第18話
四月某日。
入社式を終えた新入社員達が、それぞれの課に配属された。そして、優や周りの女性社員達が噂をしていた通りに、八重樫学という人物も入社し営業課に配属されたようだった。
「さくらさんっ!」
昼休みに入り社内の廊下を歩いていると、さくらを呼ぶ声が聞こえ振り向くと、そこには八重樫学が満面の笑みでさくらに駆け寄ってくる姿が見えた。
「八重樫くん、久しぶりね」
「はい。さくらさんはお元気でしたか?」
さくらが社員食堂に向かう途中の姿を見掛けた八重樫は、側に駆け寄ると然り気無くさくらの隣に並び歩く。
「元気よ。髪の毛、黒くしたんだ。似合ってるね」
「本当ですか? ……さくらさんにそう言われると嬉しいです。就活のために黒髪に戻したんです」
大学生時代は明るい茶髪に染め上げていた八重樫の髪は、今は新社会人となり人工的な黒髪に戻されている。八重樫はその髪を照れくさそうに触った。
ニコニコと笑顔を絶さない八重樫を見ていると、さくらは何となく可愛い弟が出来た気分になってしまい、こちらまで笑顔が溢れる。
さくらが八重樫に会うのは実に約三年振り、大学に通っていた以来だった。社会人になってからは、お互いに連絡も取っておらずいつの間にか疎遠になっていた。
当時から八重樫とあまり多くの会話をした記憶はないのだが、何故か、さくらは八重樫から妙に懐かれていた。
その度に内心不思議に思ってはいたが、さくらは他人から懐かれることは性別関係なく素直に嬉しく思っているため、その理由を深くは考えていない。
「じゃあ、私、優とお昼食べる予定だから、またね」
さくらは食堂の入り口で、八重樫に別れを告げると、八重樫は少し照れた様子でさくらを引き留める。
「あ! 待ってください。よければ俺もご一緒してもいいですか?」
「えっと……。優の許可が取れたらね」
子犬のような無邪気な瞳をして言われると何だか断りづらくなってしまったさくらは、今日一日くらいなら一緒に食事をしてもいいかと思い渋々頷いた。
さくらと八重樫は食堂でメニューを選ぶと、受け取った定食のトレイを持ち、優が待っているテーブル席に向かう。
その間にも八重樫は、久し振りの再会だということ微塵もを感じさせない距離感で実に楽しそうに、さくらとの会話を弾ませていた。
八重樫くん、私達と一緒に食事とかして大丈夫なのかな。普通は新入社員同士でご飯を食べて親睦を深めるチャンスなのに。
まあ、男の人と女の人じゃ根本的な考えが違うんだろうけど。
先に社員食堂に来ていた優は、すでに窓際の席に座りさくらの到着を待ちわびていたようで、姿を見つけると笑顔で手招きをする。
「さくら、こっちだよー。……って、どちら様?」
「あー……。お隣の人は八重樫くんです。ほら新入社員の。……一緒にお昼いいかな? って」
優は、さくらの隣にいる八重樫を見るなり、手招きしていた手を止め、小さく首を傾げる。そして、何かを思い出したように言葉を発した。
「あ! 初めまして~」
ち、違う! 優、違うよ!! だから大学時代の後輩だって言ったじゃない。ここで天然を発揮しないでよ。
さくらはトレイを持ったまま狼狽するも、優はさくらのそんな様子に全く気付いていなかった。寧ろ優の平常運転とでもいうべきか。
「初めまして。八重樫です。突然お邪魔してすみません」
内心焦りながら八重樫を一瞥すると、彼は優の態度を然程気にしていない様子で挨拶を返しており、ほっとひと安心する。
テーブル席には、さくらと優が隣同士で座り、さくらの向かい側には八重樫という形で自然に収まった。
そして三人で時々会話を交わしながら食事をとっていると、スーツジャケットのポケットに忍ばせているさくらの携帯が突然震えた。
『じゃがいもがない。帰りに買ってきて欲しい』
受信したメールを開くと、送信者は煉からだった。
じゃがいも……。カレーか肉じゃがを作るつもりなのかな。
食事中にメールの返信をするのは行儀が悪いと思いつつも、二人に断りをいれて返信する。
成り行きでさくらが煉と暮らし始めて一週間と少しが経過した。その間に分かったことは、煉は意外にも料理が出来るということだった。
今まで一人暮らしをしていたさくらは、全くと言っていいほど、自炊生活をしていなかった。
そのため煉がさくらの冷蔵庫の中身を確認したとき、二人はビールオンリーの冷蔵庫の前で気まずさと呆れでお互いに硬直していた。
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