ロリコン疑惑。

「……本気なんだな?」

「ええ」


 未だに話を信じられないリオは聞き直したが、答えは同じだった。

 『人間界』で魔人を殺す。それも、強大な力を持った者を。

 それがどれだけおかしなことか――そもそも魔人が人間界に来るにも、余程の労力が要るから、こんな状況になること自体まずない。

 事実マスカレードも、神の命と助力を受けてこの『人間界』に来ている。

 それでもこの状況になったのは、ひとえに襲来者であるウェーヌス・ミカ・ルシュタルが『九体天コスモス』の一員だからだろう――9人全員が動けば危機に陥る、脅威の集団の一員だからこそ。


「この世界で彼女を相手取れるのは、もうあなたしかいないのです、リオさん――普通の煉獄官では話になりませんし、回収者は極力、、単独行動は避けるべきです」

「……俺以外の『四天獄してんごく』は、赴ける状況にないよな」

「ええ、勿論です」


 『四天獄』。

 煉獄官の中でも頂点にいる4人。その内の1人にリオが入っている。

 残り3人も、不死身の能力こそはないものの、相当にぶっ飛んだ強さをしていると言われる。

 しかし、その3人は魔人の住む世界――『魔界』で仕事をしている。行ける状況にはない。


「……ならば、俺がやるしかないな」

「話が早くて助かります」


 マスカレードは微笑を浮かべ、しかし次に来るであろう話題を先取りして言表する。


「それから報酬ですが、どういたしましょう?」

「……俺が決めていいんだな?」


 その質問に、マスカレードは恭しく礼をする。


「ええ、なんなりと――勿論、叶えられる範囲で、ですよ?」


 リオは少しだけ考えた。

 今必要なものは、何か。

 店の方を一瞥すると、答えはすぐに出た。


食糧、、と、衣類一式、、、、

「……なるほど、承知しました」


 何かを悟ったのであろう、了承するや否や、マスカレードは片手を自らの胸に当て、深くお辞儀をする。


「――私、『回収者』マスカレードが、いかなる状況に置いても貴殿を擁護することを誓います」


 形式ばったその言葉を放った後、一息をつくマスカレード。

 リオは、その言葉にいつもの言葉で返す。


「――依頼は確かに承った。食糧・衣類を授かり、確実に標的を葬ろう」


 ここでマスカレードは拍子を打って、再度急に話題を変える。それは、報酬を言われた時に悟ったこと――否、報酬を言われる前から気付いていたことに関するものだった。


「……ところで」


 彼は店の方を指差して言う。


「あの人間はどうしたのですか?」


 救羽は窓から外を覗いているわけではない。ましてや外から救羽の姿を視認できない。となれば、気配だけで人間がいると察したらしいマスカレードは、店の中にいる救羽という少女が気になっていた。


「……ああ」


 リオが簡単に経緯を説明した。

 その話を聞いたマスカレードは、ただ頷いてから、何やら考え込み始める。


「……ううむ」

「……どうした」

「……ふむ」

「なんだ、深刻な顔をして」


 リオは、一体何を言おうとしているのか心配になってしまう。

 マスカレードは、まっすぐリオを見据える。


「……言ってしまっていいでしょうか?」

「……何だ、深刻な事なのか?」

「ええ、恐らく――では、言いましょう」


 マスカレードは、咳払いをして、満を持して言った。


「あなた、ロリコンですか?」

「……んなっ!?」


 リオは変な声を上げてしまった。

 同じく咳払いをし、平静を取り戻してから答える。


「……何を言っているんだ」

「いやあ、だって人間年齢14~5歳の少女を親から離して――いえ、親は死んでしまっているわけですが、そんなことはさておきます。少女1人を連れ込んで住まわせるとか、こんなところだから異常性が薄れているものの、犯罪ですよ犯罪」

「……依頼の報酬だったんだよ、俺だって置いておこうなんて初めは考えてもいなかった」

「……本当ですか?」


 マスカレードが疑いの目を向ける。


「やめろ、俺が本当にロリコンみたいじゃないか。俺に少女趣味はない」

少女趣味ロリコンどころか、幼女趣味ペドフィリアもいいところですよ」

「14~5歳のどこが幼女なんだ」


 リオの返答に、マスカレードが溜息をついて指摘する。


「魔人から見れば、14~5歳なんて幼女同然です。あなた人間年齢で言って何歳なんですか」

「……645歳」

「それと14~5歳ですよ?どうです。私たちから見たら幼女同然でしょう、その娘。1回危険人物として記者に通報されてみてはいかがです?」

「俺は、危害は加えてないからな!?」

「では汽車に轢かれて死になさい――少女趣味には有り得る死に方らしいですよ」

「残念だが俺は死なない。そもそも『キシャ』って何だ?」

「……どちらの『キシャ』についての質問かは分かりませんが、どちらにせよここには記者も汽車もありませんか」

「その前に少女趣味も幼女趣味も撤回しろ――俺にはその気はない」

「――ならば、未練、、ですか?」


 マスカレードのその言葉だけは、真剣に発せられた。そしてその言葉が、場の雰囲気を変えた。

 未練。

 それはリオの過去、、、、、に関するものに違いなかった。それをマスカレードは知っているのだ。

 リオと、ある少女との記憶。救羽と重なる少女との。


「……うるせえ」

「図星ですか。報酬で置いたにしては、随分と重過ぎる荷物ではありませんか?」

「……分かっている」

「……今度は、守れるんですか?」

「……ああ」


 マスカレードは、面向かって発せられたリオの答えに。

 満足しなかった、、、、、

 故に、手を剣に変えてリオの脳味噌を貫いた。

 当たり前だが、リオは死なない。


「……何のつもりだ」


 頭に突き刺さった剣を引き抜きながら、マスカレードに尋ねる。

 マスカレードは、厳しい言葉を突きつける。


「……仮に今、家に魔人が転移してきて、彼女を蹂躙し、殺害しているとします」


 リオはその言葉に、苦虫を潰したような顔をする。


「嫌な仮定で申し訳ありません。ですが、断言しましょう――今、あなたには彼女を守る覚悟が足りない」

「ッ!」


 マスカレードは更に畳みかける。


「――あなたの覚悟はそんなものか、リオ。あなたはこのままでは、またしても少女の命を失う。そうすれば、あなたは2度と立ち直れはしない」

「……」


 リオは剣を引き抜き、それから絶句していた。

 対するマスカレードがそこで口元を緩ませ、普段の口調に戻った。


「……申し訳ありません。しかし、あなたには覚悟が足りなさすぎる――正確に言いましょうか。不用心なんです」

「……」


 返す言葉もなかった。

 店主がいなければ、美少女を襲おうという者もいるだろう。実際、この3週間の内にも1度あった。

 そして3週間前も、刃先権平という名の男の手下達によって、危機に晒されたのだ。

 逆に3週間も無事だったのが奇跡に等しい、とリオは今更ながら思い返す。


「今回は、魔人が相手です――しかも『九体天コスモス』。それこそしっかり対策を立てるべきです」

「……確かにそうだ」


 リオも、その考えには思い至った。

 しかし彼は今しがた、依頼を請け負ったばかりである。

 留守の間、救羽を守るのは誰なのか。勿論彼女自身も十分強いのだが、今回は相手が違いすぎる。

 魔人を置くにしても、一体誰を置くと言うのか全く思いつかない。

 一介の煉獄官では無理だし、そもそも『九体天コスモス』が来ても太刀打ちのできる魔人など限られている。

 それこそ、『四天獄』や『三技一壊さんぎいっかい』、或いは魔人の中でも名を馳せる『知喰王フィロソフィア』という女性、そしてその娘くらいか――。

 ここまで考えて、リオはマスカレードの顔を見る。

 笑顔が張り付く、彼の顔を。


「……まさか」


 言い切る前に、マスカレードがリオの思っていることをそのまま言葉にした。


「私の部下――『三技一壊』が『三技』の1人をここに置きましょう」


 とんでもない提案が飛び出た。

 リオの心臓も飛び出て死ぬかと思った。死なないが。


「なっ、お前、何を……」

「人間なんてはっきり言ってどうなろうが構いませんが、大親友が好意を寄せる、、、、、、相手ですからね――むざむざ殺されるわけにはいきません。それとも、私の人間に対する軽蔑に最大限の敬意を払って、あの人間を見殺しにしますか?」

「……」


 その無言を、リオの親友マスカレードは否定と受け取った。

 好意を寄せる、というところの否定でもあったことには気付かなかったが。


「1人お貸し致しますよ。これも、報酬の一環とでも思ってください」

「……依頼内容の一環として受け取っておく」

「どちらにせよ、です。どうせ仕事がなければ皆暇人ですから――1人を除いて」


 マスカレードは、シルクハットを目深に被るようにしながら、深くため息をついた。

 どうやら、『回収者』にも問題児がいるらしい。それも、力を持ったマスカレードが手を焼くほどの。


「……出来ればその1人は勘弁してほしいな」

「私も、連れてくる勇気はありません。そもそも、そこにいる人間を守る保証が全くできませんから……」


 マスカレードがこう言うのだから、余程なのだろう。


「そういうわけで、『攻撃魔神』に致しましょうか」

「……あの、大人しい子か?」


 リオも、その存在は知っているようだ。

 『攻撃魔神』。その異名を持つ回収者は、魔界随一の攻撃力を誇る、所謂『破壊魔』だ。単純な力比べなら、『史上最強の回収者』であるマスカレードをも上回る。

 マスカレードは頷いて付け加える。


「あの子、優しいですから……あの人間ともすぐに馴染むでしょう」

「……ならば、そいつに護衛は任せることとしよう」

「……ふふっ」


 マスカレードは、ここで笑う。


「……なんだ、どうして笑った?」

「いや、安心したんですよ」


 リオは、すぐに察した。


「……俺が断らなかったのを、ということか」

「そうです」


 マスカレードは満足げに微笑んだ。

 先ほども言ったように、魔界から人間界に来るには、膨大なエネルギーが必要だ。それは、リオのような『四天獄』でも、マスカレードのような『三技一壊』でも同じことである。

 であれば、既に『三技』の1人がここにいる、と考えた方が妥当だ。

 リオの思った通り、『攻撃魔神』は人間界に降り立っていた。


「出てきなさい、フォース」


 マスカレードの声に呼応して、突如『攻撃魔神』――フォースは現れた。

 赤い長髪に、マスカレードと同じ黄玉をはめたような美しい瞳が特徴的な、長身美女だった。まるで人形のような印象を受ける――寡黙さがそうしているのか、無表情がそうしているのか。

 彼女は身の丈以上の大きさの鉄槌を、片手で抱えていた――一体どうやって隠れていたんだ、と疑いたくなるような出で立ちだ。

 フォースはその鉄槌を建物に立てかけ、それから何も言わず、ぺこり、とお辞儀を1つ。

 挨拶の類だと理解したリオは「よろしく頼む」と返す。

 マスカレードは、彼女の髪をくしゃくしゃにするように撫でて言った。


「いいですか、あなたの任務はここにいる人間の死守です――できますね?」


 フォースはこくこく首を縦に振る。


「いい子です。では、頼みましたよ――信用していますからね」


 そう言われてフォースは微笑んでいる――気がした。

 マスカレードが手を離すと、フォースはすぐさま鉄槌に駆け寄り、手を翳す。すると鉄槌が面白いように縮んでいった。終いには掌に収まるサイズになった。

 なるほど、いつもはそうして持ち歩いているから隠密出来るのか、とリオは納得した。

 マスカレードはここで三度みたび手を打ち、「さて」と言う。


「これで全ての準備は整いました――行きましょう、リオさん」

「……その前に」


 と、リオはきびすを返し、店の方へ向かう。


「クーに出かけることと、こいつを紹介しなくては」

「……ええ、どうぞ」


 微笑んで、マスカレードは許可をする。

 彼には、このリオの行動は理解できるものではあったが、根本的には理解できなかった。

 彼の過去を知っているからこそ、そして人間を珍妙だと思っているからこそ。

 そんなリオは、店のドアを開けて、救羽に話しかける。


「……クー」

「はい……」

「依頼が入った、少し店を開けるぞ」

「あれ、お客様は……?」

「ああ、それなんだが、俺と一緒に行動することになった」

「な、なるほど……」


 救羽は寂しそうに俯いた。

 孤独は、彼女が何より嫌悪するものなのだ。

 リオは救羽に近寄って頭を撫で、安心させてやる。


「大丈夫だ、ちゃんと帰ってくるし、今回は依頼主の連れが一緒にいてくれるとよ」

「連れ、ですか……?」

「ああ――というわけで、頼んだ、フォース」


 リオの声に応じてフォースは店に入っていき、救羽と目を合わせると、また1つお辞儀をした。

 救羽もそれに従ってお辞儀をする。


「よ、よろしくお願いします」


 フォースは、しかしその言葉には何も返さない。

 戸惑う救羽に見知らぬ助け船が出る。


「ああ、彼女は誰かと話をするのが苦手でしてね……お許しください」

「え、あれ……あ。依頼人の方ですか?」


 突然出て来たマスカレードに仰天する救羽だが、すぐに依頼人だと看破した。どころか、全身緑づくめの格好に驚く様子もないし、人間離れした種々の要素にも驚愕を示さなかった。

 無関心というよりは無知がなせる業だったが、大したものだ、とマスカレードは思った。


「では、フォース、彼女を頼みます――リオさん、行きましょう、時は一刻を争います」

「分かった。救羽、行ってくる」


 そんなリオ達に救羽は精一杯、心を込めてこう返す。


「行ってらっしゃい!」


 こうして、魔人による魔人討伐、という奇妙な依頼が幕を開けた。

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