魔人と羽と悲しき悪党。

10秒。

魔人は自らの状況に置かれ、少女は魔人の何たるかを知る。


―――――――――――


 無人地帯。

 そこは、人でなしの巣食う領域。

 殺人が最も目立つとはいえ、強盗や強姦なども横行する世界。

 建物の状態は良いが、道端には見たことのない雑草が生え、ガラス片や瓦礫が散乱し、時に硝煙の臭いや血の臭いが漂う。人々は一様に、使い古され、擦り切れた服を着ていた。

その世界ですらあぶれた者は多く、道で座り込んでただ只管ひたすら来るはずのない助けを待つ者もいる。

 来るはずもない神に祈りを捧げようにも、彼らは神を信じることが到底できなかった。

 神のご加護など、有りはしない。

 勿論、神のご加護があって救われる程どの世界も優しくはないが、それにしても自ら努力して生き抜くには、この地帯は腐り切っていた。

 惨状――はたまた地獄絵図とも言えるようなその大通りの中、1人の男が闊歩かっぽしていた。

 第一印象としては、ほぼ緑一色。彼はシルクハットを被り、黒いYシャツの上にコートを羽織る。スラックスを履いていたが、どれも暗めの緑で統一されていた。黒の皮手袋に茶の革靴も履いているから、見た目は風変わりな紳士、といったところだろうか。

 背は高く細身で、すぐにでも倒せそうに見える。目はシルクハットに隠れてよく見えないが、口元は柔和に笑みをたたえている――そのせいか、好戦的でないようにも見える。

 少し異質な点はと言えば、服がこの住人にしては綺麗すぎる、、、、、、というところだろう。

 そんな男は、破片を踏み鳴らしながら辺りを見回していた。


「……ふむ、中々見つかりませんね」


 苛立つ風でもなく、こともなげにそう言う緑の男。


「鮮烈な店名だと聞いたので、すぐに見つかると思いましたが――いやはや、この地帯は想像以上に広いのですねえ」


 彼は歩き続ける。

 途中、何人も道端に倒れ込んでいるのを見つけたが、特に彼は何を思うことも無かった。

 一体、何を思えと言うのか。

 ただ『地獄』に生きるか、地獄に逝く、、、、、かしかない連中に対して。

 この者達は救われないのだ。

 救うようなヒーローも、都合よく現れはしない。

 この世界は全く甘くないのだ。

 では自分が救うかと言えば、全くその気もない。救う道理がどこにもないからだ。

 緑の男の思考は、見ず知らずの者に対しては冷徹だった。

 だが逆に、見たことのある者に対しては温情をかける。

 極端なまでの身内主義だった。


「……しかし、そろそろ飽きてきましたねえ――探すのも」


 緑の男は今まで通って来た道から外れ、路地裏に歩を進める。

 そこは大通りよりも凄惨せいさんだった。

 立ち込める悪臭は吸う者の肺を侵し、散乱するゴミは歩む者の足を阻み、浮遊する塵芥は見る者の目を潰す。

 戦闘の痕であろうか、そこら中に血痕――古いものも、新しいものもある――がこびり付き、弾痕が壁を穿っており、ここで暮らしていたであろう人が残した、ナイフによる傷痕が壁を切り裂いていた――日数を数えていたのだろう。

 ゴミは漁られ、中のものが食い散らかされていた。これを食べた者がどうなったかなど、緑の男には興味のないことであった。


「……酷い臭いですね」


 流石の緑の男も、スラックスのポケットから白の手拭てぬぐいを引っ張り出して口を覆う。

 だが、ここでの人々の生活も、戦闘も、緑の男にとっては関係のないことだった。そして緑の男は冷徹だった――つまり、何も思わない。


「……」


 緑の男が路地裏を探しまわる事数分、5人の男女を見つけた。

 明らかに何かに警戒している様子だったが、そんなことは緑の男にはお構いなしだ。

 緑の男の目的は、こんな男女などではない。彼の目的はある店、、、だ。


「ちょっとすみません」

「ああ?」


 集団の中のリーダー格らしき男が緑の男を目にすると、少し驚いた。

 それはそうだ。この地帯にしては、あまりにも不自然な身なりをしている。

 警戒対象にならないはずがない。

 男女は一斉に武器を構えて戦闘態勢をとる。だが緑の男は至って冷静に、両手を上に挙げて降参のポーズをとりながら、微笑を湛えて告げる。


「怪しい者ではありません。あなた達がどのような状況で警戒しているのかは分かりませんが、ちょっと道をお尋ねしたいと思っているのです」

「道だと?」


 ええ、と緑の男は武器を構えたままの男女に続けて言う。


「そうです。この一帯に、『Murderer House』という店があるのを知りませんか?よろしければ、方角だけでも教えていただきたいのですが」

「……」


 男女は互いに顔を見合わせる。

 何だ、その店は。

 聞いたことがあるかと互いに聞き合うが、その答えはいずれも否だった。

 正確には、店の名前だけ知らなかったのだが、そのことを言ってくれる者はここにはいなかった。


「皆ないみたいだぜ」

「そうですか、ありがとうございました」


 緑の男は恭しく礼をして、その場を去ろうとした。

 だが、それをリーダー格の男は許さなかった。


「待てよお前」

「はい?」


 緑の男は男女の方に向き直り、耳を傾ける。そのまま男は続けた。


「お前、いい身なりしてんじゃねえか……『外』から来たクチか?」


 『無人地帯』の外を、ここでは単に『外』と呼ぶ。興味本位で、調査目的で、或いは制圧目的で、と様々な目的で来る人間がいる。彼らは大抵、食料や衣服を持っているために、身ぐるみを剥がし、奪う物を奪って、帰らせるのが通例となっている。

 こんな物騒な地域に来る人間自体そもそも少ないのだが、それでもやはり来る者はたまにいるのだという。

 もっとも、各国政府はどこもこの地域を見捨てているのだが。

 ある者達、、、、のせいで全く手出しが出来ないからだ。事実、制圧軍を送り込んだ結果1つの国が潰されている。

 さて、そんな慣例に従って男女達も緑の男を止めた。

 全てを奪うために。

 一先ず、緑の男は何の気なしに質問に答える。


「『外』がどこのことか、私には分かりかねます、、、、、、、が、まあ、そんなところでしょう」


 いやに曖昧な答えだが、『外』から来たことは確かだ。リーダー格の男はそう思う。

 全員が武器を構える。


「そんならよ、身ぐるみ全部剥いで置いていけ――命までは奪わ」

「お断りします」


 緑の男は即座に拒否し、そっぽを向いて去ろうとした。

 興味がない、とでも言うように。

 当然男女全員、怒らないはずがない。


「てめえ……『不導』を知らねえのか?」


 脅し文句のようだったらしいが、緑の男は当然知るはずも無かった。


「知りませんね、何ですかそれ?ゴミの名前ですか?」


 ここで怒りはピークに達した。


「殺せ!!!」


 リーダー格の男は叫び、それに呼応して4人の男女が駆ける。彼らの手には、ナイフが、鉄パイプが、刀が、金属製ハンマーが、それぞれ握られていた。

 緑の男はシルクハットを目深に被るようにして首を横に振った。


「はあ……面倒ですね」


 そして、緑のシルクハットを虚空に投げた。高さはかなりあるが、地面に落ちるまで10秒とかからないだろう。

 緑のシルクハットを除いたその顔は端正だった。とても若く、20代くらいの白人。

 髪の毛は短めの赤色で、瞳は黄色。この人間にない配色が、人間離れした感じを与える。

 それから緑の男は黒の皮手袋を脱ぐ。そこから見える手も、やはり白身を帯びる。

 男女は、緑の男のすぐ近くまで迫っていた。

 残り9秒。


「奪いなさい」


 瞬間、白い手が変形した、、、、。まるでそれは、剣の刃先のよう。

 緑の男は剣に変形した手を構える。

 男女は驚くが、そのまま彼を破壊せんと突っ込む。

 残り8秒。


「奪えるものなら」


 瞬間、緑の男は男女に高速で突っ込む。

 そして1人目、2人目。

 残り7秒。

 3人目、4人目。

 相手に反撃の隙を与えることなく、致命傷を次々負わせた。直に死にゆくだろう。

 残り6秒。


「なっ……」


 リーダー格の男は刀を構え、緑の男の斬撃を受ける。

 だが、緑の男はそれを予期したように、左脚で男の足を払って体勢を崩す。

 片脚でやってのけるとは、何という力か。

 残り5秒。


「がっ!」


 男は地面に倒れ伏した。力の抜けたその刹那、緑の男の左手の剣によって刀が弾き飛ばされた。

 そして、遺言を遺させる暇も無く。

 残り4秒。

 右手の剣で男の首を掻き切った。

 血が噴き、男は痙攣を始めた。


「さて」


 男に対して何も思うことはなく――死を確認することも無くすぐに立ち上がり、剣を手に変形させて、、、、、戻しながら、始めにいた位置に歩いて戻る。

 残り3秒。


「……ああ、また神様、、に怒られますね……でも正当防衛ですから、仕方ありません」


 歩き、死体を踏みつけながら。

 残り2秒。

 そう言う。


「無駄な体力を使ってしまいました」


 軽く伸びをして、最初の位置に戻った。

 残り1秒。


「まあ……退屈は凌げましたかね」


 残り0秒。

 緑のシルクハットが緑の男の手に収まり、赤い髪と黄色い瞳、白い肌を隠すために、目深に被る。

 白の手拭で血を拭きとり、黒の皮手袋をはめた。


「では、捜索を続けましょうか」


 緑の男は無残な死体を背にして、何事もなかったかのように再び歩み始める。

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