命取りの90秒。

 そのミカが「なーんとなく」感じたというリオとマスカレードの足止めは、まさに当たっていた。

 ミカを追って10分近く走った後に、彼らは不運にも進路を邪魔されたのだ。

 60人もの人間によって。


「……」


 リオの頭に、3週間前に戦闘した男――『刃先権平』が思い浮かぶ。彼も、何らかの手段によって、人間を操っていたからだ。

 しかし、今回は質が違う。

 目の前にいる人類は、皆目の色が失せている――目が死んでいるのだ。

 いや、感情や心すらも死んでいるかもしれない。

 彼らは全員、何かしらの殺傷能力の高い武器を持っていた。

 ナイフ、打撲のために使う金属類、銃器など選り取り見取り。


「……さてさて」


 マスカレードは手を叩く。


「どうしますか、リオさん。この間にも標的ミカは離れていますよ」

「かといって、ここを強行突破するのも難しいだろう」

「まあ、そうですね――彼ら、腕が消し飛んでも構わずかかって来そうです」


 マスカレードが言う通り、それくらいに、彼らからは人間味を感じない――魔人らしさすら感じない。

 ただの――人形である。


「……製造番号付けられて仕事をしている人たちのよう――あなた達の頭目はさながら『慈愛の人』ですか」

「『慈愛の人』?」

「先程あなたが知らないと言っていた、ザミャーチンの『われら』に出てくる、慈愛を持って『非自由』を与える者です――『自由』を得た者を、一切を蒸発して殺す『機械』にかけるそうですよ」

「……確かに、『自由』を得たら真っ先にお払い箱にされそうだな」


 リオは、60人の死んだ目達を見据える。


「……本当は、操っている奴を見つけた方が早いんだけどな」

「ええ、ですが、流石『慈愛の人』、姿は見せませんね」

「なら、こいつらをまずは殺さなきゃいけない――だろ」

「そうですね。但し、I330号のような結末を辿ってはなりません――死んではいけませんよ」

「……それ、俺に言っているのか?」

「……ふふ、そうでした。あなた不死身でしたね」

「おいテメエ――」

「言っている場合じゃないみたいです」


 2人の魔人は、『人形』達を見つめる。同時に、『人形』達は、一斉に襲い掛かって来た。


「さてさて、出番ですよ――『マスター』」


 マスカレードは、途端に、右手を広げる。瞬間、手の中に1挺の拳銃が現れた。

 『付加型魔武器ウィズ』――『Change-Burst 000』。名前が長いため、マスカレードは『マスター』と呼ぶ。魔力を込めて弾丸として発射するタイプの『魔武器ウェポン』だ。

 余る左腕はリーチの長い刀に変える。

 リオは、右手にはめられた手袋を外し、炎を出現させる。


「リオさん、無駄話をしておいてなんでしたが、時間が惜しいです――1分以内に片を付けましょう」

「言われずとも――なッ!!」


 そして2人の魔人は、目の前に迫って来た『人形』を、一方は燃やし、一方は首を叩き斬った。

 残り58人。

 3人が鉈を持ってマスカレードに迫る。彼は左手の剣で手ごと斬りおとし、返す刀でそのまま胴体を真っ二つに引き裂いた。

 一方で4人が銃でリオを撃ち抜こうとする。だが、リオは全員が撃つ前に1人の前に立ち、忽ち焼き尽くす。残りの3人が驚愕した隙に、残りも業火を纏わせる。

 その隙を狙った女が、リオの背に刀で斬りかかろうとする。リオはその反応に遅れそうになったが、生憎それは関係なかった。

 女の頭が、刹那、木端微塵にはじけ飛んだ。当然、その犯人はマスカレードの『マスター』である。


「油断しないでくださいよ――いくら死なないとはいえ」

「ああ」


 魔人は、駆ける。

 人間は、欠ける。

 マスカレードは『マスター』で徐々に脚を撃っては動きを鈍くし、頭を撃っては動作を停止させ、『人形』の数を減らす。

 鉈を持つ者が迫り、斜めにマスカレードを斬り伏せようとする。だが、マスカレードは体を横に向けるだけで避け、返す刀でそのまま剣に変形した腕で相手を斜め斬りにした。

 リオは、巧みに敵の攻撃を避けながら、『浄火』を人間に纏わせる。

 アイスピックのような者を持つ者が向かい、そのまま心臓を貫こうとする。だが、リオはそれを手で掴み、そのまま折った。武器を失った隙を突き、すかさず右手で殴って炎上させる。吹き飛ばされた先にいる『人形』も、その『浄火』に触れて燃え盛った。

 力量差は圧倒的だった。45秒経過時点で、残りは2人になっていた。


「準備運動には丁度良かったですね――邪魔ですが」

「全くだ――邪魔だが」


 そして、魔人はその人間に向けて走る。残る2人も、手に持つ刀で応戦しようとする。

 瞬間、一閃。

 一方は首が吹き飛び、他方は燃え焦げた。


「52秒ですか。まあ、まずまずですね」

「ああ、もう少し早く片付くと思ったが」


 マスカレードは、そんなリオに振り向く。


「……時にリオさん」

「何だ」


 彼には、先の戦闘を見ていて――数多くの人間を相手にして、なおかつ他者を見る余裕があったのだから、『史上最強』の名は伊達ではないことが証明されたが――気になることがあった。

 リオの戦闘スタイルが、前とは違う。

 彼は、自分で忌み嫌いながらも、『不死身』を活かした戦い方をしていた。つまり、死んでも殆どすぐ蘇える、あの異質でもって、敵を捻じ伏せていた。

 だが、今の戦いを見ればどうだろうか。の危機は1度こそあったが、結果的に1度も死んでいない、、、、、、、、、。どころか、死を利用して戦ってなど、1ミリもない。

 まるで、「死んではならない」という当たり前のことを実践しようとしているかのようだった――完全にはまだ程遠いが。

 それは明らかに、あの少女――天城救羽が来てからのことだ。少なくとも彼は、煉獄官になってから何万度も死んでいる。戦闘能力は高いが、戦闘自体は苦手なのだ。刃先に乗っ取られた人間たちと戦った時にも、独白していることだった。

 あの少女は、それほど大きな存在だというのか。出会って高々3週間でそこまでの変化を齎す人間だと言うのか。

 恐らくその最大因は、あの時救羽を見た時に感じたことで合っているはずだ、とマスカレードは思う。

 あまりに、似ていたから。

 リオがかつて失った、救世主であり、初恋の相手であり、そしてトラウマの元凶である、とある少女に。

 似ていたからこそ、感情移入がしやすかったのだろう。さらに、救羽が『Murderer House』に留まることになったという奇跡も合わさり、リオには使命ができた。

 救羽を――もしかすると、あの少女という幻想、、、、、、、、、を――守る。

 そのために、少女に仇なす者は、相手取るだろう。

 何だ、疑問が解消してしまった、とマスカレードは心の中で苦笑した。合っているかどうかも分からないのに。


「……やはり何でもありません。自己解決しました」

「そうか」


 リオは緑の本を開く。

 今、ミカはどこにいるのか。この雑談も含めて1分30秒経っている(更に言えば、外出からは既に30分以上経過している)わけだが、その間に何をしているのか――。


「――ッ!」


 リオは、即座に、緑の本を閉じ、マスカレードに投げつける。突然の出来事ではあったが、彼は上手にそれをキャッチする。

 かと思えば、リオは、あろうことか逆走を始めた――『Murderer House』に戻っているのだ。

 流石にマスカレードも面喰うが、リオについていく。


「どうしたんですか!標的がそちらに行ったとでも――」

「ああ!俺の店に向かってやがる!」


 リオは、多少取り乱しながら吐き捨てる。何せ、そこには救羽がいるのだ。

 聞いてはいないが、恐らくリオにとっては巨大すぎる存在である、あの少女が。

 『攻撃魔神』フォースがいるとて、『九体天コスモス』と単独で渡り合って勝てるものか――そんな保証すらない。

 つまり、救羽が危機に晒されている。


「――頼む!」


 リオは、神に祈った。

 皮肉にも、この仕事は神からの命令だと言うのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます