壱席目 結

 いやはや、それにしてもでございます。世の中には奇妙なからくりがあるもんで。人間ってぇのは幽霊だの妖怪だのと騒ぎ立てますが、案外一番怖いのは人間の心ン中にある欲だの、はたまたその裏にある思わぬ忠義だの情念だのでございましょ?

 幽霊だ幽霊だ、と騒ぎ散らかしたあげくにとんだ見当違い。これじゃあ、幽霊も草葉の陰で笑っちまいまさぁね。


 かくして、番町の旗本屋敷に蔓延はびこってた怪談騒ぎは、みなもの手によって見事に解き明かされ、庄兵衛の忠義の心が明らかになったんでございます。

 御曹司にしてみりゃあ、幽霊騒ぎが実は勘定方の庄兵衛の苦肉の策だったってんで、最初は怒り心頭。烈火のごとく怒鳴り散らしたそうでございますが、みなもが庄兵衛の真意を事細かに説明し、加えて信三郎が悪友の惨状を付け加えて語りますと、さすがの御曹司も、これにはぐうの音も出なかったとか。

 さて、その日からでございます。御曹司はすっかり酒や博打から足を洗い、屋敷の立て直しに真剣に取り組むようになったと聞き及んでおります。庄兵衛の仕組んだからくりは、皮肉なことに、本当に御曹司の中の「化物退治」となった訳ですな。

 御曹司の不興を買った庄兵衛が干されていたのはほんの一日だけで、御曹司がみなもと信三郎の話を聞いた後にはすぐに屋敷に戻され、御曹司からも深く頭を下げられたそうで。これを以ちまして、再び勘定方として御曹司を支えて行くことになったのでございます。御曹司が真面目になったもんだから、屋敷の財政も徐々に立て直されていき、庄兵衛の顔色も以前よりはだいぶ良くなったそうであります。

 その後、みなもが庄兵衛のからくりを解き明かしたと知った御曹司は、ぜひとも褒美を、と申し出たそうでございますが、みなもときましたら「私は幽霊の正体が見たかっただけ」と、にべもなく断ったそうでございます。


 さて、この一件があってからというもの、信三郎はみなものことを、ますます「ただモンじゃねぇ」と思うようになったそうでございます。

 そして、みなもの方も、信三郎が自分の行動を理解し、時に助け舟を出してくれたことで、密かに信頼を置くようになったとか、ならなかったとか。

 二人の奇妙な縁は、この一件でより一層深まったんでございましょう。


「みなも、居るかぁ? さっき角のうどん屋で妙な話を聞いたんだが、聞いてくれるか?」

「……おなかすいた」

「それがな――」

「おなかすいたの!」


                    ◇


 この江戸の町には、まだまだ不思議なからくりが隠されているようでございます。そして、それを解き明かす「品川の変わりモン」と、それに巻き込まれる「ぐうたら侍」の物語は、これからも続いていくのでございましょう。

 本日のところはこの辺で。……手前もけぇってうどんでも食おうかい。


 ――おあとがよろしいようで。

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