からくり少女みなも!

大地 鷲

序幕 からくり開門!

 お囃子にに続きましての沢山の……えー、沢山の拍手をありがとうございます。

 ――てぇ、客の数ぁ少ねぇじゃねぇか。まァ、いいか。

 んンっ……まずは、この寄席にお足を運んでいただき恐悦至極、ようこそおいで下さいました。お初のお客のちらほら――本当にチラホラだな――いらっしゃるようで、まずは手前てめえの自己紹介を。

 手前は羆亭親爺ひぐまていおやじと申します。棺桶に片足突っ込んでいる死にぞこないでございます。そんな死にぞこないがお送りする怪談話、ちょいとお耳を傾けてはくれませんか。

 怪談話たぁ申しましたが、何事にも準備は必要だってんで、まずはそこに出てくる凸凹コンビをご紹介致しやしょう。



 時は嘉永六年、西暦で言いますと一八五三年のお話であります。

 江戸湾の端っこ、浦賀に米国めりけんの真っ黒い船がやって来ましてね、大砲をどかんとやらかしたもんだから、華のお江戸は上を下への大騒ぎとなったのでございます。

 後に、ペリーの黒船来航って呼ばれた奴ですな。

 江戸っ子が、黒船見たさにわんさと浦賀にまで足を運んだって記録があるくらいですから、そりゃぁ江戸と浦賀の往来はひっきりなしで、浦賀に近い宿場は黒船景気っていわれるほど儲かったそうで。

 流石に浦賀より遠く離れた品川宿じゃぁ、そのおこぼれにゃ与れぬ——とは言え、日本橋の隣なのは伊達じゃぁない。そんなあぶく景気に頼らずとも、客はちゃーんと付いておりました。

 幾つもの旅籠ひしめく品川宿。中でも評判は「庭紅梅にわこうばい」で有名な和蘭おらんだ亭であります。この「庭紅梅」には語り尽くせぬほどの蘊蓄うんちくがあるんではございますが、これからするのは「庭紅梅」の奥手にあります古びた石蔵の中から始まる話であります。


 てな訳で、薄暗い蔵の中。ご多分に漏れず、かび臭いのは仕方ありません。中にいる輩もこれには閉口したんでしょうな、扉という扉が全部開いておりました。

 納屋代わりの石倉には、よく分からないがらくたがあふれかえり、埃塗ほこりまみれの本の山がちらほらと見られます。

 そんな二束三文の山の合間をせわしなく動いている姿がありましてね、それがまた、ちびっこくて華奢ときている。ちょろちょろしている様はさながら高麗鼠こまねずみでありました。

「——げん?」

 そんな高麗鼠に、がらくたの山が声を掛けたんですな。

 途端に、げんと呼ばれた高麗鼠は一瞬ぴくりとはしたんですが、それも束の間、止まりゃあしません。

 そこにもう一声、

「おーい、げん

 聞こえちゃいるんでしょうがね、高麗鼠はまたもや聞こえぬ振りで知らんぷりを決め込みます。

 相も変わらず二束三文の山を抱えて右往左往を続けちゃいますが、どうにも動きが雑だ。置いたがらくたは跳びはね、積んだ本は崩れそうになっております。

「……返事くらいせぬか、げん

 一度のみならず二度呼んでも返らぬ答えに堪り兼ねたか、眉間に皺を寄せた男が立ち上がる。

 どうやら、この御仁が声の主のようで。

 がしゃん——

 男が立ち上がったのが原因ではないんでしょうが、がらくたの山が一つ崩れます。一つが崩れればもう一つ、そして更にもう一つ——とまぁ、将棋倒しのように次から次へと山が崩れて、埃がもうもうと舞ったのであります。

「……んぎゅ」

 崩れたがらくたの中から聞こえてきたのは潰れたような声。埋もれている所為か、声が幾分くぐもっております。

 男の方はこれ見よがしに破顔して、くぐもり声の出処に呆れ声を掛けます。

「何をやってんだか。……おーいげん、生きてるか? 生きてるんなら、返事しろ」

 がらくたの海かき分けて、ぷはっとばかりに顔が出る。途端に鼻がくすぐられて、「くちゅん!」とくしゃみが飛び出した。顔のところどころが煤けているのは、本とがらくたの下敷きとなったからでしょうな。

 膨れっ面と煤けがなければ愛嬌のある顔立ちの娘でありました。

「わはは。おれが呼んでるのに返事をせぬから、ばちが当たったのだ!」

 腹を抱えて笑い出す男。

 これには、煤けた娘の膨れっ面が、尚も一層膨らんだ。

 流石に我慢出来なくなったんでしょうな、娘は散らばるがらくたを掻き分け、男の元に詰め寄ります。

「よくそんな口がきけるわね、信三郎! 手伝ってくれるったから、蔵に入るのを許したんだからね! なのにあんたったら、そこで寝てるだけじゃない! それに、か弱き乙女が書物の下敷きになっているのを助けぬとは、武士の風上にも置けぬ奴!」

「あのなぁげん……己は手伝うとは言うたがな、何をするのかは聞いてはおらん。だから、手伝いようがない。それにだ、己は武士とはいえ、三男坊だ。そんな己には家督なんざぁ回っては来ぬよ」

 欠伸混じりで話すこの男は、蜷川にながわ信三郎。

 自ら名乗った通り、武家の三男坊ではありますが、勉学に勤しむこともなく日がな一日惰眠をむさぼるぐうたらであります。

「あんたに期待した私が馬鹿だった。手伝わないんなら出てけ。ここは和蘭亭の大切な場所なんだ」

 口を尖らせ捨て台詞を残した娘は、信三郎にくるりと背を向け歩き出す。

「はン、この古ぼけた黴臭い蔵の何処が大切な場所なんだ? ……まぁ、それはいい。なぁげん、ここを己の昼寝場所に使ってもいいか? ちと黴臭いが、それ以上に寝心地がいい塩梅だ」

 小馬鹿にしたような信三郎の言葉に、娘の足がぴたりと止まる。俯き加減でわなわなと震えるその足下に、小振りの木箱が転がってたのが運の尽き。

「この、穀潰し!」

 思わず娘はその木箱を拾って、振り向きざまにぶん投げる。

 木箱が真っ直ぐ信三郎の顔目掛けて飛んでくる。

 刹那に流れるは銀線。

 からんからん——

げん、北辰一刀流舐めるなよ?」

 口角上がった信三郎の手には抜き身の大刀が握られ、足下には真っ二つに斬り分けられた木箱と茶碗が転がっております。申し遅れましたがこの信三郎、ぐうたらの癖に剣術の免許皆伝を持っているのでありました。

「あーっ!」

 娘が素っ頓狂な声を上げ、信三郎に駆け寄ったかと思うと、足下に転がっている木箱——ではなく、茶碗を拾い上げたんでございます。

「……お父様が大事にしていた楽焼茶碗! こんなところにあったんだぁ! ……じゃないっ! 信三郎、あんた、よくもよくも、よくもーっ!」

「な、何を言う! それを投げたのは御主ではないか! げん、それを己の所為にするってのか!」

「ええ、そうよ! 元はと言えば信三郎、あんたの所為なんだからねっ! それから、私をげんと呼ぶなっ! 私の名前はみなもだ! 何度言ったら分かるのよ! 馬鹿にしてるの? してるよね? よーく分かった。分からない奴には、よーく分かるように教えなくっちゃね」

 げんあらため、みなもが両手を振りますと、袖から何やら金属らしい棒が顔を出す。

「あ、いや、ちょっと……みなもさん? ……ぎゃっ!」

 みなもの両手の棒が信三郎に触れた途端に、の御仁は短く叫んで倒れたんでございます。そこに崩れかかるはがらくたの山。

「平賀みなも舐めんな! ひいじいさまの名前とエレキテル、直々に継いでんだからね、私は!」

 哀れ信三郎はエレキテルの餌食となって、がらくたと一緒くたにされちまいました。

 そんな信三郎を「ふん」と言わんばかりに見ていたみなもでありましたが、急にしかめっ面になりますと、じわじわ信三郎に近づいた。

「……んがぁっ!」

 短い悲鳴とともに、がらくたの山から信三郎の足首が飛び出す――みなもが伸びていた信三郎を足首から引き摺り出したんですな。

「うお、おい、みなも!  何すんだよ!」と、引き摺られながらも、信三郎の視線がピタリと止まる――「おい、何だありゃ?」

 みなもの両目も丸くなる――「……何、これ?」

 ニヤリと信三郎がほくそ笑んだ。

「さてな。もしかしたら、この奥に宝の山があるやもしれんぞ。みなも、見つけたら山分けだ」

 起き上がって目を擦る信三郎に、みなもは「何いってんの、こいつ」とばかりに「ハァ?」と返しますが、揃って視線は同じところに向いておりました。そこにはいきなり姿を現した不自然な四角い隙間。

「隠し戸?」

 みなもは埃を払い、取っ手に手をかけて引っ張りましたが、軋む音が出るだけでちぃとも動かない。

「んもー、ボケーッと見てないで信三郎も手伝ってよ!」

「……お、おぅ!」

 みなもの言葉に、信三郎も慌てて加勢に入ります。

「そぉれ、よいしょぉ!」

 ぎぃぃ――

 古ぼけた音と共にぽっかり穴が開く。その下には、薄暗い空間が広がっておりました。

「信三郎、龕灯がんどう持ってきて! ……早くっ!」

 みなもの鬼気迫る物言いに、信三郎はそれに呑まれて従うばかり。手渡された龕灯で辺りを照らしたみなもの呟きが埃とともに蔵の中に舞っておりました。

 「これって、ひいじいさまの……」

 龕灯の灯りを浴びていたのは、見たこともない奇妙な装置の数々でありました。それに加えて、山と積まれた古びた手記や、奇妙な図面の束なんかが、ぎっしりと並べられていたのでございます。


            

 黒船来航からおよそ百年前——江戸時代の狂科学者マッド・サイエンティストと呼ばれた天才がおりました。その名は平賀源内。

 その源内の曾孫はみなも――名前とエレキテルを継いだ和蘭亭の一人娘でございます。このみなも、源内先生とまではいかないまでも、品川ではちょいとした有名人でありました。「品川の変わりモン」――そして、誰が呼んだか「からくり少女」

 さて、しばらくはこのみなもと武家のぐうたら三男坊、蜷川信三郎の織り成す物語にお付き合いくださいな。

 さてさて、この「源内の遺産」が、華のお江戸にどんなからくりを仕掛けますやら——

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