第13話
『やってしまった』
今朝、さくらは二日酔いの状態で起床した。そして、リビングの床で静かに熟睡している煉を目撃したとき、瞬間的にそう思ってしまった。
身体が
だが遅刻寸前だったため、さくらは起き抜けのぼんやりとしている煉に、玄関の鍵は開けたままで構わないと、それだけを伝えると逃げるように自宅マンションを飛び出した。
さくらは満員電車の中で、鬱々とした表情を浮かべながら思考する。多分、身体の間違いは起きてはいない。それだけは何故か直感的に理解出来た。
でも、全く覚えていない。昨晩のことを。
私はあの人に対して、何かとんでもないことをしたような、そんな気がする。でも、そんな考えは間違いであって欲しい。と胸裏で願う。
今日帰宅したら、きっと、あの人はもう私の部屋にはいないと思う。
それは仕方のないことだし、私が無理にあの人を引き留める理由もない。
なのに、このもやもやとした気持ちは落ち着いてはくれず、後悔は止まなかった。
満員電車から下車すると、さくらは朝から重苦しい雰囲気を纏ったまま会社へと向かった。
◇
いくら二日酔いだろうと、仕事は真面目にきっちりとこなす。それはさくらのちょっとした信念であり、また上田課長とは同類にはなりたくないという意地でもあった。
呻きながらも何とか午前の業務を終えて、時刻は昼休みを迎える。
そんな様子を朝から、チラチラと隣の席から心配そうに眺めていた優は、椅子に座ったまま身体をさくらの方へと向けて問う。
「さくら、今日のお昼はどうするの?」
「いらない、かな……。ちょっと気分悪くて……。私のことは気にせず、優は社食で食べてきて」
さくらはデスクに突っ伏して、力無く笑いかける。
「分かった。じゃあ、行ってくるね」
「はーい」
一人残されたオフィス内で、さくらはデスクに突っ伏したまま目蓋を閉じる。視界が遮断され神経が少し鋭くなる。
空腹を感じた。そこでさくらは、朝も食事を抜いていたことを思い出した。
だが、今は動きたくない。近くのコンビニに行くのさえ億劫だった。かと言って、社員食堂のメニューは二日酔いにはきつい。胃もたれを起こしそうだ。
無意味に時間だけが経過していく。
そのままの状態で、十五分程経過したときだった。
誰かがオフィスに戻ってくる足音が聞こえ、さくらは慌てて気怠い身体を起こす。
「あ、良かった。さくら、コンビニで栄養ドリンク買ってきたよ」
足音の正体は、社員食堂に向かったと思っていたはずの優だった。その手にはコンビニ袋が握られている。
「あれ? 私てっきり食堂に行ったのかと思ってた」
「さくらがそんな状態なのに、食堂で、しかも一人でご飯食べるなんて出来ないよ」
優の聖女様のような微笑みが、眩しく感じる。そして、その慈悲深さに毎度ながら、さくらは感動と感謝を覚えていた。
「はい。栄養ドリンクとエネルギーゼリー」
「ありがと……」
がさがさとコンビニ袋が擦れる音が近くで聞こえる。優は自身のデスクに、サラダパックと玄米お握り、アロエヨーグルト、春雨スープを取り出し置いていく。
栄養ドリンクとエネルギーゼリーが入ったままのコンビニ袋を、さくらのデスクへとそっと置いた。
優は春雨スープのカップにお湯を注ぎ入れ、春雨が仕上がるのを待っている間、二人は他愛もない会話を交わす。話題は四月から入社する予定の新入社員のことだった。
「それでね、四月からここにくる新入社員が爽やか系イケメンって周りが騒いでてね。名前は確か、
さくらはその苗字を聞き、思わず脳裏に浮かんだ疑問を口にしていた。
「……八重樫? 下の名前って、もしかして
「そう! 学さんって名前だよ。あれ? もしかして、さくらの知り合いなの?」
優は忘れていた相手の名前を思い出し、心のもやもやが晴れたのか、ぱあっと表情を輝かせ両手を合わせて微笑する。
知り合いも何も、八重樫学はさくらと優が通っていた大学時代の後輩だ。だが、優はその彼のことを全くと言っていいほど、覚えていないようだった。
「まぁ、仕方ないか。優はその頃から彼氏一筋だったもんね。他の男の人なんかに興味ないよね」
「うん」
優が照れながら笑顔で即答する。そんな優の正直な潔さが、私は結構好きだったりする。
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