第174話迷い人と迷い猫のご対面

「子猫ちゃん大丈夫にゃ?」


 結界越しとはいえ2度も魔法を浴びた僕を、心配そうな眼差しでミカちゃんが見つめながら尋ねます。


「僕は大丈夫ですよ。それよりも門が……」

「門と壁の事なら心配は要らないにゃ」


 正門を守り切れなかった僕を慰めながら、ミカちゃんは掌を正門のあった場所に翳します。するとまるで時間を巻き戻しているかの様に、粉々にされた街壁と鋼鉄の門が修復されていきます。


「お師匠様、壊した門が――」


 その様子を遠目で見ていた金髪の少女が驚き、馬車の中に戻っていった黒髪の女性に報告します。


「門ならさっき壊したでしょ。後は任せたわよアッキー」


 馬車からは門が修復された様子を窺い知る事は出来ず、そんな呑気な言葉が戻ってきますが、アッキーと呼ばれた少女の次の言葉で事態は急変します。


「それが……壊れた門が直っていってるっす!」

「そんなバカな話ある訳がないでしょ。どこの世界にそんな便利な魔法があるっていうのよ」


 言葉を吐きだしながら馬車の扉から顔を覗かせた女性は自身が破壊した門を凝視します。視線を向け一度見ると瞼をパチパチと閉じては開きを繰り返し、次の瞬間――。


「魔法って何でもありなのね!」

「お師匠様、感心している場合じゃないっす。私の魔法では門は壊せないっすよ」

「確かに壊しても直ぐに修復されたら意味無いわね。それにしてもあの騎士団長本当に使えない奴だったわね。こんな凄腕の魔法師がいるなんて聞いてないわよ」


 黒髪の女性が金髪の少女と会話している間にも、門の修復は進み遂には攻撃を受けていない状態の堅牢な門がそこに現れました。

 ミカちゃんが魔法で門を直している間に、僕は皇国軍の指揮官と思しき女性がいる場所に神速を使って近づきます。フローゼ姫が掘った穴を隠れ蓑にして進んだ事で、目と鼻の先まで近づいてもまだ気づかれてはいません。


 今度は僕の番ですね。


 お婆さんのお孫さんかもしれないと思ったことで油断してしまいましたが、思えばお婆さんが居なくなる以前にお孫さんが失踪したなんて話は聞いた事がありません。きっと似ているだけの別人です。

 僕は馬車を中心に固まっている皇国軍の頭上に掌を向け、メテオを放ちます。

 皇国軍の上空に燃えさかる隕石が出現し、それらが落下し始めると――。


「アルテミスの傘」


 黒髪の女性がそれにいち早く気づき魔法名を唱えます。

 隕石が加速度を付け上空20m位まで落ちてくると、ドーン、何もない空間に隕石が当たりそれらは馬車を避ける様に転がって――降り注いだ全ての隕石がフローゼ姫が掘った穴へと吸い込まれていきました。


 騎士団長を負かしたこの魔法が初めて破られ、僕は魔法の行使を躊躇ってしまいます。ミカちゃんが見ている前で殺傷能力の高すぎる重力系魔法は使いたくありません。かといって他の魔法がこの相手に通用するとも思えません。

 僕が逡巡していると――。


「そこにいるのは分かっているわよ、出てきなさい!」


 僕達が魔法の気配を察知できるように、先程メテオを放った時点で黒髪の魔法師には僕の居場所がバレていた様です。

 僕が身を隠す穴の中に指先を向けています。

 既に魔力は集められいつでも放つ事が可能な状態です。

 黒髪の女性が魔法を放っても、自身に結界魔法を纏った状態です。僕がそれで負けるとは考えられませんが……。

 それでも今日は知らない魔法を連発されています。

 油断は大敵ですね。

 僕はいつでも爪を飛ばせるように掌に魔力を纏うと、一気に穴からジャンプして彼女の目の前に飛び出しました。


「――なっ、子猫?」


 黒髪の女性は僕の姿を認めるなり、驚いて声を出します。


「おしい、でも僕は子猫ちゃんですよ! お婆さんが名付けてくれたんですから」


 僕が意思の疎通で話しかけると、


「へ~人語を話す子猫ね。突然変異か何かなのかしら? それにしては魔法を使える事といい――君、何者?」


 魔法を使う猫には驚いた様ですが、言葉を話す猫には左程驚いた様子を見せずに尋ねられます。


「僕は迷い猫の子猫ちゃんですよ。それよりも――人に名前を尋ねる時は最初に自分から名乗るものなのよ。ってお婆さんが言っていましたよ!」

「迷い猫の子猫ちゃんね……」


 黒髪の女性は少し考えてから、お・・ちゃ・ん、まさかこの子がそうなの、と口の中でぶつぶつ言っていますが声に出していないのではっきりとは分かりません。

 意を決したように僕を見つめると、自身の名前を告げます。


「私はなぎさ。小平渚よ」

「――っ」

「私の名前というより苗字に驚いたのかしら?」


 渚はさもありなんといった面持ちを浮かべ話を続けます。

 僕は固まったままです。

 以前、僕が興味本位からお婆さんの家の玄関に掛けられた木の札をジッと見ていた時に、お婆さんがこれはあたしの苗字が書いてあるのよ。こだいらって読むの。

そう教えてくれた苗字と同じだったから――。

 前に見せてもらった写真と同じ顔で、苗字がこだいら。名前もなぎさ……。

 もう間違いありません。


「私は君を探していてこの世界に迷い込んだの――」

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