第14話 "クリスマスをしようよ"

 どてらねこのまち子さんはクリスマスの前になるとそわそわしていました。まち子さんはどてらを着た二本足で歩く猫です。ついでに日本語も喋ります。

 まち子さんは一年間いい子に過ごすことを心がけていました。サンタさんが来て欲しかったからです。でも一昨年も去年も来てくれませんでした。そのことを友人の岸本さんに話すと、岸本さんは悲しげな顔をしました。

「まち子さん、そうだったの」

「はい……去年も寝ずに待ってたのですが、来てくれなくて……」

「……まち子さん。サンタさんに今年お願いするものあるの?」

「実は……」

 まち子さんは欲しいものを岸本さんに伝えました。

 岸本さんはなるほどと言いました。

 そしてクリスマスイブの日、まち子さんは今年こそはと願いながら、キックボードをくださいと手紙を書きました。

 まち子さんはキックボードが欲しかったのです。街を、人波を、それで駆け抜けたいと強く願っていました。

「今年こそは来てくれたら嬉しいな……」

 そう願って、布団に入りました。寝つきがいいまち子さんはすぐにスヤスヤと眠りに落ちました。


 まち子さんが寝ていると、窓を叩く音がしました。

「誰ですかー」

 とがらららと窓を開けるとそこに立っていたのは赤いコートに白ひげの老人。サンタさんでした。

「わ!サンタさん!」

「しー、静かに」

「はい……」

 サンタさんは微笑むと「ほほほ。まち子くん。今年はいい子にしてたね」と言いました。

「見てくれてたんですか!」

「ああ。見ていたとも」

「わー!ありがとうございます!」

「でも、まだプレゼントをあげられないんだ」

「うみゃみゃみゃ……!なんでですか……」

「いい子にしてたまち子くんに最後の試練だ。私の隣に座ってプレゼントを渡しに行こう」と言いました。

「うみゃ!そんな楽しいことやっていいんですか!」

「いいとも、ただし、まち子くんにできるかな」

「やれます!いや、やらしてください!」

「いい心がけだ。さあ乗ろう」

 そこにあったのはハーレーダビッドソンでした。

「トナカイじゃないんですね」

「今のトレンドはハーレーだよ」

 まち子さんはサンタさんの後ろに座りました。

 ブオンブオンと音を立てて走り出すと、ハーレーは宙に浮きました。

「わー!浮いてます!」

「当然さ。サンタが乗るハーレーだからね」

 ぶおおおおおおとエンジン音を立てながら、街の上を飛んでいきます。そのさらに上をジェット機が飛んでいきました。


 それから一晩中、まち子さんとサンタさんはプレゼントを配り続けました。

 今年のいい子にしていた子供達の家にです。

 いろんなプレゼントを渡しました。

 ニンテンドーSwitchが今年は多いみたいでした。

「やっぱりこういうのって、その時期の流行りがあるんですか?」

「あるさ。もちろん。まあ、昔みたいに木のおもちゃを頼む子供は減ったね」

「寂しいですね」

「まあね。時代は移り変わるものさ」

 木のおもちゃの頃は、自分たちで作っていたこと。最近はゲーム会社やおもちゃ会社と提携していること。それによって莫大な利益を得ていることをまち子さんは聞きました。


ぶおおおおと空を飛んでるとサンタさんはまち子さんに聞きました。

「寒くないかい」

「大丈夫です。どてらを着てますから」

「どてらってのは凄いんだね」

「はい」

「わしの着てるこの赤いコートもあったかいんだよ」

「わー、着てみたいです」

「またいい子にしていたら着せてあげるよ」

「いい子にしてます」

 ぶおおおおと音を立てながらハーレーが飛んでいきます。


「最後の家は大人の家だ」

「大人にも配るんですか?」

「いや、どちらかといえば、君が必要なんだ」

「うみゃみゃみゃ?」


 最後の家は岸本さんの家でした。岸本さんの部屋に窓から入ります。岸本さんの枕元の手紙には「幸せになりたい」と書いてありました。岸本さんの顔を見ると、辛そうな表情で眠っていました。

 岸本さんとまち子さんはお友達です。でもこんな表情をまち子さんは見たことありませんでした。

「どうする?何をあげるかい?」

 サンタさんはまち子さんに聞きました。

 まち子さんは困りました。

 そして、まち子さんは岸本さんの隣にゆっくりと、そしてそっと座って、頭を撫でることにしました。

 それが正しいかはわかりませんでした。

 なにかをあげる方が岸本さんにとって良いかもしれませんでした。

 まち子さんはわからないなあと思いました。

 でもまち子さんは悲しい時に寄り添える猫になりたかったのです。

 そして、できる限り寄り添おうと思ったのでした。

 まち子さんはサンタさんに聞きました。

 サンタさんはあるよ。といい袋から「コーンスープの素」を取り出しました。

 それをそっと枕元に置きました。

「幸せって、コーンスープのことかい?」

「違うと思うのですが……でも……」

「でも?」

「わからないです……でも、今度あった時に、岸本さんに日頃のお返しをしようと思います」

「そうか」

「はい。……わたし、間違ってますかね」

「いいや。そういうものさ」

 岸本さんの家から飛び立った時、サンタさんは小声で「おもちゃじゃ解決できないこともあるのさ」と言いました。まち子さんは聞こえなくて「うみゃ?」と言いました。


 朝方になりました。サンタさんはまち子さんを家の前で降ろしました。

「まち子くん。これをあげよう」

 そう言ってまち子さんにキックボードを渡しました。

「いいんですか!」

「ああ、いいとも。ただし来年もいい子でいること。そして……」

「そして?」

「あの友人を大切にするんだよ」

 そう言ってサンタさんは飛び去りました。

「サンタさん!ありがとうございます!」

 まち子さんは手を振り続けました。

 サンタさんも手を振り続けました。

 サンタさんのハーレーは空高く遠く遠くまで飛んでいって、飛行機のジェットに吸い込まれて身体はバラバラになって、それが雪になり、街に降り注ぎました。



 そこで目が醒めました。

 まち子さんは慌てて枕元を確認しました。

 何もありませんでした。

 まち子さんは悲しくなりました。

「結局、夢でしたか……」

 でも外に出ると、そこにはキックボードがあるではありませんか!まち子さんは嬉しくなって、それに乗って岸本さんの家に行きました。出来るだけ早く駆け抜けました。街を、人々の波を、駆け抜けました。夢のようでした。いや、夢が現実になったのでした!

 そして岸本さんの家に着き、あがるといの一番に「岸本さん!サンタさんが来てくれました!」と言いました。

 岸本さんは凄く嬉しそうな顔をしました。

「昨日ね、夢にまち子さんが出てきたよ」

「うみゃみゃみゃ。奇遇です。私も夢の中で岸本さんに会いにいっていました」

「ふふふ。不思議なことってあるんだね」

「そうですね」

「………ありがとうね」

 岸本さんは少し目頭を拭きました。

「泣いてるんですか」

「泣いてないよー」

「うみゃみゃみゃ……」

「あ、そうだ。コーンスープ飲む?」

「えっ」

「あ、嫌い?」

「いや……好きです。わたし好きです!」

「ふふふ。なんかまち子さん変なの」

「うみゃみゃみゃ……」

「まち子さん。寒くないの?」

「どてらを着てるから大丈夫です」

「そっか。どてらって便利だね」

「はい。便利なんです。あ、あと!」

「うん?なに」

「えーと。えーーと」

まち子さんが悩んでると、岸本さんはまち子さんの頭を撫でました。

「うみゃみゃみゃ」

「ふふふ。お返しだよ。まち子さん」

「うみゃみゃみゃ……ありがとうです……」

「ふふふ」

 カチッと音がして、ケトルが湧き上がったことを知らせました。二人はコーンスープを飲み始めました。それはとても暖かくて、優しい味がしました。

 同じ頃、子供達が目を覚まし始めました。子供達は枕元にあるプレゼントを見て歓喜の声を上げていました。

 その頃近くの空港では、エンジントラブルが起こった飛行機がなんとか緊急着陸に成功して、乗客が機長に感謝の意を伝えていました。

 またもや同じ頃、フィンランドでは事故死したある一人の老人を偲んで葬儀が行われていました。その規模はもはや国葬でした。まさか最後はあんなことになるとは……そう口々に人々は言いました。

 街に雪が降り始めていました。その雪には赤いものが少しだけ混じっていました。

 でもその赤いものも、次第に白い雪に覆われていき、最後には全く見えなくなりました。

 しかしそれは別の話。

 まち子さんと岸本さんはそんなことも知らずにコーンスープを飲んで、二人くだらないことを話し合っていました。

 二人の笑い声がクリスマスの始まりを告げていました。

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