第134話森の魔物1

 ヒュンデリーの街を出て馬車は1時間も走らないうちに、日は完全に沈み漆黒の闇に支配されます。所々晴れ間があり星々の明かりがある事だけが唯一の救いでしょうか。真っ暗闇の中、全く知らない場所を走るのはいくら獣人のミカちゃんでも、僕でも厳しいですからね。


 現在馬車は刈り取られた麦畑の間の道を軽快に疾走していますが、既に正面には鬱蒼と茂る深い森が僕達の行方を遮るように立ち塞がっています。

 実際には森の中にまで整地された街道が通っており、木々に邪魔される事無く、馬車は普通に通れる筈ですが……。


 ただしヒュンデリーの城でも話し合いましたが、ここは初めて通る場所です。

 この森に生息する魔物の情報を尋ねましたが、代官の話ではこの森が山まで繋がっている事で、その時期によって出現する魔物を特定するのは激しいと言っていました。

 過去に現れた最悪な魔物は竜。またスライムや、ゴブリンの様な弱い魔物もこの森では見かけないとの話です。

 サースドレインの森もゴブリンは出没しますが、普通はオークやナイトウルフが殆どでした。ここもきっと似たような感じなのでしょうね。

 それでも過去に竜が出ている事で、僕もミカちゃんも警戒を一段引き上げます。


 山から吹き下ろす風が頬を撫でていましたが、それが消え僕達の乗った馬車は森の中へと侵入しました。森の中からは鳥の鳴き声など聞こえず、不穏な空気が漂います。ミカちゃんもそれを察知して、馬車の速度を下げます。

 急に進行速度を下げた事を訝しく思った馬車内に乗っているフローゼ姫が、御者席に通じる小窓からミカちゃんに声を掛けます。


「ミカ殿、何かあったのか?」


 普通の人では馬車内から森の中をいくら見ても、真っ暗闇で見えても薄っすらと木が分かるかどうかでしょう。僕達は敢えて松明を灯さずに走っていますから当然ですけどね。魔物も獣人と同様、夜目が効くものもいれば効かないものもいます。

 わざわざこちらの場所を教えてあげる必要はありません。

 フローゼ姫が小窓から険しい面持ちを御者席に向け尋ねて来たのでミカちゃんが首を横に振り、


「何でもないにゃ。ただ――異常な程静かなだけにゃ」

「それってどういう……」

『ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー』


 ミカちゃんがフローゼ姫に説明していると突然、間近で獣か魔物の雄叫びがあがりました。僕はミカちゃんが返事を返している間にも、聴覚を研ぎ澄まし地面を踏みしめる音、息を潜めている生物の息吹を感じていました。

 掌に纏った魔力を爪に変換し、声がした方向へとすぐさま飛ばします。


 すると――。


 『うがぁがががぁぁぁぁぁ』という、悲鳴をあげ辺りに血臭が漂います。


「やったのか?」


 フローゼ姫が悲鳴を聞きつけ尋ねてきますが、まだです。息を潜めていた数は最低でも3から5匹は居ました。僕は用心しながら再度魔法の発動状態を作ります。

 ミカちゃんも馬車を止め、既に魔法を準備しています。

 フローゼ姫がエリッサちゃんに指示を飛ばし、エリッサちゃんが馬車から腕を出すと馬車の外に火の玉が3つ浮かび上がります。


「――みゃぁ~!」


 僕は咄嗟に馬車の窓を開け、腕を出したエリッサちゃんに結界魔法を掛けます。

結界魔法が掛かるとほぼ同時に、馬車の窓めがけて巨大な槍が飛来してきましたが、幸いにも結界魔法に弾かれ槍は垂直に落下します。

 その槍を見て驚いたのは――エリッサちゃんの繰り出した火の玉で視界を確保したフローゼ姫でした。


「なんだ、この巨大な槍は――」


 フローゼ姫が驚くのも無理はありません。攻城兵器とでもいうような太さ10cm、長さ3mはある槍だったのですから。

 その槍を投げつけた魔物が、悔しさからか雄叫びをあげます。

 『ぐおぉぉぉぉぉー』とあがった大音響は周囲の木々についている黄土色に彩られた葉を振動させ落下させます。僕が声の方向を見るとそこには、大木かと間違えてしまいそうな程、大きな木の魔物がいました。


 ミカちゃんがその魔物に待機状態だった魔法を放ちます。

 水の粒子が周囲に散らばると『シャーン』と、擬音が聞こえてきそうな空気を切り裂く音の後、一瞬で凍らせます。木の魔物もその範囲に入りましたが、太い枝を左右に振りその反動で、自らの体を揺する事で凍った個所は罅が入り砕け散りました。


「にゃ! アイスサークルが効かないにゃ!」


 この魔法が効かなかったのは、僕が消滅させたビックウッドローズだけでしたからね。まさかAランクと同等とまではいかないまでも、それに近い魔物と早々に遭遇するなんて――。


 僕達はついていますね!


 これでまたAランク相当の魔石が手に入るじゃないですか!

 僕が俄然やる気を出し、掌に魔力を集めるとそれを木の魔物に放ちます。

 僕が放った魔法は黒い霧を形作り木に当たると、『グシャ!』と、木の根から先端までを一気に押し潰し呆気なく死んでしまいました。あれ?

 Aランク相当では無かった様です。

 木の魔物が倒されると、木々に隠れながら息を潜めていた最初に倒した魔物の仲間が姿を現します。アンドレア国の騎士団長も目ではない程巨体の猿です。

 猿はその巨体に似合わず、長い腕を木に巻き付ける様に飛び移るとその反動を利用して速度をあげ接近してきました。

 ――その数3匹。

 すかさず僕が応戦しようと掌を掲げると馬車内のフローゼ姫から、


「子猫ちゃん任せろ!」


 掛け声があがった為に発動状態を維持し様子を窺うと、空中から器用に馬車を避け大量の氷の豪雨が降り注ぎました。

 流石に皆、森林火災を嫌って水系統に特化した魔法で応戦していますね。

 フローゼ姫が放った魔法は逃げ出そうと背を向けた巨大な猿の背中を突き刺し、馬車に飛びかかろうと向かってきていた猿の醜悪な顔、頭に突き刺さり既に虫の息と化していました。


 さぁ、さっさと殺して魔石を頂きましょう!


 人の形をしていますがこれは猿です。僕は情け容赦なく爪を飛ばして首を跳ねると、倒した魔物の中では高ランクそうな木の魔物に近づいていきました。

 美味しいものは先に頂かないとですよ!

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