第200話追撃戦

 撤退したエルストラ皇国軍を追撃したガンバラ王率いる騎馬軍は、既に皇国の奥まで進軍していました。


「陛下、物見に放ったワイバーン騎乗兵の話ではこの山を越えた所に敵は陣を敷き野営を行っている模様です」

「そうか! でかした。敗残兵とはいえここで叩かねば首都で迎え撃たれる事になりかねん。籠城でも決め込まれれば十中八九こちらが不利になるところであったわ」


 ガンバラ国王は国境であるスレイブストーン渓谷に皇国軍が攻め込んできたと知らされるや、王都からワイバーン、兵士の全軍に即座に出陣することを告げ戦地へと赴きました。

 国王が到着した時、既にスレイブストーン渓谷で先陣として戦っている筈の軍は半数が死亡し全滅の危機に瀕していました。

 それでも辛うじて耐えしのいでいたのは、元アンドレア国第一騎士団団長ボルグ・ハイネ氏と元マクベイラー侯爵家で筆頭魔術師をしていた少女ミランダの功績によるものでした。

 国王はハイネ騎士団長達から事情を聞くと、子猫ちゃん達に説明した様にアンドレア王国の現在の状況と、ガンバラ王国にフローゼ姫がやってきた時の話を聞かせました。

 当然、王都を出立する時にサースドレインへ援軍としてワイバーンを100匹送り出した事も――。

 その狙いは、アンドレア王国の盾と呼ばれたハイネ騎士団長と魔法師であるミランダの力を当てにした為でした。

 当然、自国の姫が世話になったと聞かされた上にサースドレインへ援軍まで出してもらい、更に話を聞けばエルストラン皇国の首都へサースドレインとこちら側とで挟み撃ちを仕掛ける作戦なのだと聞かされればハイネ騎士団長達には同行を断るといった選択肢は無く、今回の追撃戦に参加を余儀なくされていました。


「それであの者達はどうなさるので?」


 ガンバラ国王に付き従っている将軍がハイネ騎士団長達の使い道を尋ねます。


「この追撃戦で魔族が出てこない限りは静観していてもらおう。アンドレア王国の盾の力それにふさわしい場面で使わんとな」


 古くからある国家の王らしい考え方ですね。

 善人ぶっていますが、大国のトップが善人に務まる訳がありません。


「それではワイバーン部隊を先兵として送り、敗残兵を殲滅いたしましょう」

「うむ。万一魔族が出て来た時はわかっておろうな」

「はっ。作戦を取りやめ一度撤退させましょう」


 この時点でガンバラ国王の判断は間違っていました。

 魔族が魔法を得意としている事を重視し、対魔法戦でハイネ騎士団長達を使おうと考えていましたが、子猫ちゃん達が危惧していた洗脳に関しての知識をこの時点では思いついてはいませんでした。

 ガンバラ王国の陣から100匹のワイバーンが一斉に大空へと飛び立ちます。

敗残兵を殲滅する使命を得て。



 皇国軍の敗残兵は何故被害が殆ど無かったにも関わらず撤退する事になったのか……。

 単に渚の洗脳が解け掛かり意識を失った為ですが、そんな事は一般の騎士達には知らされていない事です。

 洗脳を受けていない一般の騎士達は作戦を取り仕切る渚とアッキーと呼ばれる帝からの信が篤い2人が突然消えた事に訝しみながらも、唯一残った指揮官代理の少年の命令に従い言われるがまま敗走を行っていました。


「なぁ、何でこんな遠回りをして首都に戻る必要があるんだ?」


 本来、エルストラン皇国へ戻るには子猫ちゃん達が戦闘を行っている街道を通るのが一般的です。敗走となれば尚更、その街道を迅速に戻ると思われましたが、指揮官代理が指示したのは遠回りとなる迂回路でした。

 騎士は日が暮れかかり陣を敷いたこの山の麓で、焚火を囲みながら隣にいる古くからの仲間に尋ねます。


「さぁな。だが代理の恰好を見ろよ。ありゃ神官だ。帝直属の神官様が指揮されていらっしゃるんだから何か深い理由でもあるんだろうよ」


 この騎士が言う様に、金髪に赤い瞳の少年は白い神官服に身を包んでいました。

皇国において神職に就くものは貴族よりも格上。

 一般神官の制服は黒い生地のバスローブの様な形をしており、普通の神官であれば腰に通された紐は白が一般的です。

 ですがこの代理が着用している神官服は腰のラインは金色。

 正確には黒地に金糸がふんだんに使われ刺繍されている事でそう見えているのですが、遠目から見る者は金の輝きが勝ちすぎている為に、まるで金の延べ棒を腰に巻いている印象すら受ける仕上がりとなっています。

 センスのある人からすれば悪趣味極まりない出来ですが……。


「年に一度の祭典でお目見えする時くらいしか人前に現れない高貴なお方だ。凡人の我等では考えがおいつかねぇな」

「全くだ。だが……妙だな。普通逃げるにしても迅速が要求される訳だろ? なら何でこんな場所で野営する必要があるんだろうな。これじゃ追撃されたら追いつかれるんじゃ?」


 皇国の騎士の不安は的中します。

 ガンバラ王国側から飛び立ったワイバーン。その数100匹が薄暗くなった上空に現れ、その口腔内を真っ赤に染めたのですから。


「て、敵襲!」

「代理に至急報告を――」

「急げ、丸焼けにされるぞ」

「焚火を消せ! 消化後は各自散らばれ!」


 薄暗い夜空に巨大なワイバーンの姿と真っ赤な光点が次々に現れ騎士達は逃げまどいます。

 慌てて焚火を消している騎士達をつまらないものでもみる様に真っ赤な瞳の少年は見ると、


「皆、慌てなくていいよ。あのワイバーンは僕のペットだから」


 一瞬何を言われたのか分からないといった様相で騎士達は代理を見つめます。

 既に攻撃態勢に入られているのに何を――と。

 しかし代理が告げた様にいつまで経っても口から炎が噴出される事は無く、次第に萎んで消えてしまいました。


「ねっ、僕の言った通りでしょ?」


 悪戯が成功した少年の様な面持ちでそう述べた代理を呆けた表情で見つめていた騎士達の意識はそこで途切れます。


「くふっ、時は来たってね。それにしても流石、あのお方には何でもお見通しなんだね。面白くなってきたよ」


 先ほど浮かべた少年らしさは鳴りを潜め、目つきが悪党のそれに変化した少年はワイバーンが飛んできた方向へと視線を移し独り言を喋りました。

 既に闇に覆われて山の形が薄っすらと視認出来るかどうかの景色を見つめ唇を吊り上げると言葉を漏らします。


「さぁ、行こうか。愚かな王を殺しに」

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