第13話 ちんしこ・オン・ザ・ラン02

 その日は朝から、不穏な気配が漂っていた。

 晴れの予報だったというのにどんよりと曇り、家を出た時にはすでに、小雨がそぼそぼとぱらついていた。

 おまけに、風が轟いている。

 まさかと思って折り畳み傘を持ってきたはいいが、骨組の軟弱な彼は、風に巻かれて中折れしそうになっていた。


 ごごう――と、音がしている。

 足元からどろりと、生温く身体を撫でられる。


 その日は朝から、不穏な気配が漂っていた。



 晴れの予報だったというのにどんよりと曇り、家を出た時にはすでに、小雨がそぼそぼとぱらついていた。



 通学途中すれ違った、新聞配達の原付のあんちゃんは、合羽を着るのを失念したらしく、濡れ鼠になっていた。




 だからなにか、よくないことが起こるのではとは、なんとなくうっすらとは、俺は感じていた。






 だからといってまさか、ホラー映画をそれと知らずに見たみたいな、背筋も凍る恐怖を味わうとは、思ってもみなかった。






 いつも通りに、俺は聖域に辿り着く。

 校舎の外れと、グラウンドの境界の、スポーツ女子のメッカの女子トイレである。


 いつもよりも薄暗く、湿度の高いそこは、芳醇なにおいに満ちている。



 湿気のなせる技か、それとも昨日の彼女たちの練習が厳しかったのか、当たりは酸味に満ち溢れている。




 ひたり――と足を踏んだ瞬間、なにかがおかしいと、俺は気が付く。




 俺は慎重になった。

 ちんしこジュニアが震えていた。


 ズボンの中でぶるぶると、言い知れぬ異変に、がちがちに硬くなっていた。


 大丈夫だ、安心しろジュニアよ。

 大丈夫だ、ちんしこマンがついているぞジュニアよ。


 大丈夫だ、安心しろジュニアよ。



 怖がることはない、おまえは今日も、元気に女子トイレで遊び、スポーツ女子たちを妊娠させればいいのだ。



 大きなお尻に、小さな短パン。

 大きなお尻に、小さなパンツ。


 窮屈なそれらを、裾に指を忍ばせ、居住まいを正す。



 ぱちん――と、ゴム紐が躍る、そのフェティシズム。




 いいのだ、ちんしこジュニアよ、おまえは妄想の大海原で、大いに遊び、駆けまわればいいのだ。




 その昔は、ブルマーというものがあった。

 紺色を主とした、それは大判のパンツみたいなもので、下着を隠す下着のようなものだ。


 運動着として少女たちは、紺色の麗しいブルマーから、すらりと脚を延ばしていたのだ。



 スポーツ女子のおみ足は、やや発達が過ぎて太ましく、丸太のように立派だ。




 彼女たちはそれが恥ずかしく、なるべく隠すために上衣をブルマーから出していたそうだが、逆に下を穿いてないように見えてそそった。






 上衣をブルマーの裾に仕舞ったか、仕舞ってないかで好みが分かれるそうだが、そんな贅沢な話など、ブルマー亡き今の俺たちには血涙ものだ。






 キリストの誕生前後で、歴史は別れている。

 西暦とはキリスト誕生の翌年からの歴史であり、それ以前を表す紀元前とは、B.Cとは、ビフォア・キリスト――つまりキリスト誕生以前ということである。


 ならば、俺は言おう。



 俺たちの生きる世界とは、ブルマー亡き後の世界、B.L、つまりブルマー・ロストだ。




 俺たちは西暦ではない、ブルマー・ロスト時代に生きているのだ。




 ブルマーを俺も、生で見たかった。

 前述の裾を直すのを、4K高画質で録画したかった。


 パンツがはみ出したのを恥ずかしそうに、くいくいぱちんと、指で引っ張るのを見たかった。



 大きいお尻に、小さなブルマが窮屈そうに、はみパンを頂戴して、どんぶり飯をかき込みたかった。




 まだスク水があるからええやろなんて、卒業したらそれすらないのだなんて、あんたら大人は、AVでブルマーを見られるくせになにを言うんだ。




 いわば、ご禁制の裏取引だ。

 禁酒法時代の、海賊の持ち込んだラム酒だ。


 とうのたった、現役に見えないケバめのお姉さんの穿いたブルマーでも、ブルマーはブルマーじゃないか。



 違法なブルマーを仮初のものだとして楽しんでおいて、おまえらスク水がなんて、バカげたことを言うんじゃない。




 俺たちは確かに、スク水はまだ楽しめるが、裾をぱちんを食いこみを直す様子など、見られるわけがないだろうが。






 今のスク水は、ブルマーが短パンに変わったように、スパッツ状になってるんだよ!






 それはそれで、悪くはない。

 それはそれで、新たなフェチを呼ぶ。


 それはそれで、美味しくいただく。



 だが、もはや伝説と化したブルマーやスク水を楽しんでおいて、学生を羨むようなのは、断じて許せない。




 桃源郷のような時代を生きておいて、俺たちロスト・ブルマーを、ロスト・スク水を、愚弄しているとしか思えない。




 なおブルマーとは、女性の自由な活動を求めて生まれたものだそうだ。

 それが最早、女性が自由を求めた結果、淘汰されたというのだから、面白い世の中だ。


 ならもういっそ、下は穿かずに運動しても、もういいんじゃなかろうか。



 裾の長い運動着の、上着だけ着て、裾をくいくいひっぱって、パンツを隠しながら走ればいいじゃないか。




 どんな企画もののAVだろうか、撮影の際はぜひ俺も参加させてもらいたい。




 さあ、どうだジュニアよ。

 さあ、元気になったかジュニアよ。


 さあ、どうだジュニアよ。



 ブルマーも、スク水も、遠い桃源郷だジュニアよ。




 妄想で、さあ、今日も元気に遊ぶのだジュニアよ。






 おまえの元気なザーメンタンクから、洗面台の蛇口の持ち手や、便器や便座やスポーツ女子や、孕めや孕めや妊娠させるのだ。






 その間に、不穏な空気は俺が取り払おう。

 俺がおまえを、安心して遊べるようにしよう。


 さあ、俺は歩を踏んだ。

 ぐるん――と、空気がかき回された。

 さあ、俺は視線を巡らせた。

 ぐるん――と、気配がかき回された。


 さあ、なんだ、なにが潜んでいる。



 五つの個室の覗き窓はすべて青、誰も潜んじゃない。




 さあ、なんだ、なにが潜んでいる。




 ――なにもない。


 聖域のような女子トイレは、俺ひとりだ。

 俺のほかには、天井の隅の黒カビや、タイルの目地の水垢や、酸味ばしった臭気だけだ。


 あとは煤けた、洗面台と対になった鏡と、時折ぽたりとおちる、蛇口の水滴だけだ。



 なにかがおかしいとは感じるが、しかしだからといって、なんにもないのもその通りだ。



 安心して――いいのだろうか。


 喉を鳴らし、唾液を嚥下する。

 また俺は、慎重に歩を踏む。


 視線を這わせ、忍んだように行動する。



 喉を鳴らし、唾液を嚥下する。




 また俺は、慎重に歩を踏む。




 安心して――いいのだろうか。

 ジュニアを洗面台で、遊ばせていいのだろうか。


 ジュニアを洗面台で、水を飲ませていいのだろうか。



 俺だって、せっかく普段よりも熟成し、芳醇で、酸味ばしった臭気を、胸いっぱいに取り込みたいのだ。




 安心して――、いつものように――、俺はちんしこをしてもいいのだろうか。




 おかしなところはなにもない。

 おかしな気配が漂っている。

 おかしなところはなにもない。

 おかしな気配が漂っている。


 だが、おかしなところはなにもない。



 だというのに、おかしな気配が漂っている。



 早めに今日は、事を済ませたほうがよさそうだ。

 おかしいのにおかしくなくて、それで安心しろなんて土台無理だ。


 早めに今日は、事を済ませたほうがよさそうだ。



 君子危うしに近寄らずというもので、なにかが起こっては、あとで取り返しのつかないことにもなりかねないのだ。



 穴掘りっく・捨てロイドである。

 穴を掘り、ロイドを捨て、埋めるのである。


 穴掘りっく・捨てロイドである。



 すなわちこれから、ちんしこタイムである。




 慎重を期して、万全を期して、ちんちんしこしこ、しこしこぴゅっぴゅである。






 君子危うしに近寄らずというもので、なにかが起こっては、まさか潜んだ誰かと鉢合わせれば、人生棒に振り三振スリー・アウトということにもなりかねないのだ。






 俺は大きく息を吸う。

 芳醇な臭気を取り込む。


 胸いっぱいに幸せが満ちていく。



 胸いっぱいに不安が満ちていく。



 ジュニアを放り出した。

 ジュニアはおっかなびっくりで、ぶるぶる震えていた。


 がちんがちんに硬い癖に、いつもよりも硬さが緩くて、皮の中に引っ込んでいた。


 落ち着け、ジュニアよ。

 落ち着け、ジュニアよ。


 なにもなかったと、確認をしたのだ、ジュニアよ。



 なにもなかったと、確認ができたのだ、ジュニアよ。




 恐れは俺が取り除くから、おまえはただ安心し、遊べばいいのだ、ジュニアよ。




 蛇口の持ち手にジュニアを這わせる。

 ジュニアはぎこちなく持ち手を回す。


 唾液をぐるぐる塗ったくり、上手に蛇口に口をつけ、ジュニアが水を飲んでいる。



 今日のジュニアの唾液の量は、いつもより少し少なくて、今日のスポーツ女子の着床は、いつもよりも少し少ないだろう。




 どんより曇って雨が降り、発酵がより促進されて、素晴らしい臭気が勿体ない。




 本当はもっと、吸い込んでやりたい。

 本当はもっと、塗りこんでやりたい。

 本当はもっと、吸い込んでやりたい。

 本当はもっと、塗りこんでやりたい。


 こんなにじめじめと、汗や涙や、おしっこやなんやかや、においたつというのに勿体ない。



 こんなにじめじめと、汗や涙や、おしっこやなんやかや、満ち満ちているというのに、純粋に楽しめないとは勿体ない。




 吸い尽くして舐め尽くして、富士山頂の空気のように、缶詰にして持ち帰りたいのに、できないのだからどうしようもない。




 おかしなところはなにもない。

 おかしな気配が漂っている。

 おかしなところはなにもない。

 おかしな気配が漂っている。


 だが、おかしなところはなにもない。



 だというのに、おかしな気配が漂っている。




 だが、おかしなところは、一切なにもない。




 早めに今日は、事を済ませたほうがよさそうだ。

 おかしいのにおかしくなくて、それで安心しろなんて土台無理だ。


 早めに今日は、事を済ませたほうがよさそうだ。



 君子危うしに近寄らずというもので、なにかが起こっては、あとで取り返しのつかないことにもなりかねないのだ。




 君子危うしに近寄らずというもので、なにかが起こっては、まさか潜んだ誰かと鉢合わせれば、人生棒に振り三振スリー・アウトということにもなりかねないのだ。






 いつもの個室に飛び込んで、覗き窓を赤にしてスウィート・ハニーに向かい合って、そして――。







 なんたることだ、そういうことか。

 なんたることだ、そういうことか。


 異変の正体は、そうか、そこにあったのか。



 スウィート・ハニーよ、高級コールガールたるおまえは、仕方のないことだが、いったい誰を座らせた!




 おまえは俺を、ちんしこマンを裏切る誰かを、ほいほいと悦んで座らせたというのか!




 便座をそろりと撫でる。

 結晶化された汗がまとわりつく。


 手指を口に近づけて、べろんと俺は舐めまわす。



 苦いような苦しいような、しょっぱい味が口内に広がる。




 苦いような苦しいような、甘ったるい香りが鼻腔に広がる。






 うっすらとレモン色に染まった、折りたたまれたトイレット・ペーパーが、かさかさに乾いている。






 洋式便器の中だ。

 ザーメン・ペーパーを置いた箇所だ。


 いつも俺が、ぺたりと備え付けた、そこにそれはあった。



 いつも俺が、ぺたりと備え付けた、そこに寸分違わずそれはあった。




 誰かのおしっこがかかっている。

 誰かのおしっこで色づいている。


 誰かのおしっこがかかっている。



 芳気の強さは、どんよりとした空や小雨の湿気もそうだが、誰かの乾いたおしっこからだ。




 うっすらとレモン色に染まった、折りたたまれたトイレット・ペーパーが、かさかさに乾いている。






 いつも俺が、ザーメン・ペーパーを置いた箇所と寸分違わず、うっすらとレモン色に染まった、折りたたまれたトイレット・ペーパーがかさかさに乾いている。






 それは合図だろう。

 わたしは見ているぞ。


 それは主張だろう。



 おまえを見ているぞ。




 だからこそ、俺のザーメン・ペーパーと同じ場所で、同じ畳み方で、同じ大きさなのだろう。




 背筋をつぅと、冷や汗が伝う。

 ジュニアがズボンの中で、おっかなびっくり硬くなる。


 唇が渇いて、音を鳴らして、唾液をなんとか飲み込む。



 足元から震えが上って、頭のてっぺんまで到達して、歯の根が合わなくなる。



 その日は朝から、不穏な気配が漂っていた。

 晴れの予報だったというのにどんよりと曇り、家を出た時にはすでに、小雨がそぼそぼとぱらついていた。

 おまけに、風が轟いている。

 まさかと思って折り畳み傘を持ってきたはいいが、骨組の軟弱な彼は、風に巻かれて中折れしそうになっていた。


 ごごう――と、音がしている。

 足元からどろりと、生温く体を撫でられる。


 その日は朝から、不穏な気配が漂っていた。



 晴れの予報だったというのにどんよりと曇り、家を出た時にはすでに、小雨がそぼそぼとぱらついていた。



 通学途中すれ違った、新聞配達の原付のあんちゃんは、合羽を着るのを失念したらしく、濡れ鼠になっていた。




 だからなにか、よくないことが起こるのではとは、なんとなくうっすらとは、俺は感じていた。






 問題は、おしっこペーパーの犯人の、俺を監視する目的だろうか――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます