身売り少女の依頼。

 リオは椅子に座って、ただ黙っていた。

 他にすることもないので、静寂の中ただ考えていた。


「……確かに、魔人だけじゃないな。罪深いのは」


 黒手袋をはめた右手を眺めながら、独り言を続ける。


「人間にも、『煉獄官』は必要なのかもな――罪ある者を裁く者が」


 魔人、、煉獄官、、、

 リオの正体である。

 手(或いは体の一部)に宿る炎で、罪人を焼き殺す、、、、、、、、『死神』のような存在。

 普段はその炎――『浄火じょうか』を特殊な布で覆い隠している。リオの場合は手袋だ。

 そして本を用い、罪人を探し、ただ殺す。

 そういう使命を負った魔人だった。


「……」


 『煉獄官』のリオは、自身の胸を触った。

 上面奏に刺突された、無傷、、の胸。

 彼は『煉獄官』の中でも――いや、魔人の中でも唯一の、、、、不死身の力を持っていた。

 先程の戦闘のように、心臓をナイフで貫かれても死なない上、一瞬で傷が癒えて再生する。そういう類の能力。

 否、彼にしてみれば、呪い、、と言うべきか。


「……こんなもの」


 彼はこの不死身の力を嫌っていた。

 死なない、ということは無痛とは同義ではないのだ。つまり死ぬ時はしっかり痛いし、その記憶は残る。一生のトラウマになりかねない傷も負ってきた。

 そんな能力を、嫌わない訳がなかった。

 しっかり死にさえすれば。

 今頃、あの少女、、、、だって。


『――リオ』


 ふと、彼女の笑顔が浮かんだ。

 眩し過ぎるほどの笑顔が。


「……今日は考えすぎたな」


 リオは椅子から立ち上がり、奥の部屋の寝床で少しだけ眠ろうとした。魔人にとっては睡眠は嗜好でしかなく、従って眠る必要はない。リオが眠ろうとしたのは、ただの気晴らしのためだ。

 考えすぎた頭を冷やすための、ただの気晴らし。

 だがその時、ドアが微かにノックされる音が聞こえた。

 恐らく依頼者。であるならばリオには断る理由がない。何せこの店は『24時間受付中』なのだから。


「……入れ」


 リオがドアに向かってそう呼びかけると、ドアが静かに開き、その向こう側から1人の少女がやってきた。

 可愛らしかった。年は14、15歳ほどか。長く艶やかな黒髪を持ち、潤っているように見える綺麗な眼をしていた。肌は白めで、なめらかな感触がするであろうことが想像できるものだった。白のワンピースを着ていて、清廉な印象を受ける。しかし先程の依頼人の男と同様、あまり清潔とは言えない格好だ。


「あ、あの……」


 か細い声で少女はリオに尋ねようとする。その時には、リオはこの少女のことを見つめていた――否、少女に見惚れていた、と言ったほうが近いか。

 それは、とある個人的な理由――彼の過去によるものではあったが。

 あの、さっきの笑顔の少女。

 彼女に瓜二つなのだ。

 あまりに似すぎていて心臓が止まるかと思った。

 だがそんなことはおくびにも出さず、リオはその言わんとしていることを読み取ってやり、言うことにした。


「依頼か?」


 少女は、小さく首肯する。


「それなら、そこのソファにでも座っていてくれ」

「え、あ、はい……」


 少女は力なくそう返し、大人しくソファに座った。


「さて、まずは依頼内容を聞こうか」


 リオもソファの方へ向かい、少女と向かい合うようにして着座する。少女は消え入りそうな声で1つ1つ言葉を紡いでいった。


「あ、あの……私、天城あまぎ救羽くうって言います。あなたは、人を殺してくれると、少し聞いたので、訪ねて、きました……」


 大人しそうな口調に物騒な物言いが混ざるが、リオは気にせず少女――天城救羽の話の続きを促す。


「……私の家族を殺した人を、どうか、殺してください……」


 その時、救羽は顔を下へ向けた。泣いてはいないが、何もできずに逃げてきた自分のふがいなさからか、ワンピースを手で握った。

 リオは同情しない訳ではなかったが、何となく事情は分かったために依頼を受領しにかかる。


「では、今『これならあげられるもの』があるか」

「……は、はい」


 救羽は、報酬の話だと分かると、顔をゆっくり上げてから、答えた。

 今までの弱弱しい声が嘘であるかのような、はっきりした声で。


私自身、、、です」

「……は?」


 リオは、耳を疑った。

 取り敢えず、もう一度聞き直すことにした。


「……もう一度聞くぞ。『これならあげられるもの』はあるか」

「私自身です」


 やはり即答した。その返答は本気であった。


「……私には身寄りがありません。命からがら逃げてきたので、服以外には、何も持っていません。だから……私自身を。どうしてくれても構いませんから、お願いします……」


 リオは困惑した。

 当然だ。依頼の報酬がいきなり依頼者本人と言われて、戸惑わない者などいないだろう。いるとしたら相当な変人だ。

 そしてリオはその報酬――救羽を引き取ることに抵抗があった。それは、勿論ここから先彼女の面倒を見ることになるという負担もあるが、それ以上に、先にリオが少女に見惚れた根源となる過去によるものだった。

 だが、悲痛な声で切に願う救羽のその姿に、リオは無下に断るわけにもいかなかった。とんでもない報酬だが、これ以外にあげられるものがないなら仕方がない。

 それに、依頼を受けられるかどうかを決めるのはリオではない。鎖に巻かれた黒い本だ。


「……分かった。その依頼を受諾する。だが、その前に幾つか質問をさせてくれ。返答次第では、依頼を断ることになるからな」

「え……」


 断ることがある、という言葉を聞いて不安になる救羽だったが、ソファから立ち上がり、鎖の巻かれた黒い本を取り出そうとするリオは少し付け加える。


「断ることがある、ってのは、滅多にないことだ。安心しろ」

「……で、では、よろしくお願いします……」


 他に選択肢のない救羽は、そう答えるしかなかった。それに対し、黒い本を取り出してソファに座り直したリオは、まず右手の手袋を外す。すると右手からは、黒い炎が出現した。


「……」


 救羽はその光景に驚愕したが、すぐに興味深げな表情になった。

 リオは構わずその炎を錠前に翳し、鎖を錠前に巻いてもらう。次々起こる超常現象は、救羽にとっては、驚嘆の連続であった。人間からすれば当然の反応だろう。

 錠前を机の上に置いて、リオは質問を開始する。


「では、質問するぞ」

「は、はい……」

「まず、殺してほしい人の名前は」

「……刃先はさき権平ごんべいです」

「性別は」

「男です」

「年齢は」

「……分かりません」

「身体的特徴はあるか」

「えっと……黒くて短い髪に、ナイフを持っています。顔に傷があった気がします」

「なるほど」


 最低限の情報を聞き出したリオは、炎を纏った手を本に翳して命令する。


「――探せ。名は刃先権平。性別は男。黒い髪にナイフを所持、顔に傷がある」


 命令を受け付けた本は、すぐさま独りでにページを捲り始めた。その光景にも救羽は驚きを隠せない。

 暫くして本は動きをやめ、とあるページを表示した。


『名:刃先 権平(Gonbei Hasaki)

性別:男

年齢:29歳

罪状:殺人246件(被害人数351人)

備考:気狂イノ可能性アリ、注意サレタシ。

依頼執行対象、速ヤカニ葬ルベシ』


 そこには黒の短髪に170cmほどの身長、左頬に切り傷の痕がある男の写真と、彼のプロフィールが載っていた。

 依頼はこれで受け付けることになったのだが、リオには気になる文言があった。

 『気狂イノ可能性アリ、注意サレタシ』の一文だ。これが書かれる備考は、特に注意しなければならないという警告の意味合いがある。他に例を挙げるとすれば、『不可思議ナ術ヲ用イル、注意サレタシ』などがある。

 では、『気狂イ』とは一体どういうことなのか。

 ……一先ずリオは、居場所を探し当てることにした。


「……居場所を提示せよ」


 そうして本の上に提示された居場所を見て、リオは驚愕した。

 ……これが、『気狂イ』の正体か?

 そう思わせるには十分なものだった。

 だがこんなところで考えても仕方がない、と割り切ったリオは、依頼が受け付けられるかどうか、緊張の面持ちで待っている救羽に返答してあげた。


「依頼は確かに承った。天城救羽の身体を授かり、確実に標的を葬ろう」


 救羽の顔は少しだけ安堵に包まれた。


「……是非、お願いします」


 憎しみと期待の混じった、少し力強い声でそう答える。

 リオはその声を聞きながら、手袋をはめ直して炎を抑え、本を元に戻し、机の引き出しにしまい、ドアへと向かっていく。


「ここで大人しく待っているんだ」

「は、はい……」


 救羽は、不安げにそう答えた。

 その答え方に、リオは少し振り向く。

 ……やはり、彼女、、とは違うか。リオは救羽のその様子を見て、過去を想いながら思った。

 だが依頼を受諾した以上、救羽を引き取るのはまず間違いないだろう(そんな理由で依頼をわざと失敗させたら、色々と信頼面で問題が出る)。であればこれから先、リオはこの少女と生活を共にするわけだ。

 ここで1人の少女の悲しみに対処できなければ、後々苦労することになるだろう。

 リオは一先ず、不安げな救羽を見てこう言った。


「ああそうだ、冷蔵庫には食料が入っているから好きに食べていいぞ」

「え、冷蔵庫……?」

「奥の部屋にある。本当は俺の寝室だが、そこに入っていても一向に構わない――めぼしいものはないかもしれんがな」

「……わ、分かりました……。あ、冷蔵庫って、何が入っているんですか……?」

「まあ、ネズミとかミミズとかだ」

「……えっ」

「基本的にはそのまま食べるが、気が向いたら焼いたり煮たりして」

「ええええええええ!!?」

「興味があるなら見てもいいぞ」

「み、見ませんっ!断じてっ!」

「そうか?貴重だぞ、冷凍保存のネズミ。いい蛋白源だしな」

「もうやめて下さい……」


 救羽は、頭を抱えて小さく悲鳴を上げた。その様子を見て、リオは「冗談だ」と真顔で言う。


「うっ、うぅ……見ませんし、食べません、私は、食べませんから……」


 呟きながら、救羽はリオに訴えかけるが、リオは既に出かける準備を終えていた。


「じゃ、大人しく待ってろよ――絶対に帰って来てやるから」

「……あ、はい……」


 こうして救羽の不安さを一時的にでも取り除けたのを確認してから、リオは死地へと乗り出したのだった。

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