ウェーヌス・ミカ・ルシュタル。

「……しかし」


 歩きながらリオはマスカレードに尋ねる。


「何です?」

「その魔人、一体どうやって探すつもりだよ?」

「ああ、そのことですか……」


 マスカレードは微笑む。

 ここで勘のいい人は、リオの持つ黒い本で探せばいいと思うかもしれない。

 しかしあの本はいわば『人間専用』なのだ。つまり、人間しか対象になっていない。

 今回の標的――ウェーヌス・ミカ・ルシュタルは魔人であるから、リオの持つ本では作動しない。

 だからこそリオは、いつも依頼を受ける時に使う本を使わなかった。

 ――以上のことは、逆に言えば。

 『魔人専用、、、、』の本も存在するということである。

 そして、現在その本を。


「こちらで探しましょう」


 マスカレードは持っていた。

 リオの持つものと同じく鎖で縛られており、その鎖が錠前から出ているという、なんとも不思議な構造をしている。色は黒地に赤文字ではなく、緑地に白文字であった。


「……何でそんなもの持っているんだ」

「ぬ――借りたんです」


 マスカレードはお茶を濁すが、リオは当然それを逃さない。

 というか、「それ」と言うには一大事過ぎる。何なんだ『煉獄官』の仕事に絶対必要な本を「盗む」って。


「盗んだって言おうとしてなかったか今」

「気のせいですよ。……最近お疲れですか、リオさん?寝たらどうです?」

「魔人は寝なくても死なないどころか疲れもしないぞ。いい加減白状しろ、お前『煉獄官』から盗んだだろ」

「急を要しましたからねえ。貸してくれと言っても貸してくれないじゃないですか」


 清々しいまでにさらりと白状した。


「いや事情が事情だから話せよ」

「その事情が知れ渡っていないから問題なんですよ――魔界が混乱します」

「まあ、神からの命を受けてここに来た、ってことだったしな。神も混乱を避けるために極秘にしたんだろうが――だが、本が無くなっても混乱するぞ。お前、いくら神の命を受けたからとは言え、手段を選らばなさすぎだ。流石に懲戒免職になるんじゃねえか?」

「その時は、そうですね……これは神様の命令ですし、神様のせいにしましょう」

「お前血も涙もないな!」


 嫌な奴を飛び抜けて、最低である。

 マスカレードは、わざとムッとなって返す。


「血も涙もありますよ。痛くても悲しくても流しますよ」

「言葉通りの意味じゃねえ!」


 流石のリオも、後頭部を掻きむしって何とかストレスに耐えるばかりだ。


「大体、その本見つからなさそうな場所にあるようなもんだろ。どうやって見つけたんだ」

「それは変装、、ですよ。所有者が出かけている最中に、その所有者に変装して探して持っていきました」

「能力の悪用じゃねえか」

「有効活用と言っていただきたいですね。というか、変装って負担かかるんですよ?」

「知らねえよ!」

「所有者の彼、詩人でもなければ数学者でもありませんでしたから、隠す気もなかったんでしょう。すぐに見つかりました」

「普通仕事道具は隠さねえだろ」


 この時点で既にリオは頭痛を覚えた。当の所有者は今頃血眼になって探しているだろう、と考えると凄く不憫に思えて来た。

 しかし事が起きてしまったのだからもう仕方がない。活用させてもらうことにした。


「お前、ちゃんとこの所有者に謝っておけよ」

「……分かりましたって」


 言いながらリオは、『浄火』で錠前から伸びる鎖を外す。鎖は錠前に吸い込まれていった。

 リオは緑の本に向かって、ただ一言。


「――探せ。名前はウェーヌス・ミカ・ルシュタル」


 本はその名前だけを聞いてすぐさまページを開き始めた。暫くして、あるページを開いて止まった。


『名:ウェーヌス・ミカ・ルシュタル(Venus Mika Rshtar)

性別:女

年齢:23歳

罪状:器物損壊、魔武器強奪、殺戮

備考:付加型魔武器『スピア・ザ・トラウィス』、即用型魔武器(名称不明瞭)所持

依頼執行対象、速ヤカニ葬ルベシ』


 画像として、長身の綺麗な女性が写っていた。宵闇の如き漆黒で染まった、艶やかな長髪を持つ美人。その右手には、黒い石のやじりのようなものが握られていた。これが備考で書かれていた、付加型魔武器ウィズの1つ、『スピア・ザ・トラウィス』なのだろう。


「……間違いありませんね、この方です」


 しかし、とマスカレードは呟く。


「魔力を流し込むことによって使える――つまり魔人ならば誰にでも使える『付加型魔武器ウィズ』なら脅威ではないのですが、気になるのは『即用型魔武器フロム』の方ですね」

「――ああ」


 『魔武器ウェポン』、と呼ばれるものが『魔界』には存在する。

 リオのように不死身でかつ身体能力も劣らず、『浄火』を宿すというように、あるいはマスカレードのような強者ならまだしも、魔人全員がこのようなのではない。

 弱い魔人も存在するのだ。力による格差社会が魔界にも厳然としてある。

 しかし、弱いなら弱いなりに何とか生き抜く術を見いだそうとしていた。少しでも強く、追いつけるようにと研究を続けた。

 その結果、身体エネルギーが変換されることにより生成される『魔力』を流し込むことによって作り出された、『魔武器ウェポン』であった。『魔力』は魔人なら誰にでも生み出せるため、あらゆる魔人がこれを持っていた。

 『魔力』を流すことで、それを溜めて弾丸のように飛ばすこともできれば、刃を射出することも出来る。中には身体能力強化をするものもあるらしい。一般にこうした『魔武器ウェポン』を、『付加型魔武器ウィズ』という。

 一方で、その過程で偶然にも、全く『魔力』を必要としない、いわば無尽蔵に利用できる『魔武器ウェポン』が出来た。但し、それを扱える魔人は限られている上に、その『魔武器ウェポン』ごとに適合者が異なる。更に、力があまりに大きいためか、代償も大きい。諸刃の剣とも呼べる代物なのだ。

 ある『魔武器ウェポン』は人格を崩壊させ、ある『魔武器ウェポン』は生命の危機に陥れるという。しかしそれによって得られる力は大きく、触れずして相手を攻撃できるもの、超広範囲攻撃を可能にするもの、などなど凶悪な代物ばかりである。こうした、あらゆる意味で危険な『魔武器ウェポン』を『即用型魔武器フロム』という。

 弱い魔人は、こうしたものを使いながら、強い魔人にも臆することなく対抗し、生き延びるのだ。

 当然、強い魔人もこれら『魔武器ウェポン』を使用するため、結局実力差は埋まらなかったのだが。

 閑話休題。

 マスカレードは、リオに早いところ居場所を提示するように急かした。リオもそれに従って緑の本に呼びかける。


「……居場所を提示せよ」


 本は居場所を点で示す。ミカの居場所は、ここからはさほど遠くはない。せいぜい数kmだ。


「行きましょう。とっとと片付けて魔界に帰りたいです」

「同感だ」


 分かるや否や、2人は標的のミカへと向かって、建物を伝って走る。


***


「……なーんとなく、分かっちゃうわねえ」


 緑の本で指示された場所で、長身に漆黒の長髪を持つ美女――ミカはそう呟いた。

 手で『スピア・ザ・トラウィス』を弄り、首をきょろきょろさせてあちこち見回しながら。どうやら彼女は何かを探しているようだった。


2人、、、よね――相手取れないことはないんだろうけど」


 彼女はその「なーんとなく」の感覚で、数km離れているリオとマスカレードが迫っていることを感じ取った。ここまで来ると最早化け物である。

 ミカは少し悩んだが、探索を一旦やめて2人から離れるようにして走り始めた。


「面倒臭いわね……」


 大体、とミカは1人呟く。


「私には、やるべきことがあるんだから……今追ってきている犬ども、、、を殺すのもそうだけど」


 不死身と史上最強を「犬ども」と形容するのだから大したものではある。『九体天コスモス』に伊達に入ってはいない、と言えるほどの豪胆さだ。


「……にしても、梵天の奴、魔人遣いが荒いのよ――何でいきなりこんな訳わかんない世界に行かなきゃいけないんだか」


 しかも任された仕事は、先程ミカが口走ったように、最大、、で2つある。

 1つは、リオとマスカレードの殺害である――不死身を殺す、というのは何とも矛盾していて滑稽だが。

 そしてもう1つは。


「訳わかんない世界の「ヒト」って奴と話さなきゃいけないみたいだし――というか、教える、なのかな」


 ミカを『人間界』に送り込んだ張本人である「梵天」という名前の魔人は、こう言った。

 ――時機が揃った。

 ミカも含めて『九体天コスモス』は全員その言葉に頷いた。

 『人間界』に煉獄官――それも『不死身』として知られる者がいるということ。

 そして、その煉獄官とある人間とが接触した、ということ。

 この2点が、『九体天コスモス』の目的達成のための端緒になると考えたのだ。

 何故今なのかと最初は不思議に思ったミカだったが、人間として指される天城救羽は、どうも特殊な事情、、、、、を抱えているらしい、という「梵天」の言葉で納得した。

 そのために救羽は『九体天コスモス』の目的を達成するための、近道になる存在となっていた。

 近道になるどころか、もしかすると、リオとマスカレードの殺害の必要がなくなる可能性まである――もっと言えば、『九体天コスモス』に味方する、、、、可能性まで。

 少なくとも、魔人だろうと人間だろうと、通常絶対有り得ない能力――不死身を得ているリオは、『九体天コスモス』に味方するに違いない。

 たが、その手法――つまり、リオやマスカレードなどが味方になるであろう情報を教えることは、悪名高くなってしまった『九体天コスモス』では出来ない。

 敵の言葉に耳を傾ける者が、果たしているだろうか。

 正義は、時に悪の言い分を無視するものなのだ。

 正義が、悪の制裁に躊躇がなくなる時のように。


「……正義って面倒ねえ」


 そして当たり前ではあるが、近しくなった人間の言葉ほど、耳を傾けるものはない。だから『九体天コスモス』が人間の彼女に教えるのだ。

 リオやマスカレードのような存在――煉獄官と回収者が、いかに間違った、、、、存在であるか、ということを。


「……何で私なのよ、この仕事するの」


 ミカは不満を漏らした。いきなり訳の分からない世界に「行け」と従うまま送られてしまっては、ぶつくさ言ってしまうものだろう。

 「梵天」が仮に質問されたとすれば、こう答えるだろう。

 ――弱いからな。

 何とも酷過ぎる理由だ。ちなみにこれをミカが知るはずもない。

 そんなことを思いながら逃げていると、いきなりリオとマスカレードが止まったのを、何となく感じた。

 何者かに邪魔されたかのような形。

 それが誰であるかはミカは知らない。少なくとも人間であることは分かるが。


「けど、まあ、助かったわね――見知らぬ誰かさんのおかげで」


 すぐにミカは、またあちこち見回して捜索を続ける。

 その時、少し離れた場所で微弱な魔人の存在の反応を感じた。何となく。


「……多分そこね」


 ミカはその反応がする方向へと向かって行く。

 そこには、リオの店――『Murderer House』があり、魔人であるフォースだけでなく、ミカの標的である救羽もいる。


「魔人が誰なのかははっきりしないけど――誰だろうと潰すだけよ」


 邪悪な笑みを浮かべて、ミカは駆ける。

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