化け物の片鱗。

 刃先は逃げ切れるとは到底思っていなかった。

 ここまでの異常性を兼ね備えるのならば、身体能力でも何でも使っていればいずれは追いつかれる。

 もしかしたら位置検索のようなことが出来るのかもしれない――「見つけた」という初対面での言葉からして、有り得ないような気もする、とまでは刃先は思っていた。

 この仮定は正解だが、仮に位置を知らせる鎖の巻かれたあの黒い本を持って来ても、リオにとっては殆ど無意味だった。

 何せ位置検索をすれば、少なくとも反応が10個――この近辺にいるだけでも4個出てくるからだ。リオはそのどれが刃先のものなのか、特定しなくてはならないだろう。

 どちらにせよ、現在リオは本を持って来ていない。それを持って来ても無意味だと思ったに違いない。

 更に、今はリオにつけ狙われている。リオにとってはもう必要性すらないだろう。

 逃げ切れない。

 これは、刃先が改めて実感したことではあった。

 だが、逃げ切れないということと、時間を稼ぐ、、、、、ということは、全く似て非なることだとも分かっていた。

 その時間を稼ぐために、刃先は先ほどから路地裏を逃げ続けているのだ。理由としてはいくつかある。入り組んだ路地裏の構造は刃先がよく知っており、追いつかれにくいルートを極力とれるため(例えば、交差点の数や出口の数などを勘案して)、路地裏には障害物が多いため、多少の邪魔は出来るため、などがある。

 だが、最たる理由は別にある。


「――見つけた」


 リオに最初に会った時と同じセリフを、刃先は、まさに初対面の人間に発した。

 それは、路地裏でつつましく暮らす、何の変哲もない一般人、、、だった。


***


「……逃げるのも上手い」


 リオは正直な感想を吐き捨てるように言った。

 先ほどから逃げている路地裏が、リオにとってはかなり動きづらいものであることは確かであった。狭いし、障害物が多い。視界も悪い上、路地裏生活者が多少いるのか、時折あちこちから物音がするため、音を頼りに追うことも出来ない。リオには犬並みの嗅覚もないのだが、仮にあったとしても悪臭で臭いを頼りにも出来ないだろう。

 とにかく、追いづらい。幸いに身体能力が高いからこそ、見失わずに追えているのだが、もし見失ったら探す手段のないリオにとっては一巻の終わりであった。


(仮に探す手段があっても、どうにもならなかったかもしれないがな)


 と、リオは思う。一体10個の反応からどれを本物として探せと言うのか。

 リオくらいであれば1つ1つ虱潰しに倒していけば、いずれ本物と出会うであろう。それならば本は置いて来ずに持っていけば良かった、と訳の分からない後悔をした。

 探す手段があるのなら、何が何でも持ってくるべきだった。相手より曲がりなりにも力があって(身体的に)負ける要素が無いのならば、探す手段を持ってくるのは当然のことだ。これによってすぐに決着はついたかもしれない。

 だが、実のところはこんな議論自体ナンセンスであろう。何せ、位置情報検索は、戦況分析のために使うのではなく、犯人探しに使うのだから。犯人を捜せなければ、意味がない。だからリオは本を持ってこなかった。

 もっと言えば、戦況分析をするほど、リオは弱くない。故に必要性は皆無である。

 それを考えるとリオのその選択は、ある意味英断であるとも言えた――これは勿論結果論だが。

 というのは、もし今リオが位置を検索するあの鎖付きの本を持って、位置検索欄を見たならば、困惑してその場で立ち止まったかもしれないからだ。

 つまり。

 もし位置検索欄を見ることが出来れば、今頃そこには、この一帯だけで30を超える反応があることが分かるだろう。その数は今も増え続けている。

 3倍以上。これははっきり言って『異常』――『気狂イ』に他ならない。

 しかしこんな反応を持つ人間は、一体何者なのか――次はそんな疑問が浮かぶかもしれない。いや、こんな疑問も無意味だ。この異常者を「人間」とは少なくとも言えないだろう――生物学的に人間であるとしても。

 化け物、、、

 その時リオは、路地裏で何かを見つけた。

 それは道を塞いでいる、何の変哲もない一般人達に見えた。


「……何だこいつらは」


 一先ず、リオは燃え盛る右手に手袋をはめて炎を抑える。標的以外に当たって燃えてしまっては大変だからだ。何の関係もない人々を巻き込むほどリオは冷血ではない。

 だが一般人達は、全く道を空けないどころか、皆一様にナイフを取り出した。果物を切るために使いそうな、小ぶりのナイフだ。

 彼らの内の1人がリオを指して言った。


「ここで死ねええええええええっ!!!」


 それを合図に一斉にリオに襲い掛かる。

 リオは驚愕するが、何もしないではただなぶられるだけだ。

 反撃をするしかない。


「……面倒臭い!」


 リオの激昂に怯える様子もなく、一般人たちは刃向う。

 まず先陣を切る者が、リオの頭に向かってナイフを刺突しようとする。リオはそれを90度時計回りに回転しながら少しだけ動いて避ける。その体勢から逆時計回りに90度回転し、その勢いで相手の顔面に強烈な右ストレートを喰らわせる。気味の良い音を立てながら、彼は飛ばされ、一般人の群れに突っ込む。

 彼らは飛んできた彼を助けることも受けとめることもせず、そのまま避けた。その結果当然、彼は地面に倒れ伏す。最後尾の1人が、彼の頸動脈に的確にナイフを入れ、殺した。

 人を人と思わない、彼らからはそう感じられた。そうこうするうち、2人目、3人目――と次々リオに迫る。

 こんなところで足止めを喰らう暇など無い。とっとと片付けて先へ進みたい。しかし一般人の数は、ざっと数えても20人ほど。

 そしてどう考えても彼らはただの一般人ではなく、刃先の手先である。いきなり初対面で、しかもこれほどの人数で敵意を向けられるとなると、そう考えざるをえない。


「……ならば」


 リオはそこで手袋を外し、再び炎を右手に復活させる。


「ここで焼き尽くすまでだ」


 瞬間で、リオは消えうせ。

 そこから数秒間、彼らの中を縫うように動き続ける。

 するとリオの罪人を焼く『浄火』に触れたのか、彼らの体は炎を上げて燃え始めた。

 リオは燃え盛る一般人たちを背にしていた。その強さは、流石魔人と言えるほどに、圧倒的な速度、的確さ、そして冷徹さだった。

 逆に言えば、今までこの強さを出さなかったのは、ここまで強さを引き出すだけの人間が今まで存在してこなかったこともあったからだ。

 『気狂イ』。

 魔人の人間に対する認識を変えるほどに、気の狂った強さ、加えて戦闘意欲。

 『刃先権平』という人間は、間違いなくリオの認識を変えた。


「……とっとと終わらせてやる」


 リオは路地裏を再び走り出した。幸いにも続く道は一直線だった。


***


「――うっわ、マジかよ、全滅?しかも一瞬で」


 刃先は、その一直線の路地裏を抜けた先にある3階建ての建物にいた。

 もう逃げる気もなかった。何故なら、確実にリオを殺せる自信があったからだ。今彼は、その準備にいそしんでいた。

 だがその途中で、先程の呟きをした。

 一体何が全滅したというのか――というのはもうここまでくれば愚問だろう。


「まあ、でも、あの程度でも乗り移れる、、、、、んだな――勉強になったぜ」


 乗り移る。

 それが何を意味するのかは今は彼にしか分からないわけだが、彼は同じやり方でこの建物にいた30人ほどの人間を配下に据えていた。

 刃先がここに来るまでには見ず知らずの人々であり、あまつさえ彼の侵入が露見するや否や、彼らは刃先を殺そうとしたにも関わらず、今は刃先の準備を手伝っていた。お蔭でそろそろ終わる。


「確かにお前は化け物だ――」


 だが、と刃先は心の中で続ける。

 最後に勝つのは俺だ。

 同時に刃先は周囲に目を配る。すると、まるで刃先に命令され、それを理解したかのように、人々は勝手に動き始めた。リオを殺すのに最適な配置に着き始めたのだ。


「さあ来い、相手してやるよ」


 獰猛な笑みを浮かべた彼も、行動を開始した。

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