『天使』簒奪。

 そんな騒動の折、『Murderer House』には、救羽とフォースが残っていた。

 女子2人であれば話も少しは弾みそうなものだが、生憎フォースは寡黙だった。そもそも一言も話していない。

 別に、先天的に発声できない、ということではない。

 彼女の心を覗けば、それは極度の羞恥からくると分かる。知り合いしかいなければ、それなりに(それでもお喋りでは全くない)話せるのだ。

 今は、知り合いがいないどころか、見知らぬ赤の他人と2人きりだ。話せるはずがなかった。そのためか、表情も無表情のままだ。

 一方で、救羽はそれを分かりながらも、一体どうすればいいのか分からなかった。

 先ほどまで会話をしていたのだが、およそこんな感じだ。


「……えっと、お名前は?」


 フォースなのは、リオの発言から知っていたことであるが、会話を始めるためにした質問であった。所謂アイスブレイクである。だがフォースは、顔を一瞬彼女の方に向けるも、その救羽の繰り出した氷割りの鉄槌をハンマーで薙ぎ払うかのごとく、答えない。

 救羽は、愚問だったのかな、と思い直して別の質問をした。


「……そ、それじゃあ、リオさんと一緒にいたあの人、誰ですか?」


 当然、マスカレードのことである。しかし、救羽にしてみれば彼は「依頼人」でしかなく、どういう存在なのかは闇に葬られたままだ。その闇を照らしてもらおうと蝋燭のようにこの質問を掲げる。だが、フォースはまたしても、口を閉じたまま動かしつつ、その蝋燭をひったくった上に、ハンマーで粉々にして闇のまま留めるがごとく、答えない。


「……好きな食べ物は?」


 救羽はもう半分やけくそだった。原理原則に縛られたがごとく、フォースは答えない。


「……」


 とうとう救羽も黙ってしまった。ここまで来て、ハンマーで追い払ったような行為を、羞恥からくるものであるとは察せた。現に、答えない時にはピクリともしないわけではなく、むしろ、少し答えようと努力はしていることが見受けられた。

 しかし一体どうしたらいいのか。救羽も大人しいから、ぐいぐい攻め込むこともせず、黙ってしまった。

 そうして、時は静かに刻まれていく。


(……言葉で答えてくれないからすごくやりにくいよぉ……)


 救羽はこの空気に耐えきれなくなる。それは、1人でいる寂しさとは別種のものではあったが、やはり気まずい。

 何とか打開できないものか、とそれでも懸命に考える辺り、救羽は優しいのだが。

 そう思っている時、突如何かが鳴る音がした。

 その発信源はフォースだった。より正確には、彼女の腹。

 何も食べていなかったのか、お腹が空いていたのだ。


「……えっと」


 救羽は、おそるおそる聞いてみる。


「……お腹、空きました?」


 その質問に、フォースは首肯する。

 同時にここで、救羽はようやく気付く。

 何も言葉で答える質問じゃなくても、イエスかノーかで答えられるものを投げかければいいのではないか、ということに。首の振り方次第で、返答はできるのだ。

 あまりに遅すぎる気付きではあったが、試しに救羽はいくつか質問してみた。


「……今なら、軽く何か作れますけど、食べますか?」


 こくり、と首を縦に振る。


「……何か苦手なものはありますか?」


 ふるふる、と首を横に振る。


「よし、じゃあ待ってて下さい!」


 と、救羽は裏手に駆けていく。店の奥側には廊下と、2つ部屋がある。そのうち一方に救羽は泊まっているが、なぜかその部屋にはキッチンが備わっていた。それは単なる偶然だったが、それにしても不思議な造りの家屋である。

 兎にも角にも、救羽は料理の準備を整える。冷蔵庫もこの部屋に移動したため、そこからいくつか食材を取り出す。肉類(ネズミや野良犬。リオによれば、ネズミも犬も殺して捕えたとのこと)に、植物(野菜とは言えない。そこらへんに生えている食べられる雑草である。天城家に居た頃には母親からある程度は教わっていたために判別くらいはできる)。そうした死骸と呼べる者達に、手を合わせてから手際よく料理し始める。油はないために肉の油で何とかせざるを得ない。水に関しては薄汚れた水をろ過して煮沸殺菌したものを使用する。

 そんなこんなで、救羽は10数分で料理を終える。ネズミ肉と雑草の炒め物に、犬肉の粗汁。質素ではあるが、お腹を満たすには十分すぎるものだ。


「さて、出来ました!私もお腹空いたし、一緒に食べましょう!」


 フォースは、当然のように首をこくりと縦に振る。

 そして、2人の目の前に、温かい料理が並んだ。具材は、『無人地帯』の外の人間からすれば狂気の沙汰だが、見た目はまあマシだ。


「いただきます」


 救羽は、手を合わせて会釈する。フォースも、それが食事開始の合図なのだと、倣って同じ動きをする。

 フォークを使って植物と肉を刺し、そのまま口に運ぶ。


「……あ、意外に美味しい」


 料理がそれほど得意ではない(と本人は思っている)ので、救羽は少し驚いた。美味しい。具材はぶっ飛んでいるが。

 フォースも咀嚼をある程度して、飲み込む。少し笑顔が見せる。

 それから次々料理を刺突しては口に運ぶ。余程美味しいらしい。少し頬張っている。


「美味しいですか?」


 救羽のその質問にフォースは目を輝かせて何度も頷く。救羽も安心し、次々料理を食べていった。

 フォースの勢いがものすごく、ものの2分で完食と相成った。


「ごちそうさまでした」


 救羽とフォースは、手を合わせて再び会釈。


「まさか一気に食べちゃうなんて……案外フォースちゃんって大食いさんなんです?」


 その言葉に対しての返答は、頭への軽いチョップだった。


「うにゃ!?」


 いきなりのことなので驚くが、そんなに痛くない。


「ご、ごめんなさい」


 フォースは、その言葉に笑顔で首を振る。

 人間とは言え、普通に会話をして、普通に食事をして。

 何だか、この子と少し距離を縮めた――友達に近づいたかのよう。

 不思議な子だ。魔人が、この人間の少女に惹かれている。あの『不死身』も。種族を違えても、ちゃんと接するようになれる。

 フォースの感想としてはこんなところだった。

 マスカレードならどういう反応をし始めるのだろう、と些か気になってもきた。


「と、とりあえず、お皿片付けてきます。ちょっと待ってて下さいね」


 救羽は、空になった皿を水につけるために、キッチンへと持って行った。

 フォースはその帰りを少しだけ待つことにした。その間、少し考える。

 言葉では言い表せない魅力が、あの子にはある。正直さ、包容力、いじりやすさ、などはそれに該当し得るが、どれも的確でない気がする。もしかしたら、当てはまる言葉など、無いのかもしれない。

 料理だけで心を掴まれるほど、フォースは安い世界に生きてはいないし、そこまで心が平和ボケしているはずもない。なのに、あの救羽という少女には気を許してしまう。

 悪だと考えることが出来ない。見るだけで善のイメージしか湧かない。とはいえ、神と言える領域にもいない。

 まるで、天使、、のような。


「……」


 何を阿呆らしい、とフォースは今までの思考過程を一蹴するも、そのイメージが、救羽とくっついて離れなくなった。

 天使。神と人間の仲介者、とこの世界ではされている者。

 彼女は、人間と魔人の仲介者とでも言うのか。

 そうたりえるのか。


そうなりえるわよ、、、、、、、、。私がそうさせるんだもの」


 フォースは、その声にゾッとした。

 後ろを振り向くと、そこには女が1人立っていた。黒い長髪を持つ、長身の美女。右手には黒い石の鏃が握られている。

 ウェーヌス・ミカ・ルシュタル。

 いつの間に、入って来たというのか。


「ハロー、『攻撃魔神』さん。護衛お疲れさま――ま、入られちゃうようじゃ、護衛もクソもないか」


 瞬間、ミカのいた場所を鉄槌が過ぎ去る。

 『付加型魔武器ウィズ』の中でも最高クラスの強さとされる、『神合槌ゼトール』。伸縮自在なハンマーで、ほとんどありとあらゆるものを粉砕する。欠点はといえば、ほとんどの魔人が持ちあげられない程の重さだということだ。

 それを彼女は、軽々と片手で操作する。

 フォースはソファから立ち上がる。が、そこにミカの粉砕痕はない。


「ビックリするわねえ、いきなり殺す気で行かなくてもいいじゃない」


 言ったそばからフォースは『神合槌ゼトール』を掲げ、ミカに向かって跳躍し、体を粉砕しに横薙ぎに振る。

 だが。


「――話くらい聞きなさい」


 ミカは、フォースの懐に逆に入って攻撃をやり過ごす――リーチの長さを逆手に取った。そのまま鳩尾に殴打を喰らわす。

 フォースは怯むことなく『神合槌ゼトール』の大きさを金槌程度に小さくし、そのままミカの頭蓋を叩き割ろうとする。が、それを黒の石鏃――『スピア・ザ・トラウィス』で受け止める、、、、、

 ほとんど全てを粉砕する、必殺の一撃を。


「流石、あの『史上最強』に仕えているだけあるわね」


 ミカは、フォースに蹴りを喰らわせて距離をとる。それから、『スピア・ザ・トラウィス』を掲げ始める。

 その隙に攻撃しようと、フォースは『神合槌ゼトール』の大きさを大きくして、再び向かう。今度は足。


「けどまあ、足りないわよ」


 そして、ミカは、フォースに対して『スピア・ザ・トラウィス』を振る。

 刹那、石鏃から光刃が射出された。

 フォースは咄嗟とっさに『神合槌ゼトール』でそれを防ぐ。


「アハハッ、遅いわよっ!」


 防いだ隙に、ミカがフォースの顔面に蹴りを入れる。流石のフォースもこれには怯むが、すぐに体勢を立て直そうとする。


「ほらほらほらほらっ!」


 体勢を立て直す前に、ミカは光刃を連続で飛ばす。

 フォースは防ごうとしたが、右肩に一撃喰らった。


「っ!」

「……んー、まだ『オレンジの悪魔』の方が張り合いありそうねえ」


 ミカは、余裕そうに背伸びをする。


「ま、あの子は問題児みたいだし、護衛をそもそも務められないか」


 フォースは立ち上がる。

 ここで負けるわけにはいかない。あの少女を、こいつに引き渡してはならない。

 その時だった。


「……フォースさーん、何の音ですか~?」


 廊下の方から、救羽の声が聞こえてきたのは。

 まずい、とフォースは思う。一方でミカは、邪悪な笑みを浮かべる。


「そこね」


 ミカは、廊下へ通ずる入口へ走って向かう。

 だが、フォースが床を破砕しながら、その道を塞ぎ、その武器を手から外す。完全に道を塞ぐ気である。


「……邪魔なのよ、あんた」


 『スピア・ザ・トラウィス』から光刃が繰り出される。丸腰のフォースは逃げる。逃げながら徐々にミカに近づく。

 仮にも彼女は『攻撃魔神』。武器などなくても十分に強いのだ。

 それこそ、顔面を吹き飛ばすくらい朝飯前だ。

 次々にあらゆるものを切り裂いていく刃を、体をひねり、しゃがみ、時には飛んで避け続ける。

 そして、一瞬の隙を見つけた。

 足をしっかり地に踏みしめ、顔面を殴りにかかる。これで、彼女は破砕されて死ぬ。

 だが。

 仮にもミカも『九体天コスモス』なのだ。

 この一瞬の隙はわざと作り上げたものだ。フォースを誘い込むために。

 ミカはニコッと笑って、床に、、刃を放つ。

 瞬間、今まで放った刃の痕と合わさり、床に大きな穴を開けた。フォースが踏みしめた床が、見事に抜けた。

 これでバランスを崩したフォースは、バランスを失って前のめりに倒れる。

 その隙を逃さないミカは、前のめりになるフォースの胸辺りを、骨を砕く勢いで蹴り上げる。


「ほうら――よっと!!」


 軽快な音が、フォースの胸から響く。


「――ッ、ガハッ!!」


 フォースは血反吐を吐いた。深手を負ったらしい。


「……フォースさん?フォースさん!?」


 救羽も異常を既に悟っており、『神合槌ゼトール』を空しく叩く。だが、その『魔武器ウェポン』は動かない。


「――あんたらみたいな殺人鬼ども、、、、、に、私が負けるわけないでしょ」


 ミカは暴言を吐いた。救羽の叫びを無視して。


「今更あの少女を守って、何なの?正義を気取っているつもり?反吐が出るわ――気持ち悪いのよ」

「……お前、が……」


 フォースが、久々にまともに言葉を発した。血を吐きながら。


「お前、こそが……殺人鬼、だろう……?」

「――そうね」


 ミカは、堂々と答える。


「私は、悪の下に殺しをしている。あんたらは、正義の下に殺しをしている。この2つに差はない、、、、わ。あんたらも私と変わらない。変わらないくせに、英雄を気取る。――正義さえあれば許されるなら、きっと盗みも強姦も認められるのでしょうね」


 きっと、あの本にも何も載らない。

 ミカは、机の上に置かれた黒地に赤文字の本を指差す。

 それから、フォースのところにしゃがみこんで話しかける。


「ねえ、正義の下に暴力を解放するってどんな気分?最高?快感?罪悪感は覚える?後悔はする?――何でも許されると思うなよ」


 私は。いや。

 私たち――『九体天コスモス』は許さない。

 それから立ち上がり、『神合槌ゼトール』の隣の壁を刃で破砕し、強制的に通路を開く。


「いやっ!」


 救羽は、恐怖で思わずしゃがみこんでしまう。そんな彼女の元に、ミカが向かう。


「だ、誰!」

「誰でもいいでしょう――とりあえず眠っておきなさい」


 ミカは救羽の首筋を手刀で叩き、意識を落とす。人形のように動かなくなった彼女を抱え、ミカは堂々と正面から出て行く。


「世話になったわね――2人によろしく」


 ミカはビルを飛び移りながら去っていった。


「……グッ」


 フォースは拳を握りしめる。胸の辺りに痛みを感じながら。

 そして、拳を虚空に振り上げ、床を叩いた。殴打音は、虚しく部屋に響いただけだった。

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