ブロークン・スラムライフ。

 リオは標的である刃先権平を探しに行った。

 店の外は薄暗い町であった。

 空気が汚れているせいか、光があまり届かないのだ。この近くには有害物質を吐くような工場は無いのだが、硝煙や砂埃など、様々なものが混じって濁った空気になっている。

 その空気に乗って鉄臭さ、血の臭い、埃っぽさ、硝煙の臭い、何かの腐乱臭――そういった一切が混ざった異臭が鼻腔を刺激する。ここの生活に慣れていないと、とてもではないが耐えきれない。

 濁った空気の中にある町は、かなり荒れていた。まずは道路。戦闘をしたのであろうか、血痕が至る所に飛び散っては凝固している。大量のガラス片も。

 昔は綺麗に舗装されていたに違いないアスファルトの道路は、ある場所では亀裂が入り、別の箇所ではえぐれ、最早車などは走れない。


 そんな道の上には時折、住む所を失った貧困層がいる。彼らは物憂げな表情でただうずくまり、何もしない。この世に対する希望を全て失ったような目つきで、只管ひたすら壊れた地面を眺める作業に徹する。

 中には、薬物で神経を毒され、廃人になる者もいた。その薬物を自分で作る者もいれば、路地裏を転々とする売人から買うこともある。何にせよ危険な薬物であることには間違いなく、その多くが幻視を伴うものであった。勿論、薬物が切れると人格が崩壊し、人を殺すことも少なくない。売人すらも殺すことがあるという。

 そんな終わりを迎えた人間は、地面に恍惚とした表情で寝そべっているか、幻覚により自らの腕を掻き毟って肌を破るか、人を殺しては薬を求めて物色するか、碌でもなかった。

 悲惨な末路だ。

 思いながらリオは、そんな様々なものが転がる地面を、何かが割れる軽快な音を立てながら歩いていく。


「……」


 その周りに立つ建物は、比較的状態の良いものが多い。つまり住むには何も困らない。だが、その大半の建物はガラスが全て或いはほとんどが破砕され、道路に破片を撒き散らしていた。中には建物の壁にひびが入っていたり、傷がついていたり、乾いた体液がこびり付いていたりしていた。

 建物からは、道路を睨む鋭い眼光が時折観察される。用意があれば、狙撃して相手から何か利益のあるものを奪うつもりなのだろう。戦争で言えば、ゲリラ戦に近いものがここでは常に行われている。


「……戦争、か」


 そう、戦争。

 かつてここ――『無人地帯』にも、政府が攻め込んできたことが、数十度あったそうだ。その目的は当然ながら、無法者達への処罰、及び街の再開発による復興であった。だが、当然黙って皆殺しにされることを許容できるはずもなく、『無人地帯』の人間たちは政府からの軍隊をゲリラ戦で徹底的に潰し、戦闘意欲を削ぎ取っていった。

 その結果、どの政府もこの地域を手に負えない、故に一切の攻撃をしない、と事実上放棄をしたのである。偶に義勇軍が『無人地帯』に攻めてくるが、全て返り討ちに遭っているそうだ。籠城で義勇軍が屈したこともあるらしい。

 籠城と言えば食料が不可欠だが、彼らの異常な食生活は、攻め込んだ政府軍さえも驚かせたという――そして、それは今も変わっていない。


「……」


 リオは、未整備の道路に這いつくばり、草を摘む女を一瞥した。その目的はここでは薬物生成ではなく、食料採集である。無論、毒草である可能性もあり、もし毒草に当たれば泡を吹いて死ぬ。その死体をリオは数十、数百――いや、数千は見たかもしれない。

 食料は植物だけに留まらない。辺りを跋扈し、或いは飛び交う爬虫類や昆虫もその対象である。主な調理法は、内臓の取れるものは取り、あとは火にかけて焼くくらいのものだ。下手したら寄生虫を飲み込む可能性があるが、彼らにはそんなことはお構いなしだった。生きていられれば――いや、その時々の欲が満たせれば、それでいいのだ。


 そうした食料ですら人々の間では奪い合いが起き、時折殺し合いとなる。その死体も、ゴロゴロと転がっていた。現にリオの目の前に今、腹を切り裂かれたまま口と腹から血を吹き出して息絶えた男が一人いた。

 だが不思議とそういう死体は、朽ち果てることなく忽然と消えていることが多い。この目の前にする死体も、数時間の内にいつの間にか消失しているだろう。リオはその現象を最初不審に思っていたが、ここの食生活から、ある事実を察した――そしてその推察は実際に当たっていた。


 要するに、人肉食、、、の横行である。だが、死体を殺して食べるならまだかわいい、、、、方で、中には自分で子供を産み、ある程度育てたらそれを殺して食べるというとんでもない所業を為す者もいたとのことだ。そこまでネジが外れていると流石にここにおいても浮きそうなものだが、この『無人地帯』では、その行為にすら誰にも、何も口出ししない。

 『無人地帯』。

 意味は、『人で無し、、、、の地帯』。

 確かにここは、終わっていた。


「……」


 こうして捜索開始から30分経つも、リオは標的を見つけられずにいた。見つかるのは、ただ廃墟と人と、そして音だった。

 先ほどから銃撃戦が展開されているようで、銃声や悲鳴、それに足音が混ざり合って聞こえる。どうも最近暴力団、、、の抗争が激しくなっているらしく、かなり危うい状態らしい。依頼にもなっていないこれに関してはリオは特に思う所はなく、早く終わらないかと思っていたくらいであった。

 辺りを見回しながら、独り言を言う。


「これ本当にいるのか……?つーか、あの本が壊れていたりしてな……」


 実はリオは、位置情報検索をした時に驚くべきものを眼にしていた。

 標的を示す赤い点が、10も存在する。

 それは即ち、刃先権平という人間が10人存在する、、、、、、、ということだ。

 普通はこんなことはあり得ない。何があっても、だ。

 例の黒い本が故障した、、、、ということだろうか。

 或いはこれが、『気狂イ』に関連するのか。やはりリオにはあの備考にある語が気になっていた。

 そもそも『気狂イ』が何を指すのか。『頭がおかしい』と言えるほどの、何かの特殊技能の持ち主なのだろうか。それは即ち人間ではないことになるが、彼はどう考えても人間だった。

 第一、人間でなければ『年齢』欄は29歳では済まない。魔人は人間よりも遥かに長寿なのだ。因みにリオは、人間年齢にすれば645歳である。

 リオは頭痛を覚えながら、刃先を探して続けた。


「こうなりゃ、1つ1つ潰すしかねえのか……?」


 ため息交じりに吐き捨てた、まさにその時。

 何の気なしに、標的――刃先権平が路地裏から出てきた。


「――見つけた」


 リオは右手の手袋を外して『浄火』を出し、戦闘準備に入った。

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