弐席目 地蔵――「真景累ヶ淵〜宗悦地蔵」裏話

弐席目 枕

 おばんでございます。……こりゃいつもの顔ぶれで。ようこそおいで下さいました。こんな死に損ないの噺を聞きに来てくれるなんてなぁ、嬉しいじゃござんせんか。とはいえ、知らない顔もちらほら。

 では、改めまして、羆亭親爺ひぐまていおやじと申します。棺桶に片足突っ込んでる死に損ないでございます。……何? それはいいから噺を始めろだとォ? 手前テメェはな、アンタに言ってんじゃないんだよ。ほれ、そちらの初顔さんに言ってンの! ……まったく、顔覚えられたからってデケぇ面しやがって、そんなだから顔覚えちまうんだよ!

 ……大変、失礼致しました。さて、今宵も怪談噺を一席設けさせていただきやす。

 えー、さて、先日は「お菊の皿」ってぇ噺をさせていただきました。……あン? 噺じゃなくて裏話だったってェ? あーっ! あーっ! 今日は富士山が見えねぇなぁ。……ちょっとアンタ、そりゃあンときだけの秘密って言ったじゃないですか! 師匠にバレたら、アタシゃ、「門外不出の企業秘密をバラしたなぁぁぁ」って祟られちまうんですから! おお怖っ!

 とはいえ、手前もいい齢喰らってますからなぁ、どーせ先ぁ長くねぇンだ、じゃんじゃん行かせていただきますよ。それが今の時代のスタンダード、「情報開示」って奴でさぁ。


 ――閑話休題それはさておき

「品川の変わりモン」こと、平賀源ひらがみなもと「ぐうたら武士」の蜷川信三郎にながわしんざぶろうの二人が暴いた「お菊の皿」のからくり。幽霊の正体は、欲に目がくらんだ悪人だ、と信三郎は息巻いておりましたが、蓋を開けてみりゃあ、これがまた屋敷と御曹司を思う、勘定方の庄兵衛が仕組んだ忠義のからくりだったってんだから、世の中、そんな悪い話ばかりでもございません。

 まぁ、信三郎にしてみれば、おのれの浅はかな推理をみなもに看破され赤っ恥をかき、その上みなもが蕎麦だのあんみつだのと、我が物顔で自分の財布を空っぽにしていく。まるで、この世にゃ「金」という、別のからくりがあるんじゃねえかと、信三郎はぼやいておりましたが、それはまた別の話。

 花の江戸は八百八町、古今東西、不思議な話が数多あまたございます。人の情が絡むもの、欲が引き起こすもの、はたまた、とんだ勘違いから生まれるもの――とまぁ、こいつらも百花繚乱、そのどれもが一見すると道理では片付けられぬ「怪異」に見えちまうんですが、よぉく見てみりゃあ、そこには必ず、何らかの「ことわり」が隠されているもんでございます。

 今日ご紹介いたしますは、とある仏師の身に降りかかった奇妙な出来事――


 その仏師、名を宗悦そうえつと申します。

 この男、腕は確かなんですが、どうにも世渡りが下手へたでしてね。碌な仕事にありつけず、その日暮らしの貧乏暮らし。細々と地蔵じぞうなんぞを彫りながら、糊口ここうをしのいでおりました。腕は良いのに、どうにも不器用な男だもんで、手前なんざぁ、それならいっそ何処ぞのぐうたら侍に弟子入りでもすればいいじゃねぇか、と思いますもひたすら仏を彫るばかりでございました。

 ただ、周りからは「仏の顔は三度までたぁいうが、宗悦の仏は百度彫っても人に笑われる」と、影で笑われてるのが玉に瑕。まぁ、元々仏さんを彫り始めたのも他にすることがなかったからってぇのが理由だもんで、当たり前っちゃぁ当たり前。とはいえ、そこまでの腕を身に着けたんですから、習うより慣れろと言うか、門前の小僧習わぬ経を読むと言うか。

 そんな宗悦の元へ、ずいぶん身なりのいい男が訪ねてきたんでございます。

「仏師の宗悦殿でございますか?」

「は、はい。手前が宗悦でございますが……」

 宗悦は突然の来客に目を丸くしました。何せ、この貧乏長屋にまともな、しかも自分目当てに客など来たためしなんざぁありゃしませんから。

「実は、貴殿に頼みたいことがございまする。この度、故郷に寺を建立することになりましてな。そこに安置する地蔵菩薩像を、是非とも貴殿に彫っていただきたく、参上つかまつりました」

 宗悦は耳を疑いました。腕がいいとは申しましても、高名な仏師に弟子入りした訳でもなし、ただただ我流で彫り続けてきただけの話にございます。そんな男に、寺に安置するほどの本格的な地蔵を依頼するとは、揶揄からかわれているんじゃないか、と半信半疑。しかし、男は真剣な眼差しで、畳に頭を擦り付けて懇願する。

 そこまでされて断ったんじゃぁ――とまぁ、これでも一応は仏師の端くれってなもんで、宗悦は深々と頭を下げたんであります。

「承知致しました。拙僧、命に代えてもご期待にお応えいたします!」

 実のところ、これでしばらくは貧乏暮らしから解放されると、胸を撫で下ろしてたところもあるんでしょうな。

 ところが、話を進めていくうちに、男の声がいきなり小さくなった。

「つきましては、恐縮ではございますが……その地蔵の胎内なかに、ある物を納めていただきたいのでございます」

胎内なかに……で、ございますか?」

「ええ。人には言えぬ、大切な物でしてな。他ならぬ宗悦殿の腕を信じ、このようにお願いに上がった次第。何卒、内密にお願いいたしまする」

 男はそう言って、持っていた風呂敷包をずいっと前に出す。そして、辺りをキョロキョロ見渡しますと、一つため息を付いて包を解き始めたんであります。風呂敷の中には更に包み紙に包まれた、ずしりと重そうなものが出てきまして、それを宗悦の前に差し出したんでございます。

 宗悦はそれをそのまま自分の前に持ってこようとして驚いた。その重さもさることながら、包み紙越しでも伝わる、薄ら冷たい金属かねの感触―― 

 男は宗悦の顔を一瞥してから紙包みを開けたんでございますが、中から現れたのは、眩いばかりの金塊。いやはや、宗悦が一生かかってもお目にかかれないような代物でありました。

 宗悦はその金塊の輝きに息を呑みましたが、同時に胡散臭さも感じずにはいられませんでした。しかし、これで得られる報酬を考えれば、背に腹は代えられません。それに、仏像の心とも言える場所に何かを納める――というのは珍しいことではありますが、全く前例がないわけでもございません。

「……承知いたしました。確かにこの宗悦、お預かりいたします」

 宗悦はそう言って金塊を預かり、男の奇妙な依頼を引き受けたんでございます。


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