フラッシュバック・カムバック。

 遅かった。

 リオとマスカレードが辿り着き、少々破壊された家屋を見て、そう思った。

 中に入ると、床が切り裂かれ、様々な個所に穴が開き、戦場の跡地のようになっていた。そして、居間と奥の部屋に通ずる廊下とを、ハンマーで塞がれている。両人とも、それが一目で『魔武器ウェポン』の1つであるとは看破した。

 そして、その横で、苦しそうに喘ぐ女が1人。

 『攻撃魔神』フォースの成れの果てであった。


「フォース!」


 マスカレードが駆け寄る。

 フォースは血を吐きながら何かを伝えようとするが、マスカレードが制止した。


「あまり無理はしないでください――体に障ります」


 この時ばかりは、流石の彼も無駄口を叩いている暇はない。だが、そんな彼の心配を他所に、フォースは何かを伝えようとしていた。


「……あ、あの、女の子……」

「女の子……あの人間の子ですね」


 この言葉で、リオは尋ねた。

 もう状況を見れば確かなのに、それでも信じたくなかったからだ。


「……クーは、連れ去られたのか」


 あまりフォースの負担にならないように、イエスノーの質問を投げかける。

 フォースは、後ろめたさから少しためらったが、首を縦に振った。

 リオは、想定した答えが返って来たとは言え、動転した。

 守れなかった。またしても。

 また、失うのか。

 あの時の様に。


『……楽しかった』


 声が、フラッシュバックする。頭の中に響く。


生きて、、、、リオ』


 その後に、彼女は、首を――。


「――ッ、アアアアアアアアアアアッ!!!」


 リオは訳も分からず、飛び出していった。


「リオさん!」


 マスカレードが呼びかけるも、時すでに遅し。


「……標的の居場所すら分からないと言うのに……余程混乱しているのですね」


 しかし、目の前には、苦悶するフォースの姿。

 マスカレードは、流石に彼女を放ってはおけなかった。

 とはいえ、リオの暴走を止めておきたい。

 さてどうするか、とマスカレードは考える。

 出来るなら、今の内に介護しておきたいところだが、そんな暇は彼には無かった。

 となれば、とるべき手段はたった1つ。


「……仕方ありません、最終手段です」


 彼は緑色のスーツの内ポケットから何かを取り出した。

 注射器のような形状をした何か。一目で何かの薬だと分かるのだが、一体何の薬なのか。

 フォースは、それを見た瞬間、驚愕した。


「……そ、れ――!」

「あなたも知っているでしょう。正体不明の医師の作り上げた至高の薬――『全治薬クラシオン』。製作に莫大な時間がかかるから貴重なのですが」


 『全治薬クラシオン』。

 一説には、『知喰王フィロソフィア』と呼ばれる魔人が作ったという説もあるが、定かではない。

 とにかく、この薬を使えば忽ちどんな傷をも癒す、チートじみた品だ。勿論、一瞬で治るわけではなく、少々時間はかかる。

 フォースは、少し抵抗した。そんな貴重な薬を、ここで使っていいわけがない。

 大体、その薬を持っていたということは、自分が瀕死になった時に使おうと思っていたからに違いない――少なくとも、他人に使おうと思うほど、彼は優しくない。

 だが、マスカレードは言った。


「連れて来たのは私です――私に責任がありますからね」


 らしくもない言葉を言い、マスカレードは、抵抗も出来ない程痛めつけられたフォースに『全治薬クラシオン』を打った。瞬間、フォースの苦悶の表情が和らいだ。直に治るだろう。


「……さて、大人しくしていてくださいね。後は、私とリオさんで何とかします」


 マスカレードは、それだけ言い残し、『Murderer House』を去る。


***


 リオは、錯乱していた。

 知り合ってそれほど経ってもいない人間が連れ去られた程度のことで、魔人が錯乱していた。

 人間味があるといえばそれまでだが、錯乱まで来ると流石に異常だ。


「クソがッ!!!」


 頭を掻きむしる。

 気がおかしくなりそうだ。

 いや、既に気など触れている。それを自覚しているか否かは、最早当人にすら分からない。


「一体どこにいやがる!あああああああっ!!!」


 しかし無自覚にせよ、狂っていないと、、、、、、、、本当にリオは狂いそうなのだ。

 あの日の光景がフラッシュバックして。

 狂うことが、狂うことの防衛措置。

 毒を以て毒を制す。

 あまりにも、馬鹿げた行動だった。


「うあああああああっ!!!殺す!殺してやるッ!!!!」


 だが、そうこうしていても、蘇えってきてしまう。

 いくら頭から離そうと思っても、離せない。

 好きな人との記憶にこびりついたかのように――否、一体となったかのように。

 次々に、映像が浮かぶ。

 向ける笑顔。そんな彼女が好きだった。

 そのまま、彼女は首だけになった。

 リオの眼前に、その数分後に広がった血の海。

 その元凶は。

 自分自身だった。

 赤に染まる手。

 罪人の手、、、、


「っ、ああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 リオは、自らの手を破壊しようとした。だが、不死身である彼に、そんなことができるはずがない。

 彼は、死ぬことができない。煉獄で罪を償うことも許されない。

 一生、彼女、、の死に顔に苛まれて生きることを、強制されている。しかも、忘れることができない。

 彼女、、を、忘れてしまえば、彼は罪人以外の何者でもなくなる。

 その時。


「……見つけましたよ」


 目の前に、マスカレードが立ちはだかった。

 リオは、歩みを止める。

 瞬間。

 刀に変形した腕によって、リオの首が切断された。

 とは言うもののすぐに再生するため、斬り落とされることはなかった。

 突然の凶行に驚愕したリオだが、そこから怒りに昇華する間もなく、マスカレードが彼の胸倉を掴んだ。


「……今、何をしているんです?」


 リオは、あまりの出来事に答えられず仕舞いだったが、そのまま鼻柱に拳を叩きつけられた。そのまますぐ再生する。


「あなたが今すべきことは、狂うことなのですね」


 続けざまに鳩尾に蹴りを喰らわす。リオは思い切り咳き込み、苦悶する。

 マスカレードはそんな彼に、冷たい眼差しと冷徹な言葉を浴びせた。


「あなたにはやはり、大切な人を守れないんですよ。そこで悶え苦しんでいた方がマシなくらいです」

「違――」

「何が違うと言うんですか、弱虫が!!」


 リオの背中を、そのまま地面に叩きつける。肺から息を強制的に吐き出される。

 腹を足で思い切り踏みつけながら、マスカレードは続ける。


「ただ苦しむことくらい、私にも出来ますよ――誰にだって出来る。それどころか皆、苦しみの中を、必死に生きている。当然のことです」


 マスカレードは再び腕を変形させた剣をリオの首筋にあてがい、問う。


「あなたの過去には同情します――だが、誰にでもできる『苦しむこと』は、今すべきことではありません。苦悶することがすべきことならば、そのトラウマの元凶である彼女、、によく似た少女を置き、自らを苦しみに置くことに決めたことが、ここでは本当に狂人にしか見えませんよ」

「……」

「あなたは、何のためにあの少女を置いたのですか?追い返すことも出来た、捨てることも出来た――あわよくば殺すことも。何故、それらの選択肢を捨ててあの少女を引き留めたのですか、、、、、、、、、?」

「……」


 マスカレードは舌打ちをした。

 そして、胸倉を再び掴む。もはや、そこに丁重さはない。


「お前はただ死ぬだけしか能が無いのか?苦しむ事しか頭にないのか?それ程の堕ちた屑だったか?周りの奴らは、死んだら終わりだ、、、、、、、、、分かってんのか」

「……」

「この間にあの少女が殺されてみろ、お前は彼女、、に顔向けできる資格があるか?それでも尚、過去にしがみつくことが許されるのか?」

「……」

「答えろ……」


 マスカレードは、リオを自らに引き寄せる。


「答えやがれ、リオ!!これがお前のしたいことか!!お前のすべきことは、何だ!!!」


 その気迫に。

 リオは、とうとう口を開いた。


「……違う」


 そして、ぽつぽつと続ける。マスカレードは、ただ黙った。


「……守る、ためだ」


 リオは、先の気迫に対抗するかのように、しっかりした口調で答え始める。


「今度こそ、守ると決めた!あの時のように、後悔しないために!!」


 それを聞いて、マスカレードは安心したのか、剣の変形を解き、リオを解放した。


「……では、あなたは何をすべきですか、リオ」


 リオも、マスカレードの手荒な説得で、ようやく我を取り戻したようだった。

 目を見据え、真っ直ぐに答えた。


「クーを守る」


 遅すぎる決定だ――と嘲笑しながらも、マスカレードはその決定に微笑を湛えて答える。


「その意気ですよ――あなたがあのまま狂い続けていたら、きっとその少女は殺されていたでしょう」

「……」


 リオは、その言葉に反論できなかった。

 そしてマスカレードに向き直り、言った。


「……すまなかった、ありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです――とはいえ、私も流石に言いすぎましたね。申し訳ありません」

「いや、おかげで目が覚めた」


 マスカレードは、手を叩いて話題を変える――本題に移る。


「さて、リオさん、とっとと終わらせてしまいましょう――1分以内とは言えませんがね」

「……ああ」


 マスカレードが広げた緑の本――魔人の罪人が載る本に対し、リオが『浄火』を翳す。


「――居場所を提示せよ」


 表示された居場所は、ここから全力で行って5分くらいか。

 少々遠くに行ってしまったようだが、まだ間に合う。


「行きましょう――少女が生きていることを願って」

「ああ……!」


 不死身の『煉獄官』と、史上最強の『回収者』。

 『九体天コスモス』。

 壮絶な戦いが、目前に迫っていた。

 ――そこに介入する者の存在など、誰も想像していない。

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