閉幕は、切断への懐疑と共に。

 次に目を覚ますと、救羽はソファの上で横たわっていた。

 向かいのソファには、神妙な面持ちで救羽を見つめるリオの姿があった。リオは、救羽が目覚めたのが分かったようで声をかける。


「……目覚めたか」

「え、あ、はい……」


 救羽は辺りを見回したが、そこに男達の姿はなかった。あの襲来が嘘であったかのように、店は閑静だった。

 救羽は自分の体を見回す。どこも怪我はしていない。

 改めて、リオが守ってくれたのだ、ということが分かった。

 感謝、どころではない。

 その当のリオは店主らしく、機械的に事を進める。


「依頼は終わった。これで暫くお前を殺しに来ることはないだろう」

「はい……ええと、リオさん、訊いてもいいですか?」

「ああ」


 救羽はリオの言葉のおかしなところを、聞き逃しはしなかった。


暫く、、、ってどういうことですか?」


 リオはその返答に少しだけ驚いたが、素直に答える。


「……話すと面倒臭いことになるんだが、簡単に言おう」


 机の上にある本を手に取り、刃先のページを見る。

 刃先のプロフィールは徐々に消えて行き、『刃先権平、執行完了』の文字が浮かび上がった。

 それを確認してから本を閉じ、錠前をつけて再び本を鎖で巻いた。

 その間にリオは答え始めた。


「あいつは、確かに刃先権平だ。見た目はな」

「見た目は……ですか?」


 首を傾げるが、救羽の疑念に答えるより先に、話を進めた。


「ああ。ただ――意識はもう、刃先のものではなかった」

「ええと、そうすると……あの男のそっくりさん、ってことですか?」

「いや」


 リオはすっかり鎖で封印された本を、救羽に向けて掲げる。


「こいつから、確かに刃先のプロフィールが消え去った――それはつまり、『刃先権平』という人間は確かにいて、死んだ、、、、ということだ」

「え、ええと……?」


 救羽は頭を抱え始めた。

 はっきり言って、リオの話は意味不明だった。人間離れした話を始めているのだから当然だ。

 だから話をするにはまず、本の機能や、そもそも魔人であり罪人を裁く『煉獄官』の役割のところから話をしなければならないのだが、そんなことを急に一斉にしても、救羽が余計混乱するだけだ。

 そう判断したリオは、結論を言えば、と続けた。


「刃先権平という入れ物、、、の中に、別人の意識が入っていた――これが一番正しいだろう」

「えっ……!?」


 刃先を――刃先の体を煉獄で焼く前、彼は確かにこう言っていた。

 『ヒント、、、として言い残してやる――次は殺す』

 このヒントを、リオは確実に読み取っていた。

 次に会ったら殺してやる――恨み言や負け惜しみの類とは違って聞こえたこの言葉。

 リオはこの言葉に、妙な違和感を覚えてはいた。

 いやに断定形、、、なのだ。

 現実に起こしてやるぞ、という気概すら読み取れるほどの。

 それから『刃先』は言っていた――『大前提、、、異能の手法、、、、、に』問題があると。

 後者はまだよく分からないが、少なくとも前者はこうであろう。

 刃先権平が、他者に意識を植え付ける、、、、、能力を持っていたのではなく。

 刃先権平にはそもそも、別の人物の意識が既に植え付けられており、、、、、、、、、、その別人の意識がそういう能力を持っていた、、、、、、ということになる。

 『刃先』に言わせれば、これでようやく60点というところだろうが。

 となれば、あの煉獄の炎で刃先を殺しきれたとは、到底思えない。今も別の人物として行動をしているだろう。

 とはいえ暫くは攻めてこないことも、確かであるように思えた。

 あれだけ――短時間とはいえ――様々な殺し方を試し、リオに襲い掛かった男だ。それは裏を返せば、やれることを全てやる主義なのだ。

 ナイフを突き立て、銃で穴を開け、建物で殴り殺す。

 思考から実行に移すタイプ。快楽殺人鬼に見えて、案外慎重なタイプなのだ。

 しかし全てを試しても殺せず、その上不死身と分かってしまった。そうなれば正規の方法では殺せない。何か別の手段を使わなければ、殺せはしない。

 確実にリオを殺害する――『次は殺す』の言葉には、そこまで含まれていると見ていいだろう。

 だとすれば、手立てが思いついていない以上、店にやって来るという可能性は極めて低い。

 救羽を狙いにするにしても同様だ。どうにも彼は、リオの理解できない理由で救羽を――正確には『天城家』を狙っていたわけだが、そもそもリオという障害を除かなくては、『刃先』は手も足も出せないのだ。

 故に。


「だがまあ、暫くは攻めて来ないだろう、そこは安心しろ」

「そ、そうですか……」


 だが、救羽が訊きたいのは、それ以外にもあった。


「あ、あの……」

「何だ」

「私、自分を報酬にこの依頼を申し出たのですが……私は、何をすれば……」


 リオはそこまで聞いて、久しぶりに気付いた。

 そう言えば今回の報酬は、この天城救羽という人間自体であった。

 それは認識してはいたのだが、一体この少女に何をさせるか、全く決めていなかった。

 だが、これだけは断言出来た――そうすれば、自ずと答えは導かれてゆく。


「そうだな……まず、お前にこの仕事をさせる気はない」


 男5人を凌いだとは言え危なすぎる、とも付け加えた。

 この『無人地帯』は、少女1人が生きていくにはハード過ぎる。


「それから、お前に対して危害を加えることは、一切しない」

「……」


 じゃあ何をすればいいんだろう、と救羽はその返答を待ったが、その答えを言う前に、リオがもう一言発した。


「この店に暫くいる――それはお前の約束通りだが。そうすれば、俺がお前のことを守ってやる」

「……!」


 まさか、と救羽は思った。

 そんな言葉が出るなんて――思いも、しなかった。


「だが、無料タダでここにいさせるわけにはいかない」


 その言葉に、救羽は体を強張らせる。

 しかし、リオはこう続けた。


「この店で、雑用をして欲しい――客との応対や、ちょっとした掃除とか、だな。それでいい」

「……そ、それでいいんですか?」


 救羽は、素っ頓狂な声を上げた。

 人間と言っても、少女1人だ。恩義があるのだから、いくらでも、どうしようも出来るのだ。

 人でなしの行為でさえ、されてしまうのではないか――そこまでは覚悟していた。

 家族を殺されて生き延びて、挙句には他人に頼んで敵を討ってもらって。

 冷静に考えなくても、優しくしてもらえる義理など、ここにはどこにもない。

 だから、そんな穏便でいいのか、と戸惑った。

 リオはそんな少女を見て、意地悪くこう言う。


「なら――他に望むことがあるのか?」

「……ふえっ!?」


 救羽はその言葉を聞いて、顔を赤らめ始めた。

 いや、別にいじめてほしいわけではないのだ。少女にはマゾの気はない。逆もまたないのだが。

 そうではなく――こんな穏便な措置が、逆に怖い。平和な解決策が、怖い。

 裏があるように見えてしまって。

 助けてくれた相手なのに。失礼であることは分かっているのに。

 しかしこんなことを考えてしまうほど、少女にとっては壮絶な過去を通って来ていることは確かであった。そんな壮絶な過去を通ってでも葛藤するほど、「優しい」ということもまた確か。

 それを察したらしいリオは、不安がる、非常に優しい少女の頭を優しく撫でてやった。


「……今日からお前は、この店で雑用として働くんだ。少なくとも、店っていうのは、信頼関係がないとやっていけない」

「そ、そうでしょうか……?」


 じゃあ例えば、とリオは簡単な例を出す。


「互いに疑心暗鬼の店員ばかりの料理店がある。メニューを伝える時も、厨房で料理をする時も、ギスギスした雰囲気だ。こんな店、入りたいと思うか?」


 救羽は首を横にぶんぶん振って即答した。


「この店も同じだ――ただ、店である以前にも、俺は、お前を信頼する。だからお前も、俺を信頼してくれ」


 少しだけ、何かの感情が篭ったその言葉に、救羽は納得した。

 ああ、やっぱりこの人、いい人だ。というか、安心できる人だ――と。

 救羽は朱の入った頬のまま、はにかんでこう答えた。


「はい、では、よろしくお願いします、リオさん……!」

「ああ、こちらこそ」

「あ、それと……」


 救羽は、リオの目をしっかり見据えてこう言った。

 報酬を訊かれた時と同じくらい、はっきりとした声で。


「信頼関係が大事なら、私の事、ちゃんと名前で呼んでくださいね」


 リオは突然言われたそれに面喰ったが、すぐに聞き直す。


「何て呼べばいい?」

救羽クー、で良いですよ。呼びやすいでしょうし……」

「では、クー、よろしく頼む」

「こちらこそ、お世話になります、リオさん」


 こうして天城救羽は、正式に『Murderer House』の店員として雇われることとなった。

 

***


 信頼を作り上げ始めた救羽と向き合いながら、リオは胸の内で1つだけ、疑問に思っていることがあった。

 救羽を助けに行った、あの時。

 ドアの蹴破られた入り口から入って真っ先に、彼は見たのだ。

 男達に押さえられている救羽と。

 救羽を押さえ、或いは監視している男達と。

 既に、、腕を綺麗に切断され、苦悶する男を。

 そこにリオが乱入し、男達を片付けたのだ。

 果たして男の腕を切り離した張本人は、一体誰なのか。

 この時点では誰も、、、答えを持ち合わせていなかった。


***


 ――これが、物語の幕開け。

 だがこんなものは、始まりの始まりに過ぎなかった。

 脅威は、あらゆる方面から確実に迫ってきていることを、この2人はまだ知らない。


Chapter 1 –“Pieces Meet Each Other”—is the END.

Next chapter –“Monster World” –will come.


――――――――――――

「1章:復讐劇の始まり。」あとがき


 というわけで、第1章が終了です。いかがでしたでしょうか。

 キツイ描写もありますが、大体こんな感じで進んでいきますので覚悟しておいてください(おい)。


 さて、このあとがき、なろう様とは少し変えて書いています(殆ど同じ部分もありますが)。なのでどうぞお楽しみください。


 実はこの話、短編としてあげた『煉獄少年 ―Kathartirio-』(2010年)、そして途中で挫折して更新停止とした『煉獄青年 ―Kathartirio-』(2012~2014年)のリベンジ作品となっています(いずれも「小説家になろう」様でご覧いただけます)。

 大元のストーリーラインは変わっていませんが、かなり細かなところは変わっています。

 元々は「復讐法」という七面倒な設定もありましたが、綺麗さっぱり削除しましたし、煉獄官という役職の生い立ちもかなり細かく決めました(真実が出てくるのはだいぶ先の話ですけれども)。

 描写も進化しています。結果、圧倒的に心理描写が増えました。

 伏線も増えました。回収がだいぶ先なので、「うわー」と思いながら書いています。皆様も、長編を書くときには伏線を出すタイミングと回収するタイミングとに気を配りましょう。もうこの小説は割と手遅れです。

 何せ、なろう様では既に98話まできていますからね!ナンテコッタイ!


 ……とまあ、こんな感じで『煉獄青年』、第2章に突入します。物騒さも異能力勝負もマシマシになります。

 近いうち更新しますので、ごゆるりとお待ちくださいませ。


2018/3/26 ゴウ

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