前戯。

「ほらよっ!」


 刃先は道端に落ちているガラス片を的確に、頸動脈や心臓、眼球や足に目掛けて投げ続ける。しかしリオはそれを避け、仮に命中してもすぐに傷が塞がる。


「おいおい、そりゃ反則だろ!」

「知るか」


 リオはガラス片による傷を受けながらも、刃先の元に駆け、右手の炎を刃先に当てようとする。

 刃先は、直感的にそれが当たったらまずいものと認識しており、先程から絶対に当たらないように避け続けている。そして避けては瓦礫を投げつけて怯ませ、その隙に距離をとる。その繰り返しだった。

 刃先は楽しげだった――そんな殺し合いを、心の底から楽しんでいた。

 一方でリオは苦戦していた。

 中々近づけない。どころか隙がない。

 今まで会ってきた中で間違いなく強者の部類に入る、そう思っていた。

 別に身体能力が高いわけではない。身体能力は人並みであろう。だが、戦い方が上手いのだ。または直感力が高い。或いは戦略を瞬間的に立てるのが上手い、とも言える。とにかく、戦いに向いていた。


「クソッ……」

「おいおい、焦ってんのか?まだまだ時間はたっぷりあるんだ、楽しもうぜェ!」


 リオは、ただ焦燥に駆られているだけではなかった。犯罪者に対する、普遍的に感じるであろう怒りを感じていた。それは、テレビで見ている重罪人に対して、視聴者が抱くものにも似ていた。

 だがよく考えると、リオが怒りを感じる必要性はどこにもない。感情を抱くのは依頼人の領分で、煉獄官――依頼の執行人であるリオは、ただ淡々と「仕事」をこなせばいいだけだ。

 淡々と罪人を殺せばいい。

 実際、今までそうやってきていた。

 「仕事」の対価として「持っているもの何でも」と言っているのと同じく、何の意味も無い。あんなセリフは、依頼人と執行人という関係を形式的に成り立たせるためのものだ。 

 だから目の前の男に怒りを感じる必要はないし、必要ないのに感じていることに、リオ自身も気付いていない――考えようともしない。

 怒る理由――それは、少女を見た時に過去を想ったことに繋がるのだろうか。

 依頼に来た天城救羽――記憶にある少女と瓜二つな彼女に仇なすという理由で、彼に怒っているのだろうか?

 それは、リオにしか分からない。

 リオにも分かっていないのだが。


「おおおおおおおおおおっ!!」


 リオは駆ける、炎を手にしたまま。

 刃先はその咆哮に動じることも無く、普段通り対処を試みる。今は近くにあった長めの鉄パイプを右手に手にし、これまた的確に、リオの側頭部に打ち込もうとする。

 リオは駆けながら身体を屈めて避け、更に刃先の元へ迫る。


「おおっ!」


 刃先は感嘆の声を上げ、もう片方の手で幾つかのガラス片を投げつける。その内1つは眼球に刺さるが、リオはそれをすぐさま抜いて完治させる。

 怒りで動くリオを、止める者は存在しない。


「ならもう一丁!」


 再び刃先は右斜め下から左斜め上へと突き上げるように、鉄パイプを叩きこもうとする。これならば屈んで避けられることはない。その上、左に逃げても瓦礫が迫る。それに一瞬でも怯めば、また後退する機会が得られる。

 だがリオは、走るのをやめて迫る鉄パイプを右手で掴む。それに反応して刃先が鉄パイプを離す前に、リオは鉄パイプを刃先ごと振り回して投げ飛ばそうとする。刃先は鉄パイプ諸共上空へ飛ばされる前に、手を離して上手く地上に着地する。

 リオはその隙を捉え、殆ど瞬間的に刃先との距離を詰める。


「っ!」


 刃先は、そのあまりにも人間離れした身体能力と反応速度に驚くが、左手に持て余したガラス片でリオの体に深い切り傷を負わせる。リオはそのあまりの痛みに怯み、刃先は後退する。

 有り得ない血の量を少しだけ噴出した後、すぐに傷口が塞がった。


「めっちゃ動けるじゃねえか……こんな奴見た事ねえぜ」


 そのあまりの人間離れな所作に、刃先も流石に驚いたようだ。


「しかも、あの致死的な傷も一瞬で治っちまうとか、殆ど化け物だな――いや、真正の化け物か」


 普通なら、ここで戦意喪失をするだろう。

 異常なまでの身体能力、怪物的な回復能力、そして手にまとう謎の炎。

 ちなみにこの時点で、炎は物に作用しないことを鉄パイプを見て知ったが、それを除いてもとてもじゃないがまともに闘うべき相手ではない。

 一体どう倒せというのか、この反則じみた敵を。

 ここにくれば大半は思考停止に陥り、動きが止まってしまう。リオはその隙を見て『浄火』を当てるわけだ。

 だが、刃先の思考回路は尋常ではなかった。

 反則じみた敵、それはつまり彼にとって。


「ああ、くそっ、この『無人地帯』にこんな楽しい、、、奴がいたなんてよォ!とっとと会わせてくれりゃ良かったのになあっ!」


 楽しい奴。

 刃先は、一切の戦闘意欲を失ってはいなかった。

 ここまで行くと戦闘狂というより、異常だ。実際リオは、ここまで見せつけても全く退かない人間をここにきて初めて見た。


「おい、まだ相手してくれんだろ?俺を楽しませてくれよ――この体が尽きるまでなあ!」


 刃先は先程投げつけられていた鉄パイプを拾い上げ、大きめのガラス片を拾ってそれをナイフ代わりに使おうとしていた。


「……銃の方が便利だが、つべこべ言ってられねえよなあ」


 口から笑い声を漏らしながら、獰猛に笑む。

 リオは見たことのないタイプの標的それ自体に怯むが、それでも彼のやることは変わらない。

 ただ、罪人を裁くだけである。

 炎を手に纏い、構え直す。

 今度は刃先の方から攻め込んできた――リオの近くまで来て、ガラス片で一文字に両目を切り裂き、鉄パイプで腹を刺突する。

 予想外の行動と攻撃にリオは驚愕し、そして息を吐き出す。

 すぐに視界は元に戻るが、その時には既に刃先はいなかった。と思えば、リオの後頭部に強い衝撃が加わった。


「っ!!」


 視界が潰れている間に背後に回った刃先が、鉄パイプでリオを殴ったのだ。打ち所が良かったのか然程ダメージを負わなかったリオは今度は背後に振り向く。だが、そこにも刃先はいない。

 それに驚く隙に、刃先はしゃがんだまま鉄パイプで思い切りリオの足を払う。


「なっ!!」

「ダメ押しだァ!」


 仰向けに倒れたリオの首に、刃先はガラスを突き刺す。


「がっ……!」

「おいおい、そんなもんかよ……どうせすぐ治って俺をつけ狙うなら、もっと俺を楽しませろよ、魔人さん」


 リオは喉元に刺さったガラスを勢いよく引き抜く。ガラスに血は付いていたが、血が吹き出ると間もなく傷は塞がった。

 だが刃先はそんな芸当にはもう驚かない。

 早くしろ、次も殺すぞ、と言わんばかりに鉄パイプを振り回す。


「……いいだろう」


 リオはそう言ったとほぼ同時に、刃先の目の前に迫った。


「なっ」

「お望み通り、楽しませてやる」


 炎の宿る右手ではなく何もない左手、、、、、、で、刃先の顔面を殴ろうとした。

 刃先はそれを右手の鉄パイプで受け止めようとする――が、リオの力が強すぎるために、鉄パイプが真っ二つになった。

 全く減速することのない左手の一撃は、そのまま刃先の顔面へ迫る。


「クソが!」


 刃先は寸でのところでそれを避けたが、拳の風圧で、刃先の皮膚に一筋傷が入った。すぐに刃先は距離を取る。

 ゾッとした。

 ――これが、魔人。

 人間とは比べ物にならない異常を、こうも兼ね備えているとは。


「流石は殺人鬼――といったところか」


 リオは一方で全く楽しんでいないわけだが、刃先の実力が今までで一番飛び抜けているのも事実として認識していた。

 とすれば、戦闘不能にしてから『浄火』を当てる方が効率が遥かに良い――そう思っていた。


「だが、そんなものなら、楽しむ間もなく殺されるぞ」


 リオは1回、前へ向かって跳躍する。対して刃先は瓦礫を投げつけるが、その瓦礫を的確に避け、避けきれないものは拳で破砕した。

 そのまま刃先の目の前に再び着地し、今度は炎の宿る手を当てようとする。当然刃先はそれを避けようとするのだが、その手に気を取られたせいか、余裕が無くなってきたからか、胸部に繰り出された強烈な蹴りを捉え損ねた。

 嫌な音を立てながら、刃先は吹っ飛ばされて遠くの地面に着地する。地に転がる瓦礫やガラス片に、追い打ちをかけられる。


「がはっ……!」


 刃先は、血を吐きながらも、立ち上がる。この状態では、肋骨が数本折れたに違いない。

 ほとんど満身創痍の刃先を見下ろしながら、無傷のリオは迫る。


「早く立て。立てないならそのまま殺す」


 1歩、また1歩。

 完全に遊ばれている。刃先が遊んでいるのではなく。

 規格外――とはまさにこのことだろう。

 だがそれに絶望するほど、刃先はヤワではなかった。


「くそっ、このままだと分が悪いな、やっぱ……」


 と呟くや否や、刃先は骨折など関係ないかのようにすっと立ち上がり、あまつさえ走り出した。

 リオはその行動に少々驚くが、すぐに、彼を追いかけた。

 ――その先には更なる死闘が待っているなど、この時リオには知るはずもなかったが。

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