8.座標の中の標的

「お前はいつもこんな仕事をしてるのか?」


「爆弾はよく使うさね。派手で効果が抜群で、何より安い。おひとついかが?」


 丁重に差し出された爆弾を一瞥して、シズマは首を横に振った。


「俺は野球が苦手でね。ポジションはベンチだ。お前みたいに狙ったところには投げられない」


「自分もベンチだったよ。そこから向こうの敵に石を投げるんさ。お陰でうちのチームはいつも優勝さね」


「何のゲームのベンチだよ。で、此処は何階だ?」


「…十七階だよ。随分ショートカットしたもんだね。隠しコマンドとして後世に伝えておく?」


 イオリが傍の柱を見て言った。消防法基準に基づいて高層ビルの柱や窓には設置された座標が刻まれている。イオリはその座標から、階数を割り出したようだった。


「セキュリティが作動していると厄介なんだけど、どうやら切ってあるみたいだね。エストレの施術を秘密裏に行うためかな?」


 派手にビルを破壊したにも関わらず、警報の一つも鳴らない様子を見てイオリは首を傾げた。破損した窓ガラスを掃除しに来るロボットの気配すらない。


「そのようさね。でもいつまでも此処にいたら、今度はハイウェイの監視官に通報される。ロボットアームで掴みだされる前に、お姫様のところに行くさね」


 ハイウェイには緑色の煙が上がっている。消火用ポンプを積んだロボットがサイレンを鳴らしながら近づいてくるのが聞こえた。当分は火災の方に気を取られるだろうが、いずれは前代未聞のショートカット走行をした無法者に気付くだろう。

 いつまでも此処に留まっているわけにはいかない。そう判断したシズマは、自分が乗ってきたバイクを一瞥した。


「これどうする」


「明日、燃えないゴミの日だから置いていくさね」


 フリージアはわざわざバイクからキーカードを抜き取りながら言った。捨てていくなら不要な気もしたが、シズマはそれを指摘しなかった。


「お姫様の居場所を探すには……」


「フリージア」


 歩き出しながら何か考え込む運び屋に、少年ハッカーが声をかけた。


「あんた、エストレの追跡端末持ってたよね。僕に貸してくれる?」


「いいけど、平面座標だけだから……」


 差し出された薄型端末を奪うように受け取ったイオリは、二人を置いて歩き出す。丸腰の少年の突然の行動に、シズマは焦って後を追った。


「おい、クソガキ!」


「大声出さないでよ」


「勝手に動き回るな!」


「急いでるだけだよ」


 イオリが走る先には、運転を停止しているエレベータが一基あった。業務用の大きなサイズで、扉もパネルもむき出しの金属が使用されていた。


「内部に入り込めば、こっちのものだよ。外からハッキング出来ないものだって、簡単に接続出来る」


 エレベータのパネルに下にわずかに見える隙間に爪を引っかけ、そのまま下へと押し下げる。そこには電源供給口とネットワークケーブルの挿入口が並んでいた。


「ACUAで流れていた噂の一つ、「高層ビルのシステム制御」。エレベータやエスカレータなどのシステム制御を行う屋内移動装置は、緊急時に備えて複数の制御ポイントを持っている。これがその一つというわけ」


 イオリは早口で言いながら、自分のノート型端末を壁に接続する。ネットワークが起動するのを待つ間に、追跡端末に表示された赤い点をシズマに見せた。


「これは平面座標だ。だからエストレが何階にいるのか、これだけじゃわからない。でも、あのオバサンは結構高性能なものを仕掛けたようだね。座標が的確に取得出来ている」


 赤い点にイオリが人差し指を押し付けると、詳細座標がポップアップで表示された。


「ビルっていうのは、ドールハウスみたいに正方形の部屋が集まって出来ているわけじゃない。それに今は業務時間外で工場などは停止している筈だ。そもそも秘密裏に行われる大掛かりな施術を、普段から使っている工場で行うとは思えない」


 端末のモニタに白いキツネのアバターが表示される。イオリは唇を一度噛み締めると、床に座り込んで端末のキーボードに手を置いた。


「ネットワークの通信記録を読み取れば、何処に部屋があるかは楽に特定できる。各階の座標は大幅なズレがない限りは、さっきの柱に刻まれていた座標から推定が可能だ。その二つを組み合わせると……」


 イオリは一つのソフトを起動した。右側のエディタに、次々と数字を打ち込み、何度か計算を実施する。左側には当初は何も無かったが、計算の度にワイヤーで出来たブロック片のようなものが生み出されていき、次第にそれらが組み上げられていった。

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