弐席目 地蔵――「真景累ヶ淵〜宗悦地蔵」裏話
弐席目 枕
おばんでございます。……こりゃいつもの顔ぶれで。ようこそおいで下さいました。こんな死に損ないの噺を聞きに来てくれるなんてなぁ、嬉しいじゃござんせんか。とはいえ、知らない顔もちらほら。
では、改めまして、
……大変、失礼致しました。さて、今宵も怪談噺を一席設けさせていただきやす。
えー、さて、先日は「お菊の皿」ってぇ噺をさせていただきました。……あン? 噺じゃなくて裏話だったってェ? あーっ! あーっ! 今日は富士山が見えねぇなぁ。……ちょっとアンタ、そりゃあンときだけの秘密って言ったじゃないですか! 師匠にバレたら、アタシゃ、「門外不出の企業秘密をバラしたなぁぁぁ」って祟られちまうんですから! おお怖っ!
とはいえ、手前もいい齢喰らってますからなぁ、どーせ先ぁ長くねぇンだ、じゃんじゃん行かせていただきますよ。それが今の時代のスタンダード、「情報開示」って奴でさぁ。
――
「品川の変わりモン」こと、
まぁ、信三郎にしてみれば、
花の江戸は八百八町、古今東西、不思議な話が
今日ご紹介いたしますは、とある仏師の身に降りかかった奇妙な出来事――
その仏師、名を
この男、腕は確かなんですが、どうにも世渡りが
ただ、周りからは「仏の顔は三度までたぁいうが、宗悦の仏は百度彫っても人に笑われる」と、影で笑われてるのが玉に瑕。まぁ、元々仏さんを彫り始めたのも他にすることがなかったからってぇのが理由だもんで、当たり前っちゃぁ当たり前。とはいえ、そこまでの腕を身に着けたんですから、習うより慣れろと言うか、門前の小僧習わぬ経を読むと言うか。
そんな宗悦の元へ、ずいぶん身なりのいい男が訪ねてきたんでございます。
「仏師の宗悦殿でございますか?」
「は、はい。手前が宗悦でございますが……」
宗悦は突然の来客に目を丸くしました。何せ、この貧乏長屋にまともな、しかも自分目当てに客など来たためしなんざぁありゃしませんから。
「実は、貴殿に頼みたいことがございまする。この度、故郷に寺を建立することになりましてな。そこに安置する地蔵菩薩像を、是非とも貴殿に彫っていただきたく、参上つかまつりました」
宗悦は耳を疑いました。腕がいいとは申しましても、高名な仏師に弟子入りした訳でもなし、ただただ我流で彫り続けてきただけの話にございます。そんな男に、寺に安置するほどの本格的な地蔵を依頼するとは、
そこまでされて断ったんじゃぁ――とまぁ、これでも一応は仏師の端くれってなもんで、宗悦は深々と頭を下げたんであります。
「承知致しました。拙僧、命に代えてもご期待にお応えいたします!」
実のところ、これでしばらくは貧乏暮らしから解放されると、胸を撫で下ろしてたところもあるんでしょうな。
ところが、話を進めていくうちに、男の声がいきなり小さくなった。
「つきましては、恐縮ではございますが……その地蔵の
「
「ええ。人には言えぬ、大切な物でしてな。他ならぬ宗悦殿の腕を信じ、このようにお願いに上がった次第。何卒、内密にお願いいたしまする」
男はそう言って、持っていた風呂敷包をずいっと前に出す。そして、辺りをキョロキョロ見渡しますと、一つため息を付いて包を解き始めたんであります。風呂敷の中には更に包み紙に包まれた、ずしりと重そうなものが出てきまして、それを宗悦の前に差し出したんでございます。
宗悦はそれをそのまま自分の前に持ってこようとして驚いた。その重さもさることながら、包み紙越しでも伝わる、薄ら冷たい
男は宗悦の顔を一瞥してから紙包みを開けたんでございますが、中から現れたのは、眩いばかりの金塊。いやはや、宗悦が一生かかってもお目にかかれないような代物でありました。
宗悦はその金塊の輝きに息を呑みましたが、同時に胡散臭さも感じずにはいられませんでした。しかし、これで得られる報酬を考えれば、背に腹は代えられません。それに、仏像の心とも言える場所に何かを納める――というのは珍しいことではありますが、全く前例がないわけでもございません。
「……承知いたしました。確かにこの宗悦、お預かりいたします」
宗悦はそう言って金塊を預かり、男の奇妙な依頼を引き受けたんでございます。
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