親友到来、平和崩壊。

 そんな物騒な昼下がりに、とある店は束の間の平和を享受していた。

 その店は人でなしの集う『無人地帯』に相応しい、ある名前を冠していた。

 緑の男の探す、『Murderer House』というものだ。

 人殺しの家――碌な店でないことは一目瞭然なその店は24時間、いつでも殺しを請け負っていた。

 とはいえ、その店にいるのはたった2人だった。

 1人はこの店の主、リオ。普通の人間のように見える彼は、しかし決して「人」ではない。

 罪人を昇天させる『煉獄官』という職を得た魔人だ。今はこの『人間界』で仕事をしている。

 リオはソファでくつろいでいた。右手に黒い手袋をはめて。

 この手袋は、罪人を昇天させるための炎――『浄火』を抑制するためのもので、手袋を外せば罪人を包む炎が宿る。

 彼の近くには、店の手伝いをする可愛らしい少女が1人いた。

 名前は天城救羽。齢は14か15――世間一般で言うところの中学生だ。この地帯においてどころか、普通の世界にいても美少女と形容されよう。但し、この地域に住むからには完全に綺麗だとは言えず、所々薄汚れが目立つ。白のワンピースを好むのか、救羽はそれを着ていた。

 彼女は、とある男――『刃先権平』(という器を借りた何者か)に家族を全員殺され、生きる希望を失って彷徨っていた。そこで偶然にもこの『Murderer House』に辿り着き、リオに『刃先権平』を殺してもらった。現在はその代価として、店で働くことにしている。

 ……面倒な状況説明はここで仕舞いにしよう。

 兎に角、あの事件から既に3週間が経過し、救羽もすっかり仕事に慣れた――とはいっても、店の雑用や、依頼人の話し相手になっているくらいだ。

 なお、一度だけ救羽に一目惚れした依頼人が彼女にとびかかって来たが、救羽は武術を嗜んでいるために、組み伏せて事なきを得るなど、侮れない一面もある。

 そして今日は、昼になっても依頼がなかった。


「……平和ですねえ……」

「ああ、そうだな」


 救羽はソファに腰かけて伸びをする。リオもソファに座って一息ついた。

 1日に平均2件依頼があるこの店にしては、珍しく平和だった。

 それは店の外にしても同じだった。以前は遠くで銃声や怒号が響いていた(抗争をしているらしい、と救羽が依頼人から聞いたことがある)のだが、最近はその数がめっきり減った。何でも、一時的にとはいえ、とある人物がたった1人で、、、、、、制圧したとの噂だ。

 その人物は、『請負人』とだけ呼ばれている。ある話では、「人類最強」とまで謳われている。

 それはあくまで「人類」の中での話であって、たがの外れた狂人、、はこの『無人地帯』にはまだいるようだが。

 兎に角、平和だった。これ以上なく。


「眠いです……」

「そうだな。ちなみに寝たら顔に冷凍ネズミを乗せておくぞ」

「ひゅやっ!!」

「……冗談だ、目が覚めたか?」

「もうっ!」

「仕事中に眠くなってはダメだろ」

「うぅ……すみません」


 正論を言われて救羽はうつむく。リオの方は少し笑ってくしゃくしゃと頭を撫でてやる。

 このやり取りはもう日常と化していた。逆に言えば、こんな平穏な会話が日常化するほど、3週間で魔人と人間は仲良くなったのだ。


「しかし……本当に来ないな」

「いいじゃないですか、何もないってことは、それだけ物騒ではないってことですよ?」

「まあ、そうとも言えるな」


 ここに限ってそんなことはなさそうだがな、と心の内で付け加える。

 とても、今この場で口に出して言えるものではない。

 目の前の少女に配慮すれば当然だ。


「このまま、平和が続けばいいのに……」


 だが、当の少女が、リオが発言を躊躇った訳を呟いた。

 それは彼女が望んで手に入れたかったものだ――家族と過ごす、平穏な日々。それがこの世界では、簡単に打ち壊される。

 粉々に、再帰不可能なほど。

 それに付随する損害も、余りにも大きい――徹底的な一族の破壊は、生き残った少女の心にも大きな爪痕を残したのだ。

 リオはそんな救羽の頭をまた撫でさする。


「大丈夫だ、大丈夫……」


 救羽はその愛撫を、くすぐったそうに笑って受け入れた。しかし、そこには寂しさも見え隠れした。

 この平和もいつかは崩れ去ってしまうのか――そう思っているのだろう。リオはそんな確証のないことに、やはり確証ある答えを返すことは出来なかった。

 適当な答えを返したところで、慰めにすらなりはしない。

 来る脅威から守る――それが今リオに出来る唯一のことだ。


「――ああ」


 するとリオは救羽の頭から手を離し、ドアの方へと歩いてノブに手をかける。

 突然の行動に、救羽は尋ねる。


「リオさん?外に出るんですか?」

「ああ――といっても、すぐそこで軽く運動するだけだ。心配するな――すぐ戻る」


 安心させるために救羽に微笑みかける。救羽はそれに同じく笑みで答えた。



***



 外の空気は抗争が止んでも汚染されたままで、一般人にはとてもじゃないが呼吸など出来はしないほどに汚れきっている。その汚濁は、太陽からの恵みの光すら届きにくくするほどであった。「霧の町」と称されるロンドンの方が、数百倍もマシと言える。

 澱んだ空気の中、リオは店の前に立つ。

 しかし、彼は何も、運動をするために外に出て来たのではない。運動するくらいなら中ででも出来る。第一、こんな空気を吸いながら運動する方が健康に悪い――不死身には、関係のない話だが。

 リオが外に出て来た目的は、ただ1つだった。

 その目的を達するため、リオは、目の前にある路地裏に声をかける。


「……誰だ」


 短く、簡潔に。しかし、これで目的は達せられた。

 店を覗く何者かがいる――救羽との会話中、すぐにこのことを感じ取ったため一先ず偵察にリオが来たのだ。

 リオの短い問いが発せられたのも束の間、路地裏の方から何やら声が聞こえた。


「――フフッ、私の雰囲気を感じた、、、癖に、思い出したりはしないんですか?」


 声に続いて耳に心地よい靴の音が響き、リオに近づいてくるのが分かる。

 リオは、その声に驚いた。


「……どうしてここにいるんだ?」

「あなたに会いにですよ、オールドスポート」

「お、おるど……?」

「ああ、あなたはフィッツジェラルドさえ読まないのですか?」

「誰だそいつは」

「とある人間の業を描いた人間ですね――この地には相応しくありませんから、役に立ちませんが」


 フフフッ、と笑う相手にリオは続けて返す。


魔人、、にしては、人間の小説を読む奴は珍しいからな、俺には分からん。そもそもろくに文字も読めないからな」

「まあ、魔人を理解するには魔人がいれば十分ですからね。それ以上は要りませんよ」

「人間は違うのか」

「面向かうのは御免ですし、人間を理解するには人間の創造物で十分です。種族が違う者には、面向かっても分からないことが多いので……。小説というのは実に良い解説書です。助かります」

「訳分からないこと言うな、お前も」


 リオは溜息をつきながらも相手を見据える。

 全身緑で統一された正装。現在はシルクハットを外しているために、紅蓮の炎を写し取ったような赤色の髪と、黄玉トパーズを埋め込んだような瞳があらわになっていた。

 常人では有り得ない配色を含む端正な顔は、しかし少し怒っているようにも見えた。


「訳が分からない、ですって?リオさん、解説書もなしにゲームをするタイプですか?」

「生き物と抽象観念を一緒にしてやるなよ」

「どちらも被造物でしょう、所詮」

「……ったく」


 リオは後頭部を掻いた。苦笑していたが、そこには純粋な笑みも混じっていた。

 懐かしい、とでも言うように。


「相変わらずだな、『回収者』マスカレード」


 『回収者』。

 基本的には、罪人を焼き殺す『煉獄官』を補佐する役目を果たす――つまるところ用心棒。『回収者』に殺された罪人は魂が煉獄で浄化されないため、即地獄行きである。

 この職は命を落とすこともある危険な仕事であり、素人にはまず務まらない。よってここに就く者は相当な実力者であり、特に『三技一壊』と呼ばれる4人は、頂点に位置する魔人と目される。

 ここにいる緑の男――マスカレードは、その『一壊』である。またの名を、『史上最強の回収者』。


「ええ、私の名前を憶えてくれていたようで何よりです――まあ、忘れていてもまた言うだけですが」

「小説にありがちな名前紹介のようにか?」

「そうですねえ」


 マスカレードは物腰柔らかに微笑む。

 これだけ見れば、ただの好青年なのだが。


「ただ、それは私たちの名前とは全く違います。小説の名前などというものはペットに付ける名前――いや、ただの製造番号、、、、と同じですよ。ザミャーチンは――知りませんよね。あの方のように人間を番号で名付けてしまった方が私には心地よいですよ」


 まあ、管理された世界という限定付きなので、こことも程遠いですが――と付言する。

 人間が聞けば(いや、人間でなくとも)、神経を逆撫でするような言葉を平気で吐く、嫌味な男である。


「さてさて」


 とマスカレードは、話題を変えるために1つ拍手をする。


「そろそろ本題に入りましょうか――再会の喜びに浸っている場合ではありませんので」

「おいおい……」


 リオはその言葉もある種の嫌味の1つかと思ったが、マスカレードの顔は至って真剣だった。


「少し重大な話です」


 その言葉は、確かにリオを驚かせる――或いは凍り付かせるのにうってつけの一言だった。


「――『九体天コスモス』、ご存知ですよね?」

「!」


 フィッツジェラルドもザミャーチンも知らないリオでも、この名前だけは知っていた。

 『九体天コスモス』。

 ある目的、、、、で動いているとされる、名前通り9人の魔人が属する集団。

 1人1人が強大な力を持っており、全てが動くと世界は危機に陥る――とまで言われている。しかし、最近はなりを潜めており、目立った行動はなかった。

 今ここで、マスカレードの口から――『回収者』の口から出たということは。


「……動き出した、っていうのか」

「ええ。しかもそれだけではありません」


 マスカレードは、後方に広がる『無人地帯』に向かって指をさした。

 何を言いたいのか、リオはそれだけで察した。


「……まさか」

「そうです」


 マスカレードは真面目な顔を崩さずに続けた。


「この世界――しかもここに、、、、その『九体天コスモス』の1人が来ているのです。名前はウェーヌス・ミカ・ルシュタル」

「……ってことは、俺の所に来た理由は」

「その通りです、リオさん」


 リオの所へ歩きながら、マスカレードは本題を切り出した。


「私が補佐致します故――彼女を殺してほしいのです」

「……ッ!」


 平穏は、途轍もない依頼によって破り去られた。

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