第126話ガンバラ国王からの言伝

 ミカちゃんが去った後の、陣中では――。


「先程の獣人の娘は何なのだ……我の足を一瞬で治す強大な魔力といい、姿を消したあの魔法といい。獣人は魔法が使えないのでは無かったのか……」

「父上、僕のお預かりした騎士達はあのミカ殿を含めた3人の少女達によって瞬く間に無力化されたのです。信じて頂けましたでしょうか?」


 父である王に付き従い、この場に赴いた王子は王城で自らが話した内容を信じて貰えなかった事に気落ちしていました。でも実際に強大な力を持つ少女の一人を目の当たりにし、その少女に王が助けられた事で自分が負けたのは失敗などでは無いと自己主張したかったようです。


「約束を交わした以上、あの者等を拘束するのは中止だ。だがあれ程の力放って置くには惜しい――」


 王子の言葉も上の空で聞き、国王が内心の言葉を漏らします。

 国王は何度も罪を犯した獣人の処刑に立ち会ってきました。

 だからこそ獣人であるミカちゃんが見せた能力が、特別なものだと理解するのにそう時間も掛かりませんでした。

 そこで王子の語った言葉を反復します。


「3人の少女達?」


 たった1人で敵陣まで乗り込み、強大な魔法で治療を施す様な娘が後2名もいる。その事実に国王は心胆を寒からしめました。もし3人の内1人でもこの国の為に仕えてくれたなら――と考えます。


「そうです。3人の少女達です!」


 王子は敗北したとはいえ、その理由は既に報告をあげていました。

 その3人の中に一目惚れした少女がいた事を脳裏に浮かべながら、穴の中から縄を使い這い上がり、邂逅した一部始終を国王に話して聞かせます。

 途中、執事のマキシマムが補足を付け加えながら……。

 王子の話は娘達が可愛いだとか、食べた食事が珍しい物でたいそう美味であったといった取り留めの無い話でしたが、マキシマムが付け加えた補足事項に国王の興味は引き付けられます。


「一朝一夕では身につかぬ礼儀作法と、その態度か……」

「フローゼ殿の話ですね!」


 国王がマキシマムの情報を吟味していると、王子が食いつきてきます。

 王子の顔色はほんのり赤らみ、誰が見てもその少女に気がある事はわかります。

 ミカちゃんとの約束では、2度と関わらないと宣言しました。

 でも害を加えなければ、約束を違え接触しても構わぬのでは無いかと……。


「大至急、騎士団長をここに呼べ!」


 リゲルスキー・ガンバラは、身の回りの世話をさせている年若い騎士に伝えると先刻まで濃霧だった平原を見渡します。王子の情報では王子の軍が敗れた時にも濃い霧に包まれていたと聞きました。2日続けて冬の寒空に霧が発生するなどあり得ない。これもあの少女達の力なのかと、これ程の力を我が国の為に使って貰えれば――長らく国境付近で小競り合いをしてきたかの国を倒す事も出来るかも知れぬと密かに策謀を巡らせるのでした。


           ∞     ∞     ∞


「今戻ったにゃ!」

「ミカちゃんお帰り!」


 ミカちゃんは国王からの約束を取り付けると、真っ直ぐに皆が待つ堅牢な牢屋に戻ってきました。僕はミカちゃんを真っ先に迎えその胸に飛び込みます。嬉しそうにミカちゃんも優しく抱きしめてくれます。


 途中で濃霧の魔法を解除したのでしょう。

 鶴翼の陣を展開された時には霧に隠れていた牢屋は、撤退を始めている大勢の兵達にも見えています。

 間近で見ようと寄ってくる者も中には居ますが、近くに寄ればその異質さがはっきりと理解出来るでしょう。


 巨大な牢屋が平原にポツリと建っているのです。

 当然ですね!


「お帰りミカ殿。兵が撤退を始めているという事は上手く事が運んだ様だな」

「ミカさんお帰りなさい。霧を解除されたんですのね――」


 フローゼ姫とエリッサちゃんも、笑顔で迎えます。

 エリッサちゃんは霧が消えた事で、大勢の兵達の視線を浴びて恥ずかしそうです。


「指揮官は国王様だったにゃ。怪我を治す事と引き換えに、私達には関わらないと約束を交わしたからもう大丈夫にゃ」

「やはり国王様でしたのね……」

「国王が自ら約束を交わしたのなら、これ以上の衝突はあるまい」


 僕が切断した足を、その仲間であるミカちゃんが回復するとか何か自作自演の様な感じも受けますが、先方がそれを飲んだのなら安心ですね。


「これでこの国で時間を取られる事もあるまい。妾達も出立しよう」


 転移してから既に2週間も経過していますからね。

 早々に旅程に戻る事をフローゼ姫から勧められ、エリッサちゃんが牢屋を解除し消し去ると、帰還していく兵と逆行する形で1騎の武装した騎士がやってきます。

 他の兵は退却しているので約束を違えて事を構えるつもりでは無い事はわかりますが、一体何事でしょう?

 皆の視線は細められ、相手の出方を探る様に見つめています。

 騎馬が僕達の目の前まで到着すると、大柄で一際立派な鎧を纏った騎士が馬から降りて僕達の前で跪きました。


「ガンバラ国王陛下より、今回の件を謝罪したいと仰せつかり罷り越しました」


 長身の体を縮める事で小さく見せながら、騎士が国王からの言伝を話します。


「妾達も忙しい身なのだ。謝罪は確かに承ったとそなたから伝えてくれぬか?」


 一刻も早くアンドレア国に戻りたいフローゼ姫がそう告げると――。


「陛下は馬車を壊してしまった謝罪を含め、新しい馬車を進呈したいとも仰っておられました。何卒――」

 

 馬車に乗った旅路と、徒歩では倍以上旅程は短縮されます。

 フローゼ姫がこの話に乗ってもいいのでは無いかと、皆に視線を投げます。

 ミカちゃんも、エリッサちゃんも好き好んで歩きたい訳では無いので、フローゼ姫に頷いて返事をします。それを受けフローゼ姫は――。

 壊した馬車を弁償してくれると言うなら、その話に乗ろうと返答しました。


 一度交わした約束を反故にする事は無いでしょう。

 それにこれで屋根付きの馬車でも頂ければ、皆も助かりますしね!

 僕達は案内を買って出た騎士の後ろを付いていくのでした。

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