第15話 餌付け作戦

 この際だ。聞けることは思い切って聞いてしまおう。そう思考したさくらは、先にお互いの空腹を満たしながら、昨日の空白の記憶を煉から聞き出すことにした。


 ちなみに煉が夕食に選んだのは味噌味のカップ麺だった。お湯を入れ、麺が仕上がるのを待っている間、さくらは昨日のように自分だけが先に食事をする訳にもいかず、こちらから話題を振る。

  

「今日一日、何をしてたんですか?」


「これを読んでいた。実に興味深い内容だった」


 そう言い煉がさくらに差し出したのは、女性向けの夏の風物詩的雑誌。大人の男女が裸で抱き合っている官能的な表紙の雑誌だった。


 さくらが去年の夏、何となくコンビニで購入して、そのまま処分するのを忘れていた物だ。


「……それは、よかったですね……」


 煉に真顔で言われると恥ずかしさより、何処か言い様のない気まずさがこみ上げてくる。


「お前はこういうのをよく読むのか?」


「違いますよ! たまたまです」


 ここで煉に変な勘違いをされても困る。さくらは、思わず少し声を荒げて抗議する。そして、これ以上この話を広げられないように、話題を反らした。


「昨日はすみません。酔ってたみたいで……。私、煉さんに何かしませんでしたか? その辺りの記憶がないんです」


「髪を触られたな」


「髪、ですか?」


 煉にそう言われたものの、やはり覚えていない。 そもそも、何がどうなって煉の髪の毛を触ることになったのか、切っ掛けさえ何も思い出せないのだ。


 ここは素直に謝るしかないだろう。さくらは申し訳なさそうに頭を下げた。


「本当にすみません……」


「……猫耳」


「え?」


 さくらが顔を上げると、煉は先程の呟きを何事もなかったかのように振る舞った。そして、礼儀正しく手を合わせ食事の挨拶をしてから、カップ麺を食し始めた。


 無愛想でぶっきらぼうながらも、こうして礼儀を重んじる煉を、さくらは少し微笑ましく眺める。


 ……あれ? 何なんだろう、この感覚は。この気持ちは。


 ふと心の中に芽生えた感情にさくらは、疑問を覚えるが今はそれよりも、煉について色々と聞きたいことがある。


「今日は泊まっていきますか?」


 いや違う。そうじゃなくて、私はこんなことを言いたい訳じゃない。もっと別の──。


「お前が構わないなら」


 脳裏で自分の言葉を否定していると、煉から至極あっさりと返答される。


「じ、じゃあ、シャワー浴びたらどうですか?」


 えっと……。これは……。そういう意味ではなくて……。


 さくらは焦れば焦るほどに、何故か脳裏で思っていることと違うことを、二回も口走ってしまう。


「分かった。だが、その前にコンビニに行ってくる」


 さくらが言い訳を思考している間にも、話はどんどんと違う方向へと逸れていき、ますます焦りが募る。


 どうしよう。このままでは、まるで私が誘ったみたいな展開になってしまう。それだけは阻止しなくてはいけない。


 今日は、お酒飲んでないのに!!


 そして数分後。煉は食事を終えると、本当にコンビニへと向かってしまった。


 いっそのこと、このまま玄関の鍵を閉めようかとも思ったが、そんな酷いことは出来なかった。


 さくらが、あたふたとしている内に、何故かマンションの管理人から連絡が届く。


 管理人が連絡をくれた理由は、煉がマンションのエントランスで立ち往生している姿が、監視カメラに映し出されていたからだった。


 さくらは、すっかり失念していたのだ。このマンションがオートロックなのを。


 『迎えに行きます』と管理人に返事をし、エントランスまで煉を迎えに行く。


「す、すみません。忘れてました」


「いや」


 そうして二人は再びさくらの自室に戻ると、さくらは煉にバスルームを案内しバスタオルを渡す。


「…………」


 こんな展開になるなんて……。


 さくらはローテーブルに肘をつき頭を抱えていた。その表情は絶望の色に染まり、額からはおかしな汗が滲み出ていた。


「……おい」


「はい……? きゃああああ!!」


 煉の声が聞こえ、さくらが顔を上げ振り向くと、そこには肩にバスタオルをかけただけの下着姿の煉がいた。

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