第161話人質

「――ひっ」

「――魔法師だ! 逃げろ!」


 エリッサちゃんが放ったサンダーの威力を目の当たりにした兵が、盾を放り出し城へと逃走を始めます。

 これどうしたらいいんでしょうね。

 やっぱり背後から追って倒した方がいいんでしょうか。

 子狐さんは倒れたエリッサちゃんを守るように、彼女の傍らに待機しています。

 フローゼ姫は説得を試みるつもりが、エリッサちゃんに先を越されて肩透かしを食らった格好で、茫然としていますがその瞳は座っています。


「フローゼ姫、さっさと城に攻め入りますよ!」


 僕がそう進言するとようやく正気を取り戻したように馬車の周囲を確認し、扉の横で倒れているエリッサちゃんを馬車の中に運び込みます。

 子狐さんはエリッサちゃんに付き添ったままです。

 御者席に移動しいざ手綱を叩く段階になって、道を塞ぐように倒れている大勢の兵が邪魔な事に気が付きます。

 こんな邪魔な人達、燃やしちゃっていいですよね?

 僕がそう提案すると、


「そ、そんな事出来る訳が無かろう! この者達にも家族はいるのだぞ。亡骸が無理でも遺品くらいは残された者に返さねば――」

「でもそんな事していたら明日になってしまいますよ。それとも馬車をここに残して歩いて城に乗り込みますか?」


 門をくぐって直ぐの場所で囲まれたので、ここから城まではまだ少し距離があります。相手に時間を与えれば、それだけこちらには不利に働きます。

 それにここに馬車を置いていくという事は、意識を失っているエリッサちゃんをも残していくという事です。

 万一を考えれば、長く一緒に居た方がいいと思ったのですが。


「仕方あるまい。エリッサ嬢は子狐さんに守ってもらうとして、妾達だけでも走って城へ向かおう」


 フローゼ姫にそう言われれば、一度失敗している僕は言い返せません。

 子狐さんならエリッサちゃんを守るのに適任ですしね。

 僕達は先に城へ行くから、エリッサちゃんの意識が戻ったら追いついて来る様に子狐さんに伝えます。子狐さんは不安そうな面持ちを浮かべますが、エリッサちゃんの寝顔を一度見て覚悟を決めた様に「アーン!」大丈夫守って見せますと、言ってくれました。


 子狐さんをエリッサちゃんの護衛に残し、僕とフローゼ姫は城へと走ります。

 そして城に近づくと、既に退却した兵から報告があがっていた様で正面入口を塞ぐように盾を構えた兵が列をなして待ち構えていました。

 その列の一番奥、城の正面玄関の短い階段を壇上にして立っている男が一人。

 段差がなくとも首一つ分は他の兵より突き出ている程の長身で、金糸を縫い込んだ騎士服を着こみ、肩には勲章らしいバッチを付けた細身の男が口を開きました。


「久しぶりですな。姫騎士。今はただのフローゼ・アンドレアでしたか」

「ふん。お前こそ随分と出世したようだな。ルケス・ハンドレイク第二騎士団団長」


 細身の男が侮蔑の表情で挨拶をしてくれば、負けじとフローゼ姫も棘のある言葉で応酬します。

 なるほど、第一騎士団が国王派で国の筆頭騎士団とすれば、第二騎士団は国内の治安を主に取り締まって来たのだと以前聞いていましたが、第一騎士団の団長と比べて細身の体を見ればそれも納得ですね。

 武のハイネ騎士団長と智のハンドレイク騎士団長ですか。

 最もフローゼ姫は武に長けた第一騎士団でしたから、それ程この男とは親しくは無いようですが……。


「所で行方を暗ましていたあなたが、今更ここで何を?」


 フローゼ姫がチクリと嫌味を言えば、それを返す。貴族とか偉い人は皆こうなんでしょうかね。僕としてはさっさと終わらせてミカちゃんの元に戻りたいのですけどね。


「貴様には関係の無い事だ。それよりもこの子爵領から出て行ってもらおう」


 ん?

 フローゼ姫は捕らえられている者の救出は賛成していた筈ですが、心変わりでしょうか、奪還するという事は――皇国と戦うという事です。

 僕はフローゼ姫の発言に注視します。


「はっはっは、貴女は行方を暗ましている間に頭がおかしくなったのか。我等と一戦を交えるという事は、我がエルストラン皇国と戦争をするという事だぞ!」

「――っ」


 なんだ……その覚悟が決まった訳じゃないみたいですね。

 少し期待しちゃったじゃないですか。

 どうせここの兵は倒さないといけないんですから。

 さっさと倒してしまいましょうか。


 フローゼ姫が言葉を詰まらせた事で、相手の兵に一瞬の隙が出来ました。

 その機会を僕は逃さずに、一気に兵の足元まで詰め寄った時です。


「おっと――それ以上近寄ったらあの者達を処刑する」


 神速を使っていない僕の動きは捉えられてしまいました。

 ハンドレイクの指示した場所は右の尖塔の天辺。

 監視に使われているその場所に、3人の人影が現れました。

 フローゼ姫は瞳を細めそれを注視しています。人質は確かですが誰かは判別出来て居ない様でした。

 でも僕には直ぐに誰なのか分かりました。

 塔の上にいるのは――この街のギルドマスターのイゼラードさん。この城の警備責任者のウォルターさん。そして子爵家執刀執事のフェルブスターさんでした。

 皆、拷問でも受けたかのように顔を腫らしていますが、僕にはわかります。

 僕達が居場所を求めて駆け込んだこの街で、本当に良くしてくれた人達だから。


 僕は神速を使って一瞬姿を消すと、尖塔に向けて魔法を放ちました。

 飛ばした爪は3人を取り押さえている3人の兵に飛んでいき、瞬く間に首を刈り取ります。


「なにっ!」


 ハンドレイクが驚愕の声を漏らした瞬間に、次の魔法を準備。

 僕は3人の人質に結界魔法を放ちます。

 塔に居たのは首を刈られた3人の兵だけでは無く、他にも兵が詰めていました。

 仲間が殺された事で何が起きたのか分からず、行動が遅れた様ですが兵が仕返しとばかりにフェルブスターさん達に剣を振り下ろします。が、僕が放った結界の方が数秒早く、ギャン、と振り下ろされた剣を弾きました。


「フローゼ姫ここは頼みますよ!」


 僕はこの場をフローゼ姫に任せると、神速のまま一気に塔へと駆け出しました。

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