第204話魔族の少年その2

「いやぁ~今のは死んだかと思ったよ。今放った魔法はなんだい? かなり凶悪な因子を含んだ魔法のようだったけど――」


 目の前で魔法を放ったにも関わらず、少年に避けられてしまいました。


「魔法の威力も切れも悪くない。けど――圧倒的に踏んだ場数が僕とは違うね」

「何を!」


 僕もこれまでさんざん魔物相手、敵兵相手に戦ってきたつもりでした。

 でもそれすら温いとでもいう様に、馬鹿にしながら少年は唇を吊り上げます。


「僕はこれでも人種間戦争を生き抜いた魔族だよ? その僕と相対するにはまだまだ経験が足りていないね」


 はっ。

 この人何を言っているんです?

 人型の人間は寿命が長寿でも130歳程度ですよね。

 それを――数百年前の人種間戦争から生きているって?


「何を驚いた顔をしているんだい? 魔族とエルフは長寿が基本だよ。まさか知らなかったのかい?」


 そんなに長寿だとは知りませんでしたよ。

 といいますか……経験積んだからってこれといった力が無ければ僕を倒す事も出来ない筈です。


「経験が何だと言うんですか。貴方だって僕を倒せないじゃないですか!」

「ふむ、確かに僕には君達が前に戦ったアニキスの様な戦闘力は無いよ。けどそれで侮られるのは不愉快だね」


 少年の体がまたその場から消え失せ、再度僕は魔素が現れる場所を探します。

 その反応があった方向に視線を合わせると、そこには横たわっているエリッサちゃんがいました。


「しまった……」

「これで2vs3だね」


 思わずフローゼ姫が声を漏らします。

 少年は一瞬でエリッサちゃんの隣に転移すると、エリッサちゃんを抱え上げ離れた場所に再度転移を繰り返しました。

 人質を取られた格好の僕達は身動きを取れません。

 エリッサちゃんの意識はまだ戻っては居ませんが、魔法を使える彼女が意識を取り戻せば状況は更に悪化します。

 その前にこの少年を倒したい所ですが、生憎とエリッサちゃんを巻き込みそうで大きな魔法は使えません。


「どうすれば――」


 僕は迷ってしまいます。

 普通の騎士が相手で人質に取られた人を救出した事はありますが、ここまで転移を繰り返す者が相手だと簡単にはいきません。しかも相手は僕よりも場慣れしています。

 恐らく僕がテレポーテーションでエリッサちゃんに近づいた途端、逃げられるでしょう。

 僕も、ミカちゃんも、フローゼ姫でさえ身動きが取れず歯を食いしばってエリッサちゃんを見つめています。

 そこに、


「う、ううん……」


 微かに吐息を漏らし、一番起きてはいけない人が意識を取り戻しました。

 エリッサちゃんはモカブラウンの髪が瞼に掛かるのを嫌い指で顔をこすります。

 邪魔な髪をどけた事ですっきりしたのか、瞼の間からは翡翠色の瞳が顔を出しました。


「やぁ、おはよう」


 何がいけしゃあしゃあと、おはようですか!

 少年はエリッサちゃんの顔を覗き込むと微笑みを浮かべて挨拶を交わします。

 エリッサちゃんは一瞬、誰?

 そんな面持ちを浮かべ少年を見つめますが、少年の瞳が光るとにっこりと笑みを浮かべて、


「おはようございますわ、お兄様」


 よりにもよって父の敵を兄と認識させるとは、僕達は開いた口が塞がりません。


「お兄様、わたくしはどうしてここにおりますの?」


 エリッサちゃんが不思議そうに周囲を見渡し尋ねます。

 すると――。


「僕達はお父さんの敵を討つためにこの岩山にあの者達を追いこんだんだ。あと一歩の所でお前にあいつ等が放った魔法が当たり、気を失ってしまったんだ」


 何が僕達が子爵の敵ですか!

 何で僕達がエリッサちゃんに魔法を当てないといけないんです!

 洗脳に真実味を与えより深く洗脳しようとして少年は作り話を捏造し始めます。


「いったい何を――」

「待つにゃ!」


 僕は少年に苦情を言おうとしますが、寸前でミカちゃんに止められます。

 こんな茶番いつまで見ていなければいけないというのでしょう。

 僕を止めたミカちゃんに視線を浴びせると――。


「いいから良くエリッサちゃんを見るにゃ」


 さっきから少年の瞳を見ない様にして、エリッサちゃんばかり見ていましたけどそれがどうしたんでしょう?

 再度、エリッサちゃんの表情を遠目から窺うと、明らかに顔色が変わり青ざめています。

 よく見ると小さな体が震えているのが遠目からでもよく分かりました。

 少年はそんなエリッサちゃんの姿は見ずに、僕達を嘲笑いながら尚も言葉を続けます。


「あいつ等はこれと似た短剣を父さんの背中へ突き刺して殺した。僕達兄妹はあの者達を許してはいけないんだ」


 隣に立つ少年の声もエリッサちゃんには既に届いてはおらず、両腕で自身の震える体を掻き抱くと、お辞儀をする様に上半身を倒し――大声で叫び出しました。


「父さまも死んだ――死んだ、母様だけでなく父さまも――い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー」


 突然、荒れ狂った天候の様に豹変したエリッサちゃんの様子に少年は驚き、1歩後ろに下がります。


「今にゃ!」


 ここまでくれば何をしたらいいのか僕にも理解は出来ました。

 僕は瞬時にテレポーテーションを発動しエリッサちゃんの正面へ移動します。

 暴走した様に荒れ狂うエリッサちゃんは、最大限の魔力を纏いその場で放出し始めています。

 僕はエリッサちゃんの肩に飛び移ると再度のテレポーテーションを発動。

 僕達の姿が消える瞬間――。

 それまで居た場所には堅牢な岩の牢屋が出現していました。

 呆気に取られた魔族の少年は、逃げ出すきっかけを失い茫然としています。

 ミカちゃん達の居る場所に戻るとフローゼ姫が、


「すまない、エリッサ嬢」


 小さく謝罪した後、彼女の首筋に手刀を落としました。

 エリッサちゃんはその一撃を受けて気を失います。

 これでエリッサちゃんの方は解決ですね。

 残るは――魔族だけです。

 あれ?

 魔族の少年を見るとその体は檻の中にまだありました。

 アッキーには以前逃げられたので逃走を警戒したんですけど、どうしたのでしょうか?

 僕達3人は警戒しながら少年の体が消えるのを待ちます。

 10秒、30秒、1分と時間が経過しても檻から逃げ出す気配がありません。

 ただ必死に身振り手振りを繰り返しているだけです。

 まさか――逃げられなくなっている?

 そんな楽観的な考えが頭をよぎりますがそんな筈はありませんよね?

 だってアッキーでさえ牢屋から逃走する事が出来たんですよ?

 しかし10分が経過してもその姿が消える事なく、諦めたのか少年はその場にしゃがみ込み胡坐をかいてしまいました。

 上空を旋回しているワイバーンは相変わらずその場にとどまり続け魔族を助けには来ません。まさか、エリッサちゃんが自分の殻に閉じこもる為に、最大に纏った魔力で構築された檻に遮られた影響で洗脳されているワイバーンへも命令出来なくなっている?

 僕達の疑心暗鬼ともいえる予想は牢屋から投げかけられた彼の声で判明します。


「なぁ、ここから出してくれないかな?」

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