!?」


 つまり、リオの敵ということだ。

 『回収者』、の意味が分かりかねたが、リオから何となく聞いたことはあったから、恐らくリオの仲間にも敵意を持っていると見ていいだろう。

 例えば、先程まで一緒にいたフォースのように。

 ならば、尚更警戒対象だ。救羽は恐怖に怯えながらも、はっきりとした敵意をミカに向けた。

 当のミカは、くすっと笑ってさらに続ける。その言葉は、救羽を驚かせるどころではない――混乱させることとなった。


「そう敵意を安々と向けるものではないわ――そもそも、私はあなたの味方、、よ」

「……えっ?」


 もはや、驚愕で恐怖心すら掻き消えてしまった。

 味方、、

 敵の味方が味方、というのは、あまりにも論理破綻が過ぎないか。

 狼狽する救羽に、ミカは構わず続ける。


「混乱するかもしれないけど、よく聞いて。あなたの行動次第で、私――違うわね。私たちは『煉獄官』や『回収者』と敵対しなくてもいい、、、、、、、、、かもしれないの」


 救羽はもはや言葉を発することが出来なかった。理解が追いつかない。

 それを容易に感じ取ったミカは、少しだけ話題を逸らす。


「ええと、いくつか訊きたいんだけど、いいかしら?」

「……へっ、あ、はい……」


 その声で、困惑と恐怖と警戒とが綯交ぜになった感情を抱きつつ、ミカに向き直る救羽。彼女に、ミカは質問を投げかける。


「まず、お名前は?」

「……」

「大丈夫よ、呪ったりしないから――言ったでしょう、私はあなたの味方なの」


 そう言われても、素性の分からない者に安々と情報を教えられるわけがない。

 敵なのか味方なのか――まずはそこからはっきりさせてほしいところだ。

 無論、リオの敵か味方か、ということである。


「……あなたは、リオさんの――」

「質問しているのはこっちよ?」


 少しいらついた声でそう言う。救羽は、その声に図らずも恐怖してしまった。そして、思わず答えた。


「……く、救羽です……」


 口を噤んだ時にはもう遅いが、ミカは、屈託のない笑みを浮かべた。


「クー。良い名前じゃない。可愛らしいわ」


 と、ここでミカは、そうだ、と手を叩く。


「折角あなたも質問したいことがあるでしょうから、遠慮なく尋ねて頂戴。ただ、交互に1問ずつにしましょう」

「……フェア、ですね」

「その方がいいと思うからよ――なーんとなく、ね」


 ほら、質問なさいな――とミカに促されるがままに、救羽は質問を開始した。


「……あなたは、リオさんの敵ですか、味方ですか?」

今は、、敵ね。もっと言えば抹殺対象、、、、。ただ、状況次第で、、、、、味方になるわ」


 救羽は、あまり答えを得た気はしなかった。しかし、今は敵、ということが分かっただけでも十分だろう。

 今度はこちらが質問をされる番。

 気をつけるべきは、あまり情報を与え過ぎてはならない、ということ。

 ミカはしかし、予想外の質問をふっかけた。


「じゃあ私の番ね――クーちゃん、あなたは『魔界』について、どこまで知っているのかしら?言える範囲でいいから言ってみて」

「……へ?」


 一体どんな意図でこんなものを問うたのか、救羽には全く理解できなかったが、とりあえず、知っている範囲を話すことにした。


「……え、ええと、人間とは違う魔人が住む所です。リオさんのような『煉獄官』――ですよね。そう言った人たちが仕事をしているような世界、とは聞いています」

「……本当に何も知らなさそうね」


 ミカは頭を悩ませるが、とりあえず次は救羽のターンである。


「なんで、私を攫ったんですか?」

「お、ナイスタイミングな疑問じゃない」


 ミカは頗る嬉しそうだった。


「あなたに、真実、、を伝えるためよ――私じゃ説明しても聞いてくれないだろうし」

「……?」


 ますます何のことやら分からなくなり、とうとう首を傾げた救羽。

 彼女を差し置き、ミカは次の質問をする。


「その前に基本事項を説明する必要があるから質問しながら説明するわ――今からの質問は、私が撤回するまで、『はい』ならそのままあなたの番へ、『いいえ』なら私の説明が入る、ということで進めるわ」


 強引にも程があるが、余計なことを言わないように黙っていることにした。

 何をされるか、わかったものではないから。


「次の質問――『魔界』と『人間界』の関係性は知っているかしら?」


 そんなもの知るわけがない。救羽は首を横に振った。

 というわけで、ミカによる説明タイムである。


「今あなたが拘束されているこの世界は、当然『人間界』と呼ばれるの。それとは別に、私たちが住む世界――『魔界』がある。ただ、自由に行き来出来るわけじゃない。強力な魔人が『人間界』に行っては不都合が生じる、ということで、『魔界』と『人間界』の間には、巨大な障壁、、が存在するのよ。つまり、誰にしても、2つの世界を行き来するのは困難――というか不可能、ということ」

「え、じゃああなたは――」

「まだ私の説明は終わっていないわ」


 と救羽を遮るミカ。しかし、その後の説明は、図らずも救羽の疑問――『ミカがどうやって『人間界』に来られたのか』に対する回答となっていた。


「とは言っても、特例はあるの。例えばあなたのところにいる『煉獄官』のように、神様の許しを得られれば、『人間界』に来られるわ。或いは、神様の許しもないのに、私のように強引に障壁を突破したパターンね――私以外にも、何人かはやってのけたらしいけど」


 不可能を可能にするだけの力を持っているだけ、『九体天コスモス』は伊達ではない。

 ミカの説明はここらで終了であった。救羽を掌で差して、『次の質問どうぞ』と示唆する。


「ええと……どうしてリオさんを殺そうとするんですか?」

「あー……そうねえ、まあ、成りゆき、、、、というのが一番なのかもしれないわ。怒られそうだけど」


 ただもっともらしい理由は、とミカは続ける。


「世界の平穏のため、かしら。私は、を滅ぼしたいだけなのよ」

「……?」


 世界の平穏のために、リオを殺す。

 悪を滅ぼすことで、世界に平和を取り戻す。

 つまりそれは、リオが悪であることを意味していた。

 ――放り出さずに店に置いてくれ、あまつさえ好待遇をしてくれているあの男が、悪。

 確かに、罪人を殺す、という殺人をしている時点では、正義を振り翳す悪、でしかないのだが……。

 と、ミカは次の質問へ移る。


「次ね。『煉獄官』と『回収者』の定義、それからその歴史はご存知?」


 ミカは再び、首を横に振るが、これだけは答えた。


「『煉獄官』は、罪人を殺害する役職、というのは聞きました」

「――まあ、定義としては間違いじゃないわね。ただ、他が知らないなら説明しましょう」


 饒舌に語りだす。


「まず、『煉獄官』は、『体の一部に宿す『浄火』という炎で、罪人を殺害する魔人』を指すわ。一般的に、殺害は『本』で検索することでなされるけど、『緊急事態』――つまり、殺されるかもしれない状況に身を置いた場合にも殺害することはできるわ。みだりに殺すと懲戒処分にされるらしいけど」


 で、次に『回収者』は、とミカは続ける。


「基本的には『煉獄官の補佐役』ね。さっき言った『緊急事態』が起きた時に、手助けをしてくれる存在、と思ってくれればいいわ。こちらは、『本』を媒介しないから、ただの殺人集団に近いわね。実際、殺害に抵抗のない魔人が選ばれるそうだし……。勿論殺し過ぎると懲戒処分にされるけど、殺した理由が正当であれば、基本的には通るらしいわ――まあ、懲戒処分にされた魔人がかなり多いのだけれどね」


 去年は200が新しく入って198が辞めさせられたそうよ――とミカは回想する。


「で、こんな奇妙な役職が出来たのは、『死神』のせいね」

「……」


 死神?と問いかけそうになったが、何とか救羽は押しとどめた。

 ミカはそれを察して、救羽の頭を撫でてやる。


「約束はちゃんと守れているわね。話を戻すと、『死神』が、今言った作業――つまり、『罪人の処理』から『生死の管理』までを行っていたのよね。デスクワークもあったけど、武器を持って、魔人の魂を狩りに行くこともあったらしいわ」


 その武器がとんでもなく強力らしい、ということも付け加えた。


「でもある日、3人の死神、、、、、が反乱を起こしちゃって大問題。結果、『死神』たちは職を追われてデスクワーク一本に、その代り、『煉獄官』と『回収者』を神様が作ったのよ」


 だから、基本的に彼らは神様の僕ってことね、とミカは少し怒気を含む声で言った。

 あれ、と救羽は疑問に思ったことがあった。

 ここまで『煉獄官』と『回収者』、そしてその前身である『死神』の話を聞いて、明らかに抜け落ちている、、、、、、、言葉があるのだ。

 それに気づいた救羽は、鋭いというレベルではない。それは、真実に近づくための一歩になり得るはずだった。

 しかし、その歩みは進められることはなかった。


「クー!」


 聞き覚えのある声が、耳に入ったからだ。


「り、リオさんっ!」


 救羽は、拘束を解かんとばかりに暴れる。だが、椅子を押さえてミカはやんわりと制止する。

 そして、『煉獄官』リオと、『回収者』マスカレードとが相対した。


「……へえ、随分早かったじゃない。とか言って、色々幸運が重なっただけなんだけど」

「幸運ですって?」

「そうよ。だってあなた達、勝手に、、、見知らぬ人間と対決してくれたんだもの。時間稼ぎにはもってこいだったわ。おまけに目当ての場所もすぐに見つかったし」


 ミカは、救羽の頭をくしゃくしゃ撫でた。まるで、長年かけて探した大切なものを自慢するかのように。

 だが、その行為はリオを怒らせるだけだった。


「……手を離せ」

「あら、私はこの子を殺すつもりも、痛めつけるつもりもないわ」

「いいから手を離せ」

「おお怖い怖い」


 ミカはわざとらしく手を離す。

 そして、『スピア・ザ・トラウィス』を取り出した。完全に戦闘態勢だ。


「……リオさん」

「何だ」

「相手は『九体天コスモス』の1人です――油断は禁物ですよ」

「分かっている」


 リオも、右の炎を掲げる。

 マスカレードは、『マスター』を取り出し、もう片方を剣に変形させる。


「……ふふっ、私を殺す気満々じゃない。正義を気取った悪人共」


 ミカも、『スピア・ザ・トラウィス』を2人へ向ける。


「『攻撃魔神』を下した私に勝てると思っているのかしら?」

「ああ」

「ええ」

「……意外に傷つくわよ、それ。まあ、強がりでなければいいけどね!」


 『スピア・ザ・トラウィス』を振るう。光刃が2人へ射出された。

 それが、戦闘開始の合図だった。

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