第33話
あの日を境に、煉の様子は少しずつ変化していた。相変わらず感情表現が乏しいのは変わらないが、以前に比べて少し優しくなったように感じる。
『何処が?』と聞かれれば、はっきりとは答えられないが、おそらく直感的なものだ。
問題は依然として山積みなのだが、煉の変化について、さくらは素直に嬉しく思っていた。
「弁当を作ろう」
何時ものように煉の作った夕食を美味しく食べ終えた後、煉はソファーに座り腕を組みながら唐突に言い放った。
「え?」
「さくらには世話になっているからな。朝食を作るついでだ」
さくらは突然のことで、話の流れについていけずに硬直する。
「お弁当って言っても、私、お弁当箱持ってませんよ?」
「案ずるな。既に用意してある」
……ずいぶん、用意周到なことで。もう作ること前提じゃないの。というより、いつの間にお弁当箱買ってきたのよ。
言いたいことが次々と溢れてくるが、最早何から追及すればいいのか解らない。
「面倒じゃないの?」
「面倒ならば、最初からこんなことは言わない」
煉の性格上、面倒なことは好まないというのは知っている。だが、どうしてお弁当なのだろう、とさくらは疑問に思う。
でも、お弁当なら社員食堂に行かなくて済むし……。どうしようかな。
八重樫と気まずい状況に陥ってから、早一週間が経過していた。
何度も謝罪をしようと試みたが、結局、寸での所で怖じ気付き、何も出来ないまま時が流れていた。
八重樫も敢えてなのか、会社ではさくらに接触をして来なくなっていた。
現状を打破したい気持ちは山々だが、もうこのままでもいいかな、という諦めの感情が芽生えていたのも事実だ。
そんなときに煉から、お弁当を作って貰えるという話になり、さくらはどうするか迷っていたのだ。
「お願い……してもいいの?」
控え目に問い返すと、煉は自信満々な表情で頷く。
「ああ、任せろ。栄養面も考えながら、さくらの注文通りに作ろう」
「なら、お願いしますね」
さくらが了承すると煉は、本来ならば面倒事が増えて嫌なはずなのに、何故か嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「それで……もう一つ話があるんだが……」
「ん? 何ですか?」
煉は先程までの柔らかな表情を改めると、少し言いにくそうに躊躇しながら、やがて決心を固めたように、さくらに質問をした。
「あの男は……お前の彼氏か?」
「あの男……?」
さくらは、煉の言う『あの男』について、一瞬誰のことを指しているのか解らずに、首を傾げる。
「酔って帰ってきた日があっただろう。もし、その相手が彼氏ならば申し訳ないことをしたと思っている」
「え? ち、違います! 八重樫くんとはそんな関係じゃありません!! むしろ、嫌われちゃったと思うし……」
どうやら、此方は此方で、八重樫に対して有らぬ勘違いをしていたらしい。そう言えば、煉には会社の後輩だとしか紹介をしていなかった気がする。煉の疑問は最もなことだった。
まさか、今さら聞かれるとは思ってもいなかったさくらは、八重樫との関係を強く否定すると、煉は更に眉を潜めた。
「もしかして、それは俺のせいか?」
「違いますよ……全部、自分の責任です」
確かに、煉が余計なことを言わなければと思ったことはあった。でも、それは自分がしっかりと、相手に煉のことを伝えれば問題は起きなかったはずなのだ。
だから、結局は全て自分自身の責任でしかない。煉を責める権利は、さくらにはない。
「すまなかった」
「どうして、煉が謝るんですか? 気にしないでください。悪いのは私なので」
「しかし……」
「この話は、これで終わりです。私、お風呂入ってきますね」
煉の謝罪をする気持ちは正直に嬉しく思う。だが、今は八重樫のことは触れられたくない話題でもあった。
さくらは少し強引に煉の言葉を遮ると、逃げるように自室に向かった。
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