退屈な世界で久々の祝福を。

***


「……ったく、つまんねえなあ」


 荒廃した『無人地帯』の一角にある、とある建物。それは1階部分しか残存していない、あまりにも粗末な建物であったが、そこには住人はいなかった。しかし、一時的にそこを使っている者は現在10人存在する。

 その内の1人の男は、残り9人の容姿の異なる男を前にしてこう吐き捨てた。その男たちは特に何をするわけでもなく、ただ、1人の男の前に突っ立っていた。

 9人を前にする男は、黒色の短髪に左頬に古傷を負っていた。服装は、ここの地帯にはよくあるオンボロなもので上も下も擦り切れているが、ただ1つ腰につけているナイフのホルダーだけはよく手入れされていた。中に入っているナイフも同様である。

 彼が刃先権平。天城救羽の一家を殺害した張本人である。

 刃先はこの場の誰に向けて言うでもなく、ただ「つまらない」と言った。


「つまんねえ、何で逃げるんだよ!阿呆か!せめて戦えよクソがッ!!」


 壁を強く蹴りつけながら怒りを鎮めようとするが、その怒りは容易には収まらなかった。だが目の前にいる9人は、それを目にしても誰も止めようとはしない。しかし冷めた目で見ているわけでもない。

 同意はしていた――殺し合いというゲームから逃げたことへの、怒りだけは共有していた。


「……天才、、は2人もいらねえ」


 1人いれば十分なんだよ、と刃先は言う。

 傍から見れば一体何を言っているんだ、と言われるかもしれない。彼の素性――或いは彼の出自である『刃先家』の詳細を知っている者は、尚更だろう。

 『刃先家』は、簡単に言えば殺しを生業なりわいとする、弱小の家柄である。使用武器は代々小型ナイフ。

 無論『刃先家』よりも強い家柄など、この『無人地帯』には数多く存在する。そんな者が「天才」などとは、何という自己過大評価だろうか。

 だが、その評価を覆すほどの眼光が彼の両目には宿っていた。

 刃先は自らのトレードマークであるナイフを腰のナイフホルダーから取り、手で器用に回す。


「……あーあ」


 つまらなくなったのか、彼はナイフをホルダーに仕舞い、こう呟く。


「何でこいつ、こんなつまらない武器、、、、、、、しか使わねえんだ……」


 小型ナイフを使用し、その上こよなく愛し、侮蔑する者全てを殺すことで有名な『刃先家』の人間が、呟いた。

 だがその言葉が些末なものであるかのように、刃先は立ち上がり、目の前に立つ9人にこう呼びかけた。


「さて、そろそろ始めるか」


 そして指を鳴らすと、それで全ての指令が伝わったかのように、9人の男は一斉に外へ出向いた。各々、別々の武器をもって。

 残った刃先は、欠伸を1つした。本当なら寝てしまいたいが、やはり戦闘もろくにせずに逃げた救羽を許さない怒りの方が強く、眠ることなど出来ない。


「……今度こそ殺してやるよ」


 そう言い、刃先も外に出る。その外は清々しいまでに濁った空気に包まれた、廃墟同然の町だった。

 刃先は深呼吸して、言う。


「『往名いにな』は、1つで十分だ」


 特別な奴なんて、2つも要らねえ――そう思って路地裏を出た時。

 刃先は、異国風な男と出会った。その男は赤いジャケットを羽織っていたが、そのジャケットは肩の辺りで千切れており、そこから筋肉質の体が見られる。両腕にはそれぞれ、龍と蛇のタトゥーが施されていた。さらに見ると、右手にだけ黒い手袋をはめていた。

 妙な風体ふうていの男だ――それが刃先の第1印象だった。だが、刃先にはこんな男を相手にしようとも思わないし、そもそもそんな暇などない。だから通り過ぎようとしたのだが。


「――見つけた」


 そう言って男が、手袋を外したところをふと見て、目を疑った。

 何とそこには、炎が宿っているではないか。何かの曲芸かとも思ったが、突如男は、その炎を自らに近づけてくる。

 刃先はそれを後方に飛んで避ける。


「っと、危ねえな、兄ちゃん」


 炎を振り回す男の眼は、相手を射竦めるような強さを持っていた。

 刃先はその視線に興奮した。

 この目の前にいる男、間違いなく殺人者だ。それもかなり強い――そんな印象を持つには十分な眼光だった。


「――動くな。動かなくても殺すがな」


 刃先は自らを殺害対象とする人間を、放っておくことなどできなかった。相手取るしかないのだ。

 だが、いかにも強そうなこの男を目の前にして、刃先の感想はこうだった。

 ――思う存分戦って、殺してえ。

 それは、狂ったこの地帯ではごく普通の感情だった。


「……何なんだてめえ、勝手に襲ってきやがって」

「俺は、依頼によってお前を殺しに来た者だ」


 刃先は、首を傾げる。


「依頼……?おいおい、何だよそりゃ。このご時世に何でも屋かよ。お前も大変だな。……しっかし、誰の依頼だ?」

「お前に教える筋合いはない」


 だがこの状況で可能性が最も高いのは、1人しかいない。


「あ、ひょっとして天城救羽って奴?」

「さあな」


 刃先はこのリオの返答で大体察しがついたわけだが、この男の正体が分からなかった。

 手から炎。何か仕掛けがあるわけではない。そもそも仕掛けをするくらいなら、肩まで破れたジャケットなんて着ずに、普通に長袖の服を着るだろう。その長袖にオイルを通す管などを通しておいて、炎を出す方がよっぽど自然だ。

 だが、目の前にいる男は、何の仕掛けもなく直接手から炎を出している。

 異能、、、と呼んで差し支えない。

 一体、この男は何者だ?


「てめえ、何者だ?依頼って言ってたし、『うけたまわり家』の人間か?それとも『灰焼かいしょう家』?或いは別の人間か?」

「お前が何を言っているのか、俺にはさっぱり分からんが――」


 男は、その瞬間には刃先との距離を詰めていた。


「――俺は、人間ではない」

「……へえ」


 刃先は男の炎を、余裕をもって躱し、笑みを浮かべた。

 ――こいつ、面白い。

 それだけの異能をもって、人間じゃない、、、、、、と言った奴は初めてだ。

 幸か不幸か、男はこの血の気の多い刃先権平に興味を持たれてしまったようだ。


「じゃあ何さ?化け物なんだろうけど。何となくでいい?神様か?」

「違うな、俺は神に直属する、、、、、、、魔人だ」

「――魔人!へえ!この世界には、人間の面して人間じゃない奴がいるんだねえ!しかも『神に直属する』と来たか!コイツは傑作だ!!」


 ますます面白い。

 そう思った時には刃先はナイフを投げていたが、それは男によって簡単に捉えられ、短い刀身を掴まれてしまっていた。そして、ナイフを砕き、使い物にならなくした。

 刃先は、その動体視力や運動神経を見て、やはり強敵だと確信した。

 殺し屋の血が騒ぐ。


「てめえ、面白いな!殺してやりたくなったぜ!!」

「お前に俺は殺せない」

「言うねえ。何、てめえはそんなに強いのかよ?」

「人間如きよりはな」


 言って、男は一瞬で刃先と距離を詰め、殴りかかろうとしていた。それを全て器用に避けていき、少し距離をとった。


「うひゃはっ!怖え怖え!!」


 刃先は完全に状況を楽しんでいた。

 ――罪ある者を焼いて裁く業火、『浄火』を前にして。

 その態度が癪に障ったのか、男は再び距離を詰めようとするが、その時顔面に何かが刺さった。

 紛れもなくそれは、道端に落ちているガラス片だった。

 だが何事もなかったかのように、男は、そのガラス片を顔から引き抜く。すると顔に残るはずの傷が、綺麗さっぱり消えていた。

 刃先は驚くが、これも人間ならざる者の力か、と思って獰猛な笑みを浮かべる。


「やっぱり面白いよてめえ――名前でも聞いてやる」

「……リオだ。これを冥土の土産にでもするんだな」

「冥土に行くのはてめえの方だ!」


 殺人者刃先権平と、魔人リオは、身構えた。

 だが、1つ言わなければいけないことがあるとすれば、この時点で両者は共に勘違いしていた、ということだろう。

 リオは、たかが人間ならすぐに決着が着くと思っていた。所詮は人間、身体能力でも魔人の方が勝るというのに、ましてや不死身だ。勝てないはずがない。

 一方で刃先は、リオの能力を尋常でない回復能力であると考えていた――不死身だと看破できなかった。いや、普通の人間では分かりもしないことだ。そもそも尋常でない回復能力を持つ魔人、という説明を何の疑いもなく受け入れ、混乱せず、畏怖もせず、こうして対峙する刃先の態度は、この『無人地帯』においては評価されるべきであろう。

 リオは、怒りの表情を浮かべ。

 刃先は、口が裂けそうな笑みを浮かべた。

 魔人と奇妙な人間の戦闘が始まった。

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