episode?.歯車は今日も回る
?.終わりなき世界
駅前は賑やかしく、今日もいくつもの噂が飛び交っていた。
アンドロイドも人間も、それぞれの目的のために忙しなく交差し、どこかへと消えていく。そんな中、誰からも忘れ去られたかのようにひっそりと存在する「店」に一人の男が立ち寄った。
「占いをしてくれ」
男がそう言うと、街角に小さなテーブルを広げていた占い師は、自分の対面にある椅子を勧めた。上等とはとても言えない椅子に腰を下ろした男は、占い師の顔をまじまじと見てから肩を竦める。
「お前、死んだんじゃなかったのか」
「死んでたほうがよかった?」
青いローブの下で、中性的な顔が問いかける。
シズマは頭を掻くと「別に」と返した。
「お前について深く考えると頭痛がしそうなんでやめておく。幾何学の問題の方がまだマシだ。教科書めくれば答えがある」
「坊っちゃんみたいなこと言うんだね」
「あぁ、あいつも運がいいな。水槽の影にいて爆撃を免れたんだろ?」
「母親が二度も守ってくれた。そんなこと言ってたさね」
レーヴァンの刀を受けながら殆ど損傷しなかった水槽。後からシズマが調べたところでは、実験に耐えるために非常に硬度の高い素材を用いていたとのことだった。イオリは死を覚悟して、最後に母親の遺体が入った水槽に抱きついたが、それが結果的に功を成した。
「ヒューテック・ビリンズは暫くの間は混乱していたけど、副社長が社長に就任してすぐに持ち直したさね。自分達が忍び込んだことは誰にも漏れてないらしい。「敵対集団」が襲撃した、くらいにしか思ってないようだ」
フリージアはカードを切りながら言う。使い込んだカードはシャッフルする度にかさついた音を立てた。
「坊ちゃんのお見舞いには行かないの?」
「馬鹿言うな。あいつは殺し屋にも運び屋にも出会ってないし、ビルに忍び込んでハッキングもしてない。それが一番いいだろ」
「言えてるさね。坊っちゃんはまだ真っ当に生きる余裕がある」
自分達と違って、と付け加えながらフリージアはカードを扇状に広げてシズマに差し出した。中から一枚引き抜いて返すと、笑い声が上がる。
「あはっ。これはいいね」
「何が出た」
「逆位置の「再生の木」。不毛なお仕事は控えるべきでしょう」
「うるせぇ。その不毛な仕事にお前を巻き込むぞ」
「それは勘弁願いたいさね。君の仕事はどうにも面倒そうだし。……そういえば
シズマは問いに対して、返答をしなかった。代わりに二枚目のカードを勝手に選んで、テーブルの上に置く。カードの中にはいつか見たのと同じ物が描かれていた。
「何引いてもいいことねぇな」
「そんなもんさね」
「……エストレのことを知りたければ仕事に付き合えよ。ちょっと話すと長くなる」
その言葉にフリージアは少し考えこむ仕草をしたが、既に手はカードを片付け始めていた。手にも顔にも傷ひとつなく、治療の痕跡も見られない。
「丁度退屈していたところだし、いいさね。付き合ってあげる」
「ついでに依頼料もまけてくれると助かる。何しろアテにしていた金が入らなくてな」
「それは出来ない相談さね」
テーブルと椅子を近くのビルの隙間にねじ込み、店仕舞いをしたフリージアは、素っ気ない口調で言った。
「君が金欠なのは自分には関係ないし」
「そうか。あとで「話し合い」と行こう。俺は冷静に会話をするタイプだからな」
二人は軽口を叩きながら揃って歩き出す。その姿はすぐに雑踏に紛れて消えていき、他の多数のアンドロイドや人間と区別が出来なくなった。
この世界の裏側には噂話で出来たネットワークが存在する。
それはACUAと呼ばれ、今日も何処かで生まれた噂話を取り込んでは全世界にそれを伝播させている。嘘か本当かもわからないまま、それでも賢い者はその中から真実を拾い出す。
だが、その数多ある噂話の中に存在した「アンドロイドと人間の間に生まれた少女」の話が、ある時を境に消えたことは誰も知らない。
『歯車のエストレ』 End
歯車のエストレ 淡島かりす @karisu_A
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