煉獄青年

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復讐劇の始まり。

開幕は、心臓への刺突と共に。

少女との出会い。顕現する違和。


――――――――――


「あなたは神を信じますか?」


 こんな質問をされた時、どう答えるだろうか。怪しい宗教勧誘などそういう話は抜きにしよう。その答えが肯定否定どちらにせよ、それは個性でしかないからどうこう言うつもりは一切ない。

 だが仮に、この質問をある地域、、に投げかけてみるとしよう。

 一様に、その住民の回答は「いいえ」となるはずだ。


 何故ならその世界は、神を信じるには、あまりにも廃れ過ぎたからだ。


 それは、この物語の者達にとっても同じこと。

 廃れた、忘れてしまいたくなるほどに黒い過去を持った者達だって、神を信じられないだろう。


 これは、復讐の物語。


***


「……それで、本当に、やってくれるんですか?」


 『無人地帯』、と呼ばれる地域がある。

 街も廃れ、人も狂った、どこの国からも見捨てられた『終わった土地』だ。

 この地域では、そこそこ有名な店が構えられていた――名前は、『Murderer House』。『殺人者の家』など、非常に物騒な名前だ。なお、その横には小さく、『24時間受付中』とご丁寧に書いてある。

 この店で請け負う仕事は、『24時間受付中』とコンビニのような付言にはまるで似つかわしくないものであった。

 人殺し、、、である。

 その物騒な店には、ほとんど無駄なものが置かれていなかった。あるのは、探偵事務所よろしい家具と部屋構造ばかり。

 店主兼依頼執行人の座るデスクと椅子、その前に小さな机とそれを挟むように、向かい合わせに置かれたソファが2つあるだけだった。店主のデスクの向こう側は更に空間が続き、部屋が2つほどあった。その内1つを彼は、寝床として使っている。

 その店のソファに、向かい合うようにして、店主の男と依頼人の男とが座っていた。

 1人は、冒頭で声を出した依頼人の男性。顔色は悪く、痩せこけていた。服はボロボロで、体も汚れている。その上、所々に血がついており、彼自身も何箇所か怪我をしていた――ナイフによる裂傷が、いくつも。

 依頼人の男は、目の前に座る男――店主兼依頼執行人に、縋るように言っていた。

 彼は傍から見たら、少し怖いかもしれない。筋肉質の体、髪が黒で瞳が青で、顔は外国人のよう。袖が肩から千切られたような赤いパーカーを着て、そこから覗かせる右上腕と左上腕には、それぞれ龍と蛇のタトゥーが施されていた。右手にだけ、黒い手袋をはめており、何かの名前なのか、その黒い手袋には赤い文字で、『Sfragida』と書かれていた。

 店主兼依頼執行人は、依頼人に対して口を開く。


「心配するな……、その程度なら長くはかからない」


 彼は続ける。


「で、成功報酬だが……」

「は、はい……」


 依頼人は、少し身を強張らせながら言葉を待つ。無理もない。殺人を要求するのだから、それ相応の報酬が必要になるだろう。

 金か、臓器か。家族という選択肢もある――依頼人には家族などいないのだが。

 次第に悪い方向へと想像を働かせる中、店主は口を開いた。


「お前は今、『これならあげられる』というものがあるか?」

「……え、何ですか……?」


 依頼人は耳を疑って聞き直したが、結果は同じだった。


「『これならあげられる』――そんなものを持っているか?」


 それは、人殺しを稼業としている者が見たら有り得ないと思うような報酬内容だった。

 逆に言えば、「何でもいい」のだ。

 依頼人は店主の言葉を数秒して理解し、ポケットから何かを出して言った。


「こ、これは……?」


 そこにあるのは、血のこびり付いた小さなナイフ。店主はそれを受け取って、少し観察してから、それを机の上に置いた。


「……了承した」

「えっ!?」


 思わず声を上げた男に、店主は怪訝そうな顔をする。


「何だ、この報酬では駄目だというのか?ならば臓器でも寄越すか?」


 依頼人の男は、表情を強張らせる。


「そ、それは……」

「冗談だ」


 茶目っ気もない冗談を言った店主は、笑みも浮かべずにソファから立ち上がって、奥にあるデスクへと向かいながら言う。


「だが、その前にいくつか聞かなければならないことがある。それで上手くいかなければ、、、、、、、、、依頼は不成立になる。そのナイフを持って、残念だが去って欲しい」


 確実に大丈夫だろうが、と付け加えて、店主はデスクからとある本を取り出した。

 それは、黒い本だった。タイトルが赤文字で書かれているが、判読不能。分かるのは、本に巻き付かれた鎖と、その鎖を出している錠前だった。

 リオはソファに座りながら男に訊く。


「さて、質問をする。いいか?」

「……はい、お願いします」


 先のリオのセリフの訳が分からぬまま、依頼人は姿勢を正した。店主は、それを見て質問をし始める。


「まず、殺してほしい人の名は?フルネームでなくてもいい」

「……上面うわづら、と言った気がします」

「性別は」

「女です」

「年齢は」

「恐らく、17~19歳くらいです」

「身体的特徴はあるか」

「黒く長い髪をしていました……身長は私より少し高いくらいでしょうか」

「成る程」


 店主は、それだけ聞くと、次に、右手にはめてある黒い手袋を外した。

 すると、その右手から、黒い炎が溢れ出た――否、手袋によって押さえつけられていた炎が顕現した、という方が正しいだろう。

 依頼人が驚くのに構わず店主は、その炎を錠前に翳す。すると、錠前から何か金属音が鳴り、次の瞬間にはその錠前に、鎖が引き込まれていった。さながらメジャーのように。

 鎖を回収しきった錠前を、店主は机の上に置き、続けて、本に向かってこう言い放った。


「――探せ。名は上面、性別は女、年齢は10代後半と見られる、黒い長髪、身長は目の前の男より少し高い」


 すると本は、まるで魔法にでもかかったかのように、独りでにページを捲り始めた。

 依頼人は、続けざまに繰り広げられる超常現象の数々に頭が追いつかなかったために、黙って見ているしかなかった。

 本はその内ページを捲るのをやめ、とあるページを表示した。そこには、こう書かれていた。


『名:上面 奏(Kanade Uwazura)

性別:女

年齢:満18歳

罪状:殺人86件(被害人数349人)

依頼執行対象、速ヤカニ葬ルベシ』


 その情報と共に、1人の少女の写真が貼ってあった。彼女は確かに黒い長髪を持ち、彼女の背後にある目盛り付きの壁により、身長が163cmであるとも分かる。一体、どこの写真だというのか。

 ともかく、これで殺す対象は分かった。後は|探す《、、》だけだ。


「……居場所を提示せよ」


 店主が名も無き本にそう言うと、1つページを捲り、『無人地帯』の地図を出した。その中に、1つ移動する赤い点があった。それが、標的である上面であった。その位置を確認する。


「――依頼は確かに承った。このナイフを授かり、確実に標的を葬ろう」


 店主は黒い手袋をはめ直しながら、ソファから再び立ち上がり、黒い本を開いたまま机の上に置き、それからドアへ向かって歩く。


「では、ここで待っていろ」


 茫然とした依頼人をよそに、店主はそのままドアを開けて、外へと出た。


「……まあ」


 出てドアを閉めるや否や、1つ溜息をついて、言葉を続ける。


「もう、店の前に来ているんだけどな」


 そこにいたのは、1人の少女――まさしく上面奏だった。その右手には、血塗れのナイフを握り、かつて白かったであろう服は、見事に赤く染め上がっている。彼女の顔は、酷く、醜く、歪んでいた。


「……ねえねええ、この辺にさあ、男の人来てない?」


 上面は微笑を浮かべながら、そう尋ねた。正直言って、不気味だ。

 店主はそれに対して、あろうことか、首を縦に振って答えた。


「ああ、今もこの中で殺されないかと震えているぞ」


 依頼人が聞いたら卒倒しそうなセリフをさらりと吐く店主。


「へえええ、ありがと~!殺すからそこどけ~」


 しかし店主は、こうも言った。


「だが、お前にそいつは殺せない――お前がここで死ぬからな」


 一瞬きょとんとしたが、上面は狂ったような笑みを浮かべた。


「えええええええへへへへ…………おにーさん、面白いねえ」


 店主の言葉に、上面はそう言いながらも、ナイフを構えて戦闘態勢に入った。確実に殺す気だ。


「最後に聞いてあげる……名前はあ?」


 刹那、上面は、店主に向かって一直線に飛んでくる。ナイフで心臓を狙いながら。

 だが店主は、一切避ける素振りを見せずに、上面の質問に答えた。


「……リオだ。冥土の土産に覚えておけ」

「死ぬのはっ――」


 上面は既に、店主――リオの眼前にまで来ていた。一瞬後にナイフは、皮を突き破り、肉を裂き、骨を力任せに折って、心臓に突き刺さった。


「お前だ!!!」


 リオは心臓にナイフの一撃を受け、上面に向かってうつ伏せに倒れ込む。そのまま刺さったナイフの束が地面に当たり、自重でリオの心臓に更に深く食い込んだ。そして、ナイフの傷口から、血が泉のように湧きだし始めた。

 勝負あった。


「……あーあ、無駄死にしちゃったわね」


 上面はリオを蹴って仰向けにし、心臓に突き刺さったナイフをさっさと抜き出そうとした。後はドアを開けて、依頼人を殺すだけだ。

 ナイフを、しっかり掴む。

 抜く時が快感なのよね、と狂ったことを上面は思いながら、ナイフを引っ張った。

 だが上面は、リオの心臓からナイフを抜き取ることができなかった。


「……ん?え?」


 理由は単純だ。


「……は?」


 死んだはずの、、、、、、リオの手が、、、、、上面の手を、、、、、掴んでいたからだ、、、、、、、、

 あろうことかリオは、血を吐きながらも上面に対して口を開いた。


「――おい、勝手に終わせるな」


 そして上面の手を掴んだまま、ナイフを自分の体から抜き取り始めた。


「まあ、終われない、、、、、だけだが」


 上面の顔は青ざめた。

 何だ、この男は。

 目の前の異常現象に対して湧いてきた言葉は、それだけだった。

 ナイフが完全に体から抜け、体から血が吹き出た。だが、それもすぐに止んでしまった。

 傷口が一瞬で塞がった、、、、、、、のだ。


「ば、ばけ、もの――」


 上面は思わずナイフを手から落としてしまった。彼女はそれをすぐに拾って対抗しようとするが、瞬間、リオに顔面を蹴られてしまう。それによって彼女は上方に飛ばされ、放物線を描くようにして地面に叩きつけられた。


「カッ――ハ……」


 すぐさまリオは、逃げられないように彼女の両足を踏みつけて踏み砕いた。

 案外、軽快な音が鳴った。


「ウッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」


 あまりの痛みにどうしていいか分からずに絶叫する。足をばたつかせようとして激痛が走り、今度は手を地面に叩きつける。完全に錯乱していた。

 そう、勝負はあった、、、、、、のだ。

 最初から、上面に勝ち目などなかった。

 リオはその隙を見て、右手の手袋を再び外し、黒い炎を出現させた。


「あ……あっ、や、だ……」


 上面は次に何をされるか、何となく悟った。

 逃げなくては、殺される。

 殺されて、死ぬ!

 手を地面で掴み、這って逃げようとする。

 リオがそれを逃すわけが無かった。直ぐに追い付き、手の甲を踏みつけて砕いた。


「っっっっあああああああああああっ!!!!」


 もう彼女に、助かるための手足は残されていない。

 水を失った魚のように、死を待つ身だ。

 黒い炎が、涙で濡れる上面に近づく。


「嫌……痛いのだけはっっっ!!もうあんなことしないからっっ!!」


 だが、意に介さずゆっくりと近づけ、身悶える上面に容赦なくその炎を触れさせた。

 一瞬にして炎が、彼女の体を包んだ。


「ああ!?ああああああああ!!ああああああああああああああああ!!!!!!!」


 上面は更なる全身の痛覚に気がおかしくなった。その内少女の叫びは消えていき、静かに、着実に、彼女の体を燃やし尽くしていった。そして、後には何も残らなかった。


「……さて、仕事完了だ」


 リオは右手に手袋をつけて再び炎を封じ、店へと戻った。


「……本当なら首でも持って帰って証拠を見せるんだが、今回は必要ないだろう」


 彼が店に入って見たのは、窓からその惨状を見て気絶した男だった。


「こいつが気絶しているのが、何よりの証拠だ」


 リオはソファに寝転がり、男が起きるのをただ待った。


***


 男が目覚めたのは、それから1時間経ってからであった。


「……ん」

「お、ようやく目覚めたか」


 リオはソファから下り、男の下へと開きっぱなしの黒い本を持って行った。そこには、上面のプロフィールが書いてあった。


「こいつは罪を償った――痛みでもってな」

「……」


 男が目を瞬かせていると、本から上面のプロフィールが、徐々に消えて行った。


「……え」


 数秒するとそれは完全になくなり、代わりに別の文字が浮かび上がった。そこには、『上面奏、執行完了』の文字があった。


「こ、これはどういう――」

「どういう、って……」


 リオは本を閉じ、机の上に置いてある黒い炎を纏う錠前を本に翳した。すると、錠前から炎が消え失せ、鎖が射出されて本を巻き付けた。


「ここまで見せられて、人間じゃない、、、、、、ってのは分かるだろ?」


 報酬としてのナイフを手に取ったリオは、それを何回か空を切るように振ると、再び机の上に置いた。


「報酬も受け取った――さあ、いいから大人しく帰るんだ」


 人ならざる者、リオ。

 彼は男に向かってそう言い放った。男はここまで言われると、帰るしかなかった。

 男が出て行った後、リオは独り言つ。


「――これ以上説明するのも面倒だしな」


 彼は本を店主用の机の引き出しに戻し、椅子に座り、再び依頼人を待つことにした。

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