第14話
昼休みを終え、朝からの二日酔いもようやく落ち着いて、何とか午後の業務も無事に乗り越えたさくらは、何時もの癖でオフィス内の壁にかけられている時計を見やる。
時刻は午後六時半頃だった。
周りの社員達を眺めると、残業の気配はなく、今日は久々に定時で帰れそうだと内心嬉しくなる。
そんな、嬉々としたさくらの気持ちを察したのか、優はパソコンの電源を落とし、デスク周りを整理整頓しながら、さくらに優しく問いかける。
「さくら、たまには休肝日も必要だよ。……あまり飲み過ぎないでね」
「うん。気をつけます……」
優は恐らく、さくらのここ最近の不自然な態度の変化に気がついているのだろう。連日の二日酔いがそれを物語っている。それでも、あえて追及はしないのが優の優しさなのかもしれない。
「お疲れさま。また、明日ね」
さくらは優が先にオフィスを出て行くのを見送った後、電源の落とされたパソコンの画面を眺めながら静かにため息を落とした。
折角、今日は定時で帰れそうだというのに、気分が少し憂鬱なのは、昨晩と今朝のことが原因だと理解している。
マンションに帰宅すれば、きっと彼はもういない。
何故、昨日の内に煉の連絡先くらい聞いておかなかったのかと自分自身を叱咤するも、後悔は先に立たずだった。
仕方ない。今日は早く帰って、久し振りにお酒も我慢してゆっくり寝よう。
会社を退勤した後、何時ものように帰宅途中の近場のコンビニで、夕食用の商品を購入する。今日はナポリタンと小さなコーンサラダパックを選んだ。お酒コーナーで一度立ち止まるも、優の言葉がよぎり結局今回はお酒を諦めることにした。
自宅マンションに到着し、エレベーターが自身の部屋の階まで上昇していく。
そして、部屋の扉を開けた。
だが室内は照明が点灯しておらず真っ暗だった。やはり彼は、煉は既にこの部屋を出た後のようだった。
さくらは、少し落胆しながらも真っ暗闇のままの玄関でパンプスを脱ぎ、慣れた足取りで短い廊下を進む。
壁に備えられているスイッチを押して、リビングの照明を灯した。
「……っ!?」
すると、そこに見えたのは。
一人用の小さなソファーで、雑誌を顔にかけて腕組みをしながら熟睡している煉がいた。
さくらはあまりにも突然のことで、驚きの声を上げることすら出来なかった。
何故、いるの? 帰ったのでは? と、色んな疑問が湧き上がる。
「…………ん」
リビングの照明の眩しさと、さくらが発した小さな物音に気づいたのか、煉は顔にかけていた雑誌を退ける。驚きで思わず床に座り込んださくらを一瞥すると、まだ眠たげな声で言葉を発した。
「ようやく、帰ってきたのか……」
「な、なんで……。まだ、いるんですか……?」
さくらの心臓は思わぬ出来事に、心拍数が上昇したままだった。
いくら何でもこれは心臓に悪すぎる。電気をつけたら、居ないはずと思い込んでいた人物がいるのだから。
何かもう、色々とおかしいのだ、この男は。一般常識全ての範疇を越えている。
「一つ言い忘れていたんだが、俺は何もしていない」
「はい?」
煉は普段から言葉を略して話す癖があるため、毎回肝心な主語が抜け落ちている。そのため、相手との会話が繋がらないことが多く、さくらもその一人だった。
「だから、昨日。お前が勝手に寝落ちただけで、俺は手を出してはいない」
まさか……と、さくらは思う。
そんな一言を言うためだけに、煉は今日丸一日、ここに大人しく過ごしていたというのか。
呆れ果て、脳が思考することを拒絶し、さくらは茫然自失する。
思考が追いつかない。
そんな中だった。突然、静寂なリビングに空腹を知らせる煉のお腹が鳴る音が響いた。
我に返ったさくらは、思考することを放棄して煉に問う。
「あ……。もしかして、ご飯何も食べてないんですか?」
「そうだな。だが餓えには慣れている」
餓えに慣れるって、一体どんな生活してたんですか。と言いたいのを堪えて、さくらは台所の棚から備蓄していたカップ麺を三種類程抱え、煉の前に置く。
「えっと……。こんなのしかないんですけど。それか、こっち食べますか?」
ローテーブルに置かれたのは、カップ麺の他にさくらが先程コンビニで購入してきた、ナポリタンとコーンサラダのパックが置かれた。
「いいのか?」
「どうぞ」
煉は眉間にしわを寄せ、ローテーブルに並べられたカップ麺を睨みながら、どれを食べるかを真剣な眼差しをして悩んでいた。
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