からくり少女みなも!
大地 鷲
序幕 からくり開門!
お囃子にに続きましての沢山の……えー、沢山の拍手をありがとうございます。
――てぇ、客の数ぁ少ねぇじゃねぇか。まァ、いいか。
んンっ……まずは、この寄席にお足を運んでいただき恐悦至極、ようこそおいで下さいました。お初のお客のちらほら――本当にチラホラだな――いらっしゃるようで、まずは
手前は
怪談話たぁ申しましたが、何事にも準備は必要だってんで、まずは
時は嘉永六年、西暦で言いますと一八五三年のお話であります。
江戸湾の端っこ、浦賀に
後に、ペリーの黒船来航って呼ばれた奴ですな。
江戸っ子が、黒船見たさにわんさと浦賀にまで足を運んだって記録があるくらいですから、そりゃぁ江戸と浦賀の往来はひっきりなしで、浦賀に近い宿場は黒船景気っていわれるほど儲かったそうで。
流石に浦賀より遠く離れた品川宿じゃぁ、そのおこぼれにゃ与れぬ——とは言え、日本橋の隣なのは伊達じゃぁない。そんな
幾つもの旅籠ひしめく品川宿。中でも評判は「
てな訳で、薄暗い蔵の中。ご多分に漏れず、
納屋代わりの石倉には、よく分からないがらくたがあふれかえり、
そんな二束三文の山の合間をせわしなく動いている姿がありましてね、それがまた、ちびっこくて華奢ときている。ちょろちょろしている様はさながら
「——
そんな高麗鼠に、がらくたの山が声を掛けたんですな。
途端に、
そこにもう一声、
「おーい、
聞こえちゃいるんでしょうがね、高麗鼠はまたもや聞こえぬ振りで知らんぷりを決め込みます。
相も変わらず二束三文の山を抱えて右往左往を続けちゃいますが、どうにも動きが雑だ。置いたがらくたは跳びはね、積んだ本は崩れそうになっております。
「……返事くらいせぬか、
一度のみならず二度呼んでも返らぬ答えに堪り兼ねたか、眉間に皺を寄せた男が立ち上がる。
どうやら、この御仁が声の主のようで。
がしゃん——
男が立ち上がったのが原因ではないんでしょうが、がらくたの山が一つ崩れます。一つが崩れればもう一つ、そして更にもう一つ——とまぁ、将棋倒しのように次から次へと山が崩れて、埃がもうもうと舞ったのであります。
「……んぎゅ」
崩れたがらくたの中から聞こえてきたのは潰れたような声。埋もれている所為か、声が幾分くぐもっております。
男の方はこれ見よがしに破顔して、くぐもり声の出処に呆れ声を掛けます。
「何をやってんだか。……おーい
がらくたの海かき分けて、ぷはっとばかりに顔が出る。途端に鼻がくすぐられて、「くちゅん!」とくしゃみが飛び出した。顔のところどころが煤けているのは、本とがらくたの下敷きとなったからでしょうな。
膨れっ面と煤けがなければ愛嬌のある顔立ちの娘でありました。
「わはは。
腹を抱えて笑い出す男。
これには、煤けた娘の膨れっ面が、尚も一層膨らんだ。
流石に我慢出来なくなったんでしょうな、娘は散らばるがらくたを掻き分け、男の元に詰め寄ります。
「よくそんな口がきけるわね、信三郎! 手伝ってくれるったから、蔵に入るのを許したんだからね! なのにあんたったら、そこで寝てるだけじゃない! それに、か弱き乙女が書物の下敷きになっているのを助けぬとは、武士の風上にも置けぬ奴!」
「あのなぁ
欠伸混じりで話すこの男は、
自ら名乗った通り、武家の三男坊ではありますが、勉学に勤しむこともなく日がな一日惰眠をむさぼるぐうたらであります。
「あんたに期待した私が馬鹿だった。手伝わないんなら出てけ。ここは和蘭亭の大切な場所なんだ」
口を尖らせ捨て台詞を残した娘は、信三郎にくるりと背を向け歩き出す。
「はン、この古ぼけた黴臭い蔵の何処が大切な場所なんだ? ……まぁ、それはいい。なぁ
小馬鹿にしたような信三郎の言葉に、娘の足がぴたりと止まる。俯き加減でわなわなと震えるその足下に、小振りの木箱が転がってたのが運の尽き。
「この、穀潰し!」
思わず娘はその木箱を拾って、振り向き
木箱が真っ直ぐ信三郎の顔目掛けて飛んでくる。
刹那に流れるは銀線。
からんからん——
「
口角上がった信三郎の手には抜き身の大刀が握られ、足下には真っ二つに斬り分けられた木箱と茶碗が転がっております。申し遅れましたがこの信三郎、ぐうたらの癖に剣術の免許皆伝を持っているのでありました。
「あーっ!」
娘が素っ頓狂な声を上げ、信三郎に駆け寄ったかと思うと、足下に転がっている木箱——ではなく、茶碗を拾い上げたんでございます。
「……お父様が大事にしていた楽焼茶碗! こんなところにあったんだぁ! ……じゃないっ! 信三郎、あんた、よくもよくも、よくもーっ!」
「な、何を言う! それを投げたのは御主ではないか!
「ええ、そうよ! 元はと言えば信三郎、あんたの所為なんだからねっ! それから、私を
「あ、いや、ちょっと……みなもさん? ……ぎゃっ!」
「平賀
哀れ信三郎はエレキテルの餌食となって、がらくたと一緒くたにされちまいました。
そんな信三郎を「ふん」と言わんばかりに見ていた
「……んがぁっ!」
短い悲鳴とともに、がらくたの山から信三郎の足首が飛び出す――みなもが伸びていた信三郎を足首から引き摺り出したんですな。
「うお、おい、
ニヤリと信三郎がほくそ笑んだ。
「さてな。もしかしたら、この奥に宝の山があるやもしれんぞ。
起き上がって目を擦る信三郎に、
「隠し戸?」
「んもー、ボケーッと見てないで信三郎も手伝ってよ!」
「……お、おぅ!」
「そぉれ、よいしょぉ!」
ぎぃぃ――
古ぼけた音と共にぽっかり穴が開く。その下には、薄暗い空間が広がっておりました。
「信三郎、
「これって、ひいじいさまの……」
龕灯の灯りを浴びていたのは、見たこともない奇妙な装置の数々でありました。それに加えて、山と積まれた古びた手記や、奇妙な図面の束なんかが、ぎっしりと並べられていたのでございます。
黒船来航からおよそ百年前——江戸時代の
その源内の曾孫は
さて、しばらくはこの
さてさて、この「源内の遺産」が、華のお江戸にどんなからくりを仕掛けますやら——
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます